第8話 領域ー扉の内側②ー
私たちがここで禁止されている唯一の事項。
許可のない紙類はいかなるものも所有することができないということ。
ただ、許可を得れば指定の場所に保管することはできる。
宿舎では紙や本は「図書室」と言われている場所に一元管理されている。申請して許可を受ければ閲覧は可能だけど、図書室からの持ち出しはできない。
環境への悪影響から積極的に紙類は生産されなくなっている。でも、この「領域」内だけは特別でまだ流通している。ここに来るまでは貴重品に触れられると期待していたけれど、実際に目にしてみれば何のこともなかった。
水に濡れたらあっという間に廃棄物に変わってしまう脆弱さだった。あんなにペラペラしたものなのに個人で所有するには破棄の手間もお金もすごくかかる。
だから、ここに疎開する時にたくさんの古本を親から持たされたという子達もいる。ここで預ければ、保管も破棄も無償でやってくれるから。
私はアルバムを預かった。
電子化もしてあるから紙のアルバムなんていらないんじゃない、と家族全員が思っていたおばあちゃんのアルバム。
紙の台紙に貼られたおばあちゃんのアルバムは所持しているだけで税金がかかり、捨てるにもお金がかかる。
お母さんが喜んで私に託した。「捨ててもらっても良いからね」と。電子化もしてあるから、紙が消えてもデータは消えない。
それなのに、おばあちゃんにとっては違うもののようで、最後まで名残惜しそうにアルバムを何度もめくっていた。ここに着いた時に、「保管か破棄」を選ぶ必要があった。
初めは「破棄」するつもりだった。
だけど、いざPadを差し出された時におばあちゃんの後ろ姿が頭をよぎった。
ゆっくりと髪のアルバムをめくりながら、まるでそこに私には見えない何かが存在するように、時折台紙に貼られた写真を優しく撫でていた。そんなおばあちゃんの隣にすわって、古い写真を見せてもらうのが好きだった。
「保管」しに行った時に一度だけ入った「図書室」はなんだか埃っぽいような香ばしいような不思議な香りがした。嫌いじゃないなって思った。
ゲートを通過してすぐ右手にPlay Areaと呼ばれている広場がある。
私とミユが通りかかると、少し歩いただけで汗が吹き出てくるように暑いのに、みんなそこで晴れやかな顔でくつろいでいた。プールやバスケットコート、それに屋根が設置された一角には卓球台と軽食が売られている売店だってある。
「何でこんなに暑いのにみんな外にいるのよ」
ミユが呆れたようにつぶやく。
「こんなに暑いのにわざわざ海まで行ってきた私たちは?」
ミユが「海は特別」とうそぶくように言ってから、日差しをつかもうとするように両手を広げた。
「まぁ、こんな風に時間制限なく太陽を浴びられるなんてもうないかもしんないしね」
私も黙って頷く。
太陽の香りは少しだけあの「図書室」で感じた不思議な香りを思い出させる。おばあちゃんのアルバムを閲覧しにそのうちもう一度あそこに行ってみようと思った。
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