第6話 領域ー扉の内側①ー 

 一人ずつ指定されたコードを入力し、カードキーをかざす。それからようやく扉がギーッと重たい音を響かせて開いた。でもまだ終わりじゃない。


 私たちが中に入るとセキュリティーの女の人がゲートの内側に引かれた白線の前で待っていた。たしか名前は佐々木さん。結構美人なのにいつもにこりともせず私たちを迎えてくれる。


「お名前とIDをお願いします」

 今日も無機質にいつもと同じ質問をされる。そろそろ顔と名前くらい覚えてるだろうに。

「小嶋ミユ、66678でーす」

「吉川ひまり、66623です」

 しばらくの沈黙ののち、

「確認がとれました。白線を越えて中にお入り下さい」

 ようやく許可が出た。

「はーい」

 声をそろえて指示されたとおりに白線を踏越えようとした。


 その時、どん、とすごい勢いで何かが私を突き飛ばした。何が起きたのか把握できないままに体のバランスを崩して白線を踏み越える。「ビィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」と明らかな異常音が鳴り響くと同時に、「悪りぃ」とつぶやいた声の主が私の横をすり抜けた。


 目の前を横切っていくものを無意識でつかむ。

 顔を上げたらほとんど同じ目線に見知らぬ男の子の顔があった。


 佐々木さんはやっぱり表情をかえずに私たちの方によってくると、

「順番はお護りください」

 と、男の子に向かって淡々と告げた。そのまま今度は私の方に顔を向けると、

「紙類をお持ちのようです。提出の上、保管処理を行うか破棄するか選択してください」

 私の前にPadを差し出した。女子が突き飛ばされるのを見ても顔色ひとつ変えないなんてセキュリティスタッフの鏡だ。

「ひまり!大丈夫?あんた、危ないじゃん」

 私がつかんだままの男の子に向かってミユが声を荒らげる。

「悪い。急いでたんだ」

 目の前の少年がミユの方を見て謝ると、ミユの表情がゆるんだ。

「あ、まぁ、怪我もないみたいだし」

「ども」

 

 そう言って、長めの前髪を揺らしてその子がようやく私を見る。潮騒がきこえた気がした。私たちの住むエリアには珍しい青い瞳だった。海を閉じ込めたみたいだ。ミユがおとなしく引きさがったわけだ。じっと見られるとこちらからは目を離せなくなる。

 

 ほんの数秒がとても長く感じた。彼が口をひらく。

「て」

「て?」

「手、離してくんない?」

 ぶつかられた時につかんだ彼のジャケットをしっかりとつかんだままだった。

「あ、ごめん」

「いや、いいけど」

 

 あわててそのジャケットから手を離そうとしたとき何かが手を止めさせた。自分でも何が気になったのかわからなかった。触れていたものの異質感のようなものを思い出そうと、無意識にもう一度手を伸ばした。


 けれど、ほんのわずかにその男の子の動きが早かった。するりと抜け出るともう振り向くこともなく歩いて行った。

 

 ミユも私がぼんやりとその子の姿を見送っていると、

「早くご対応いただけますか?」

 佐々木さんの声がいつもより心なしかひんやりとしていた。

「ごめんなさい。でも、紙なんて」

 持っていないと続けるつもりがポケットに入れた手がかさりと乾いた質感のものに触れた。私が取り出したものを見て、ミユが「あ、」とつぶやいた。

さっき買ったアイスのレシートだった。

「こんなのもらったっけ?」

「あそこ、eMoneyも使えなかったからお釣りと一緒に入ってたんじゃないの?」

 滅多に手にしない「紙」で出来たレシートなんてもらったら記憶に残りそうなものだけど・・・。

 不思議に思いながらも、迷わずPad上で、「破棄」を選択し、手続きが完了した。

 

 処理をおえて顔を上げると、強すぎる日差しに少しだけ目がくらむ。目を閉じると青い光がまぶたの向こうでゆらゆらと揺れているように見えた。

 海の残像だろうか。

 それとも。

 さっきの男の子の吸い込まれそうな青い瞳の色にも見えた。

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