2.
私はマリノフスカ・ジーナ・エリコ。五十歳。
バルメン星系第四惑星で生まれた。
故郷バルメン4は、無数の高層ビルディング、工場の配管、硬化アスファルトの道路が地表の九十五パーセントを覆う巨大工業都市惑星だ。
父はマイクロフィルム映写装置製造会社の社員。母は公務員だった。
バルメン4では典型的な中流家庭だったと思う。
自慢するわけではないが、小さい頃から学校の成績は良かった。
体育・美術・音楽・工作といった実技科目は不得意だったけれど、それ以外の座学中心の科目は、小学、中学、高校と、ほとんど毎年A判定だった。
高校卒業後、惑星一の名門バルメン星立中央大学の社会政治学部に進学し、二年生のとき、共通の友人を介してタンジャーヴール・イェジ・マサトと出会った。
出会った時、マサトは星立中央芸術大学の作曲科二年生で、私とは同い
だからという訳ではないだろうが、私と彼は気が合った。一目見てそれが分かった。彼も同じように感じていた。(と、後日彼から聞いた)
私たちは
それは『情熱的な恋』というのとも違う。
どんなに情熱を持って相手を愛しても、愛されても、その愛情の強さが『分かり合える』ことを保証してくれる訳じゃない。
血のつながった親子であっても、相手の本当の気持ちは分からないし、自分の気持ちも
学校の先生だろうと親友だろうと、心から理解しあえると考えるのは楽観的過ぎるし、虫が良過ぎる話だ。
万が一そんな人間と出会えたら、それは奇跡だ。
その、楽観的過ぎて虫の良過ぎる奇跡が、現に私の身の上に起きた。そうとしか言いようがなかった。
私は、マサトと出会った。
目の前に、テーブルを挟んだ向かいの席に、同じベッドの上に、
本当にそんな事があるのかという驚きと興奮、そして何とも言えない安堵感を感じた。
彼と別れてから五十歳になった現在まで、何人もの男と出会い、恋愛関係になり、結局は別れた。
しかし、彼……タンジャーヴール・イェジ・マサトと一緒に居た時に味わったあの特別な感覚、『互いに心の底から理解しあっている』というあの感覚を味わわせてくれる男には、ついに出会えなかった。
* * *
そうだ……結局、私たちは別れた。
それほど互いに分かり合っていたにも関わらず……私とマサトの恋愛は終わった。
* * *
あと半年で卒業という大学四年生のある日、彼は突然言った。「大学を辞める。もう君とは会えない」と。
驚き、動揺したが、どこかで『ついに来るべき日が来てしまった』という感覚もあった。
この日が来るのを予想していた自分がいた。
いつか彼が別れを切り出すと、心のどこかで思っていた。
「大学を辞めて、どうするの?」と
彼のことなら何でも分かると
作曲家を目指して芸術大学に通う学生。
タキシードがお似合いの
細長い指でピアノを弾く姿は想像できても、銃の
「僕には才能が無かったってことさ」マサトが言った。「どんなに環境に恵まれていても、血の滲むような努力をしても、〈
自嘲するというのでもなく、マサトは淡々と内心を打ち明けた。
「〈
「もし〈
「敵の雷撃銃の射線が僕の心臓を貫き、僕は死ぬ。それだけだ。それだけの事」
納得したわけではなかったが、彼の言葉が
「マサトが大学を辞めて軍隊に入りたい理由は分かった……理由の『ひとつ』は……でも、それだけじゃないでしょ?」私は、彼の瞳を覗き込むようにして言った。「もう一つの理由を聞かせて」
本当は『もう一つの理由』の見当は付いていた。
でも、彼自身の口から聞きたかった。
「やっぱり、お見通しか……」マサトが
分かっていた答えだったが、面と向かって言われた衝撃は予想以上に強かった。
もう少し遠回しに言ってくれてもいいのに……一瞬、そんな気持ちが湧いた。
「誤解しないでほしい。君を嫌いになった訳じゃない」彼は続けた。「ただ、これ以上一緒にいるのが
嫌いになった訳じゃないけど、別れたい、か。芸術家志望だった男にしては、芸もヒネリもない
同じ惑星にさえ居たくないと言うのは、さすがに壮大過ぎる別れの言葉だが。
結局、私はそれ以上食い下がることもなく彼の思い通りにさせた。
タンジャーヴール・イェジ・マサトは、私と別れ、大学を辞め、そしてバルメン星系宇宙軍に入隊した。
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