惑星グラヴェリア5の隠者

青葉台旭

1.

「グラヴェリア星系近傍への直行航路ルートに乗りました」

 ロボット操舵手が舵を握ったまま首だけを百八十度回転させ、船主席に座る私に言った。

「三十一標準自転周期後に再実体化します」

「三十一日後? 一ヶ月も掛かるの?」私は思わず聞き返した。

「はい」ロボット操舵手が感情の無い声で返した。

 自家用外航宇宙船プライベート・クルーザー操舵室ブリッヂで、私は船主席の背もたれに体を預け、天井を仰いだ。

 出港時、念のため食料は多めに積んでおいた。やりくりすれば一ヶ月くらいなら持つかもしれない……でも。

(亜空間の船に三十一日間なんて、そりゃあ流石さすがつらいわ)

 十体のロボット乗務員クルーを除けば、この自家用外航宇宙船プライベート・クルーザーに乗っているのは私一人だ。

 大枚はたいて買った外航宇宙船クルーザーだが、所詮しょせんは個人用の船。居住区の体積なんて高が知れている。

 その限られた居住空間に、たった一人で三十日以上も閉じ込められるなんて、さすがにゾッとしなかった。

 私は、船主席の隣に立っている家政婦メイドロボットを見上げて言った。「冷凍睡眠の準備をしてちょうだい」

「分かりました」

 家政婦メイドロボットが答え、直後、ロボットの額に青い小さな光が灯った。他のロボット乗務員クルーと無線通信中である事を示すインジケーターだ。

(ロボットは便利だな。電波さえ届けば互いに分かり合える。きっとロボットの世界には誤解も嘘も無いのだろう……)

 人間には聞こえない電波こえで他のロボットと会話する家政婦メイドロボを見つめながら、そんなことを思った。

(たかが機械ごときに出来るんだ。機械の創造主たる知的生物わたしたちにだって可能なはずさ……いつの日か、嘘も誤解も無くなって全ての知的生命が分かり合える……いつの日か、星系間の戦争も惑星上の内戦も一つ残らず終結して、この銀河に恒久完全な平和が訪れる。私はそう信じている……)

「冷凍睡眠の準備が整いました」家政婦メイドロボが言った。

 私は席を立ち、「三十一日後、船が再実体化したら起こしてちょうだい」とロボットたちに言い残して操舵室ブリッヂを後にした。


 * * *


 冷凍睡眠室の奥に設置されたシャワー室で、まずは体を洗う。

 シャワーのバルブを開きながら、壁面に埋め込まれた鏡に映る自分の裸体を見た。

 標準年齢で五十歳。小さめの乳房も尻も、とし相応に重力の影響を受けていた。

「……さすがに大学時代と同じ体型って訳には行かないか……まあ、こっちが五十歳なら、向こうだって五十歳……彼だって歳相応だろうさ」

 体を清め終わり、シャワー室から出て、そのまま冷凍睡眠カプセルの中に横たわった。

 カプセルが自動的に密閉され、「シューッ」という音とともに麻酔ガスの放出が始まった。

 ガスの効果はすぐに表れた。

 頭がボーッとして、全身の触覚が無くなった。

 続いて薄青い液体がカプセル内に流れ込み、麻酔ガスと置き換えられて行った。

 鼻と口から侵入した液体が気管を通って肺の中へ流れ込んでくるのが分かった。

 麻酔のおかげで苦痛は無かった。反射的な拒否反応も抑えられていた。

 青色の液体の中で私の裸体がゆらゆら揺れた……眠気が増して……意識が徐々に薄れていく……


 * * *


 私は今、惑星グラヴェリア5へ向かっている。

 自家用クルーザーに乗って、亜空間を三十一日間も旅して。

 学生時代の恋人に会うために。

 二十八年ぶりの再会。

 意識が完全に無くなる直前、どこかの食品通販会社の広告宣伝文が頭に浮かんだ。

(採りたての果実を貴方あなたの元へ! 当社自慢の技術で美味しさそのまま急速冷凍! なんてね……)

 思い浮かべた自分の冗談に、口もとが「ふふっ」と笑みの形になるのを自覚した。

 そして私は、深い深い眠りの底へ沈んだ。

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