救出
突入直後のことだった。
〈対象者発見。四階東側の角部屋にて、窓越しに自らタオルらしきものを振っている模様〉
特殊部隊隊長である遠藤の笑いを含んだ無線の声に混じり、他の奴らからの忍び笑いも無線から聞こえる。ドラマや映画ならば緊張感溢れる場面なのに、緊張感のかけらもない暁里の行動に呆れる。
〈何をやってるんだ、アイツは……。俺は簡単な護身術を教えたんであって、そんなことを教えた覚えはねえぞ?〉
〈いいじゃないか、籐志朗。自ら居場所を教え、俺たちにきっちり頭を下げてくれて【お願い】されたんだぞ? 期待に答えてお姫様の救出と行こうじゃないか〉
〈お姫様って柄かよ。耳の良さや警戒心の強さは、むしろウサギだ、ウサギ〉
全く、何をやってるんだ、暁里は。遠藤から聞いた話に呆れ、話しながらも警戒は解かずに各階を攻略しながら階段を上がって行く。
射ってきた場合は銃で応戦し、それ以外は格闘で組織の連中を沈めていくが、はっきり言って手応えが無さすぎる。まあ、欧州組が本部をきっちりと沈めているし、手応えのある幹部は全て捕獲していたり射殺されているんだから、こんなもんだろう。
三階も制覇し、四階にあがる途中の踊り場でヒールの足音がする。その音は高林や他の同僚も拾ったようで、警戒しながら上を見ると、暁里の姿が見えた。
「暁里!」
「籐志朗さん! 上、むーーっ!」
それが合図になったのか、廊下の奥から黒服が十人以上ほど現れた。全員で応戦し始めると、暁里を捕まえている男が英語で叫んだ。
〔チッ、もう来たのか! 時間まで奴らを足止めしろ! お前はさっさと階段を登れ!〕
そして暁里を引き連れ、急いで階段を登って行く。
〈こいつらで足止めになるのか?〉
〈弱すぎんだろ、コレ。訓練にもなりゃしねえよ〉
別の二人が愚痴ともとれることを話し出す。俺もそう思ったから気持ちはわかるが、面倒だから煽るなよ……そう口に出そうとした時だった。
〈卓、ヘリの音がする〉
遠藤から連絡が入った。遠藤は耳も目もいいから、確かな情報だろう。その情報に緊張感が漂うも、黒服たちはきっちり昏倒させて捕獲しておくのを忘れない。
〈どの方角だ?〉
〈俺から見て七時の方角だな〉
〈打ち落とせるか?〉
〈……おい、卓。ここは日本だって忘れてないか?〉
高林と遠藤のやり取りを聞いていた他の同僚が、警戒しながら呆れたように高林を見ている。それに被せるように追跡班から連絡が入った。
〈追跡班より各リーダーへ連絡。日本の各省庁に連絡済み、ヘリは撃ち落としていいそうです〉
〈誰だよ、そんな許可出したやつは〉
〈そんなの、課長から話を聞いた室長かもっと上に決まってるでしょう?〉
遠藤の突っ込みに、追跡班から溜息が漏れる。どうやら二人のやり取りを課長に連絡したようだ。
さっさと日本の各省庁に連絡済みなあたり、追跡班が前以てヘリの発進情報をキャッチし、課長に連絡していたと思われる。そしてその間にも俺達は五階へ到着し、そこも制覇している。
あとは上に行って暁里を救出するだけだ。
〈まあ、許可がおりたんならいいか。文句言われんのは上だしな。なら、きっちり撃ち落としとくわ〉
〈頼む。突入班、行くぞ〉
そして高林の号令でドアを開けると、視線の先にびっこを引いた男と暁里が見える。
〔止まれ!〕
高林のサインで俺が制止をかけると、男は暁里を振り回すようにしながら振り向いた。その顔は、捕まえた小物男二人の話を元に作られた似顔絵にそっくりだった。
その間に他の奴らが展開し、男を囲む。もちろん、銃は構えたままだ。
「籐志朗さん、ヘリコプターの音が……んんーー!」
〔黙れ! そこから動くな! じゃないと女を撃つぞ!〕
さすがは超絶ウサギ耳女。訓練している遠藤並みにヘリの爆音が聞こえるとは、大したもんだ。
全てを伝えようとした暁里に、男――組織のトップである男は彼女の口を塞いでそれ以上喋れないようにし、銃口をこめかみに当てて俺たちを脅す。
そのことに動揺した暁里の目は泳いでいるが、諦めてはいない。
「暁里、大丈夫だ。俺が教えたことを信じて実行し、俺のところに走って来い」
隙を作って抜け出すための護身術訓練をずっと続けてきた暁里。休みの日も店の裏で、ずっとやっていた。
俺はそれを知っているし、暁里もそれをわかっているのか小さく頷く。そして、続けて「ヘリの音は?」と聞けば、自由に動かせる左手で右の方向を指していた。それは、遠藤が教えてくれた情報と同じものだ。
暁里の仕草に頷いて高林をチラリと見れば、彼はその話を無線で連絡している。
〈ヘリを視認した。これより爆破を開始する〉
〈籐志朗〉
〈ラジャ〉
遠藤の無線がそれを知らせ、高林が俺に短く命令すると、短く返事をした。そのやり取りはフランスにいた時もやっていたから、何だか懐かしくなる。
「暁里!」
たった一言名前を呼べば、彼女は塞がれていた手を掴むと足の位置を確認して思いっきり踏む。トップが叫んで銃を持っていた手を振り上げたが、それよりも早く掴んでいた手を少しだけ離して噛むと腕を離して抜け出した。
そのまま俺に向かって走り出し、横を通りすぎた瞬間。
〈
遠藤の言葉に遅れて届いた爆発音が聞こえ、炎と黒煙が視界の隅に見えたが、ヤツの銃口が暁里に向いているのを見て反射的に銃を撃ち、一歩横にずれてその弾道を遮った。銃声が二発同時に聞こえ、一発は俺の左胸に、もう一発は銃を持っていたヤツの銃に着弾し、吹っ飛ばされていた。
「篠原!」
「く……っ!」
〔ぐう……っ〕
「確保!」
同僚の叫ぶ声と俺の声、ヤツの呻き声に混じって高林の号令が飛ぶ。防弾チョッキを着ている場所を撃たれたとはいえ、至近距離とは言わないがそこそこの距離で撃たれたら衝撃は免れない。
しかも、銃弾がチョッキにめり込んでいる。肋骨にヒビが入ってなきゃいいが、と内心溜息をつく。
「と、籐志朗さんっ?!」
「暁里、怪我はないか? さすがウサギ、足が早いな」
「ウサギってなによ?! もう……私は大丈夫よ。でも、大丈夫じゃないのは籐志朗さんでしょっ?! 撃たれたんじゃないの?!」
「大丈夫だって。防弾チョッキを着てたし」
トップが確保され、手錠を填められたので警戒しながらも銃だけは下ろす。それを見ていたらしい暁里は、高林に護られながら俺に近寄って来た。その顔は青ざめていて身体も震えて涙目になっているクセに、俺を心配してくれるのが嬉しい。
ほれ、とチョッキを見せれば、高林と暁里がギョッとし、俺の胸を見る。……まあ、心臓のあたりに銃弾がめり込んでいたら誰でもギョッとするわな。チョッキを着てなかったら死んでたわけだし。
「と、籐志朗、さ……っ、ふぇ……っ」
「おっと。……大丈夫だから、泣くなよ。つか、暁里のほうが大変だっただろうが」
とうとう涙を浮かべて抱き付いて来た暁里を受け止め、安心させるように頭を撫でる。それでもギュッと抱き締めて離さない暁里に苦笑していると、周りにいた連中はニヤニヤと笑っていた。
〈こちらも
高林の言葉にそれぞれが動く。犯人は既にこの場にいない。
「暁里、ひっついてないで離れろ。事情聴取されることになるだろうが、とりあえず今は帰るぞ」
「うん……わかってるんだけど……籐志朗さん」
手を離したはいいが、足が震えているのか、動こうとしない。
「どうした?」
「…………安心したら腰が抜けちゃったみたいで、動けません……」
結局へなへなと座り込んでしまった暁里に苦笑すると、銃の
「まあ、仕方ないよな。よっ、と」
「きゃあっ! と、籐志朗さん、下ろして!」
「腰が抜けてへなってるヤツが何言ってんだ? おとなしく抱っこされてろ。揺れて危ないから、俺の首に腕を回して抱き付いておけ」
「……っ、う、うん」
暁里を抱き上げると、思ったよりも軽かった。そんなことを言ったら叩かれそうだから何も言わないでおく。
真っ赤な顔をして俺の首に腕を回した暁里の匂いと胸に当たる暁里の胸の柔らかさに内心クラクラしながら、自分が動きやすいように抱え直す。
用意ができたことを伝えるために頷いた俺に、他のメンバーも動き始める。高林を先頭に別の同僚が二人俺の前に、残りは後ろをガードする位置に動くと、その場をあとにした。
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