ミーナの魔法

「えーっとですね、正確には魔法の発動方法ではなくて、その魔法が書いてある魔導書まどうしょを見つける魔法を見つけました」

「うーん…言ってる意味がよく分からん…」

 俺は首を傾げた。

 ミーナは人差し指を立て得意気に喋ったが、言ってる事が回りくどい。なんだか従兄弟の弟の友達の親戚みたいな言い方だ。


「まず、拓海たくみさんを元いた世界に送り返す魔法は、これとは別の魔導書まどうしょに書いてあることが分かりました」

「うん」

「そして、目的の魔導書まどうしょの位置が分かる魔法を見つけました!」

「よし、なんとなく分かった。とにかく俺は元の世界に帰れるってことだな!」

「はい!一時はどうなることかと思いました。もう拓海たくみさんの命はこれまでかと…」

「おい…見つからないと分かったら、俺にまたファイナル・デス・なんちゃらをぶっ放すつもだっただろお前……」

「な、何言ってるんですか……これは売り言葉に買い言葉ってやつで…ははは」

「それ意味違ってるからな…」

 どうやら巻末に『オススメ魔導書まどうしょ一覧』なるものが書かれていたらしい。そのタイトルについてはこの際置いておくとして、そのオススメ紹介文を斜め読みしていく中で発見したという事だった。『魔導書まどうしょの位置が分かる魔法』は本の最初の方に書かれていたので覚えていたらしい。

 ミーナが魔導書の巻末を読んだのはまったくの偶然だった。そして『魔導書の位置が分かる魔法』を憶えていたのも偶然だ。

 でもランダムな電話番号で異世界に転送された事と比べれば、この程度の偶然なんて大した事じゃない。驚きやしない。

 地球で一番ついてない人間にも、やっと運がまわってきたってことだ。


「でもお前。その『魔導書の位置が分かる魔法』っていうの、ちゃんと使えるのか?」

「大丈夫です。私、物探しなんかの魔法は得意なんです。任せておいてください!」

 ミーナは自信満々な顔でそう言って、胸を張りながら腰に手を当てている。


 怪しい。こいつが何かを隠していそうとかじゃなく、ちゃんと魔法が使えるのかという意味で怪しい。

 ミーナがまともに魔法を使ってる所を俺はまだ見ていない。

 俺を炭にしようとした魔法は、手から煙が出るだけで結局不発に終わっていた。

 正直、ミーナは魔法についてはかなりのポンコツなんじゃないかと思っている。現にこいつは自分のことを見習いの魔導士って言っていたし。

 この世界にやってきて、俺たちがやった事といえば、森を散歩して、本気の鬼ごっこをして、草むらで顔を突き合わせて話をしたぐらいだ。言葉だけならキャンプ場でデートしているのと何にも変わらない。


 ミーナはふんふんと鼻息を荒くして、改めて魔導書を確認した。そして小さく頷くと、本をぱたんと閉じた。

 どうやら準備完了らしい。

 俺は少し距離を取って魔法の発動を見守る事にした。どうにも『爆発』という二文字が頭から離れない。


 さっきまでは俺を灰にしようとした魔法が失敗した事にほっとしていた。でも今は、これから起きる魔法に成功して欲しいと願っている。なんだか複雑な気分だ。


 ミーナが目を閉じた。そして胸の前で魔導書を挟みながら、左右の手の平を合わせた。腕が水平になるように肘を上げている。神様に力強く祈るようなポーズ。

 彼女がまとっていた空気が一変した。静かな顔つきとにじみ出る雰囲気がおごそかないのりを連想させた。

 ミーナが魔導書に吹きかけるように細く息を吐いた。そして落ち着いた低いトーンで呪文を唱え始めた。

「ザラ・ハイト・ノーム…我に示せ……エルザ第一の書の座標を……」


 ミーナの直上。快晴だった天空に突如、暗い灰色の雲が出現した。彼女だけに雨を降らせるように、半径二メートルほどの雲の影がまっすぐ落ちた。

 雲の中でゴロゴロと雷がうねりを上げた。まるで獲物を前にした猛獣が喉を鳴らすように。

 地面からゆるやかな風が湧き出て、ミーナのスカートをふわっと波打たせた。

 俺は息を飲んだ。本物の魔法だ。今まで出会った事のない人智を超えた力。


 重力が逆転してくかのように、ミーナのツインテールが柔らかくなびく。

 彼女の叫びが草むらに響いた。

「せいっ!」

 ドン!!!!!

 声と同時に、灰色の雲の中心からミーナの体に青白い雷が落ちた。閃光せんこうで彼女の体が見えなくなる。水蒸気にのような煙がゴッと巻き上がった。彼女を中心に風が四方しほうに走った。


 すごい。

 いや、すごいけど…。俺にはこれが成功したのか失敗したのか判別がつかなかった。生まれて初めて見るまともな魔法だ。

 もしかして煙が晴れたらミーナがアフロになってるとか無いよな。それ以前に雷に打たれて大丈夫なんだろうか…。


 煙が徐々に晴れ、ミーナシルエットがあらわになる。どうやらアフロにはなっていないようだ。そして煙が完全に晴れて、ミーナの姿が見えた。目を閉じたまま、姿はさっきと変わっていない。

 よかった、ちゃんと生きてる。真っ黒焦げにもなっていない。

 でも足元に違和感があった。足首に布のようなものが引っかかっている。ふんわりとた真っ白く肌触りの良さそうな布。

 パンツ、だよな…。

 雷がミーナのスカートに手を突っ込んで、ズドンとやったかどうかは知らないが、とにかくパンツが垂直にずり落ちて足首に引っかかっていた。


 ミーナは微動だにしていない。やがてゆっくりと神々こうごうしく目を開け、っすら笑みを浮かべながら言った。

「ふふ…完璧に分かりました。そして良いニュースです。書はこの近くにあります……」

「いや、ドヤ顔してるとこ悪いんだが……良くないニュースがある…お前パンツずり落ちてるぞ…」

「え?……にゃあああぁぁぁ!!!」

 自分の足元に気づいたミーナが慌てて足首に手を伸ばした。バランスが崩れ、足首がもつれたまま前に倒れそうになる。

 俺は飛び出し、地面ギリギリの所で彼女を抱きとめた。


 女の子の柔らかい体の感触。吐息がかかるほどの距離にミーナの顔があった。見つめ合って数秒、目の前の頬がぽっと桜色に染まった。

 ミーナが目をきゅっと閉じてポカポカ殴り始めた。

拓海たくみさんが下ろしたんですか!目をつぶってるのをいいことに…えっち!へんたい!甲斐性かいしょうなし!」

「殴るなこら!そんな小学生のイタズラみたいなことするか!それに俺は高校生だ!まだ甲斐性かいしょうなしじゃねえ!」

「ファイナル・デス・アタック…せいっ!」

 ボフッ…

「危ねっ!何すんだこら!」

 また人を炭にする魔法を撃ってきやがった。可愛い顔してるのに、やることがさらっと物騒すぎる。ファイナルなんとかは、ほぼ不発とは分かってはいるが…。


 一悶着ひともんちゃくのあと、ミーナはようやく落ち着いてパンツを穿き直した。


「と、とにかくだ…目的の魔導書の場所は分かったんだな?」

「は、はい。分かりました。あちらの方角にある、エルザの缶詰っていう遺跡にあります」

 内股で足をモジモジさせながら、ミーナが太陽より少し右の方向を指を差した。

 遺跡の名前なんてどうでもいい。とにかくこれで俺は元いた世界に帰れるんだ。一歩前進だ。


 ミーナはどうやら『何かを引きつける』魔法はできるが『何かを発生させる』魔法は苦手らしいことがこれで何となく分かった。

 物の位置を感じ取ったり、別の場所から人や物を呼び寄せることはできる。でも手からほのおかみなりといったものを出すのはダメってことだ。だとすると、俺を元いた世界に送り返す魔法はどっちに含まれるんだろうか…。


 一抹いちまつの不安はあったが、まずはその魔導書を手に入る為、俺たちは『エルザの缶詰』とかいう、ふざけた名前の遺跡に向かって歩き出した。

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