鬼ごっこ

「ねえ、君…何か隠してない?」

「な、なーに言ってるんですか!わたしは清廉潔白せいれんけっぱくです!きよい体です!あっ、ほら見てください。鳥猫とりねこちゃんがいますよ!可愛いですねー」

「いや、それさっきも見たから…」

「あ、あれー…そうでしたっけ?ははは…」

 さっきから会話はずっとこんな調子だ。ミーナは観光としょうして俺をかれこれ一時間近く連れまわしている。森という同じような景色の中で…。


 鳥猫とりねこという羽の生えた猫に驚きもした。でもそれは最初の一回目だけで、二回三回と目にするうちに、街中で野良猫を見たような感情しか湧かなくなってきた。どんなに面白い映画でも、繰り返し何回も見れば飽きもする。順応と言えば聞こえはいんだろうけど。

 それに写真を撮ろうにも携帯がどこを探しても見当たらなかった。おそらく手から離してしまったことで、元いた世界に置き去りになってしまったんだろう。


 それより何より、気になっている事があった。めちゃくちゃ重要な事。


 俺いつになったら帰れるんだ。



 辺りをきょろきょろしているミーナに聞いた。

「あのさー。俺そろそろ一旦帰りたいんだけど…」

「えー、ま、まだいいじゃないですかー。あっ、ほら見てください。桃がありますよ。甘くて美味しいんですよあれ…」

「いや、それさっきも食べたから…。てゆうか俺の世界にもあるし……桃」

 すでに一個食べた上に、俺が手にしているコンビニのビニール袋にも三つほど入っている。『お土産です』と言って彼女が入れてくれた。でも見た目も味も完全にただの桃なので、異世界へ行ってきたお土産としてはちょっと成立しそうになかった。仮に妹に渡しても『楽しかった?』と生暖かい目で見られるか、『大丈夫?』と熱を測られるかのどっちかにしかならないだろう。


 それに森を歩き始めた時から、ミーナは俺の目を盗むようにして、手にした何かをコソコソのぞいている。どうも茶色い手帳のような本を読んでいるらしい。怪しい。


 嫌な予感がしてきた。もしかしてこいつ…。



 一瞬ハッとした表情をしてミーナが足を止めた。小走りで俺の正面に立って、キラキラした笑顔で俺を見つめてきた。

「あっ、そうだ拓海たくみさんの世界では『かくれんぼ』っていう遊び、あります?」

「まー、あるけど…」

「すっごい偶然です!これはもう、やるしかないです!かくれんぼ!素晴らしいですよね、かくれんぼ!じゃあまず拓海たくみさんが鬼やって下さい!」

 さっきとは打って変わって声のテンションがやたら高くなった。彼女は胸の前で手を合わせ、体をぴょんぴょんさせている。ツインテールが喜ぶように跳ねた。

「お、おう…」

「じゃあその木に向かって目をつぶって。十数えて下さいね」

 言われた通りに目をつぶって十数えてやることにした。だが俺は見逃さなかった。俺が木の方に向こうとした刹那せつな、ミーナが小さくガッツポーズしていたのを…。


「いーち、にーい、さー……ちょっと待てえええ!」

 本気の逃げだった。

 俺の叫びに驚き、ずっこけてパンツ丸出しになりながらも必死にドタドタと走る女の子の後ろ姿があった。蜂の巣を素手でぶん殴った後のような、後ろを一切振り返らない猛ダッシュだった。俺がいくら『待てー!』『こらぁー!』と叫んでも、それを完膚なきまでに無視してミーナは逃げまくった。『絶対に捕まってなるものか』という半端ない意思が走りっぷりにありありとみえた。


 かくれんぼは鬼ごっこと化した。必死の追いかけっこをしばらく続けて、俺はようやくミーナを捕まえた。


「はぁ…はぁ…お前……俺を置いて…逃げようとしたな……」

「はぁ…はぁ…な、何を言っているんですか……これが…この世界の…かくれんぼ…ですよ……ははは…」

 もう騙されんぞ。歩いている途中で薄々うすうす気づいてはいた。本当は認めたくなかったけど、これでもう確定した。


「そ、そうだ!拓海たくみさん、ちゃんと十数えてなかったじゃないですか。ダメですよ。もう一回鬼やってください。ペナルティで二百数えてくださいね。それがこの世界のかくれんぼですよ…ははは…」

 俺は視線を宙に泳がせて喋るミーナの両肩に力強く手を乗せた。


「お前……俺を元の世界に戻す方法…知らないんだろ……」

「…………………」


 ゼンマイが切れたおもちゃの人形のようにミーナが固まった。数秒後、肩がガクッと落ちて諦めが伝わってきた。しばらく沈黙した後、こうべを垂らしながら彼女がぼそぼそっと喋った。

「後になって…魔導書まどうしょの……最後の行読んだら……書いてあったんです…………『一方通行いっぽうつうこうだよ』って……」


 まじかよ…。

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