43 多治見カンナの策略 -10-

「よお。」


 エレベーターに乗り込むと、そこにちーちゃんがいた。

 …双子を連れて。


「…前から思ってたけど、子連れ出勤OKって緩い事務所よね。」


 あたしを見て、顔を引きつらせてる双子を見下ろしながら言うと。


「ああ。その辺の緩さには、すげー助けられてる。」


 ちーちゃんは嫌味を嫌味とも取らず、双子の頭を撫でた。


 …あーあ。

 ほんと…イヤんなる。

 何がイヤかって…


「…とーしゃん…たべあえゆよ~…」


 相変わらず、あたしを人食い人種とでも思って怖がってる双子が…


「ひどいな~。カンナちゃん、こんなに可愛くてモテモテなのにっ。」


 しゃがみこんで顔を覗き込む。

 ああ…可愛いわ。

 イヤになるほど可愛い。

 パッチリした目にうっすら涙を溜めてるのが、あたしのせいだとしても。



 …知花さんの歌を聴いて…唖然とした。

 何なの?って。

 どうして、こんなに人を震わせるほど歌えるのに…いつも自信のない顔をしてるの?って。

 世界に出てるバンドだって知っても、ピンと来なかった。

 それは、ちーちゃんの奥さんがいるバンドっていうだけで、毛嫌いして聴かなかったあたしのミス。

 最初から聴いてれば…もしかしたら、あたしは知花さんと友達になってたかもしれない。


 …今は、ちーちゃんの奥さんとして認めざるを得ないけど…

 友達になろうとは思わない。

 だけど、嫌いだと思う気持ちはなくなった。

 …あんなにすごい歌声聴かされたら…気持ちが動かされないわけがない。

 歌に興味のないあたしだって、心の底まで震えた。

 だとしたら…同業者には、尊敬されるか怖がられるかのどちらかでしかないはず。


 ちーちゃんは…真剣な目で、歌う知花さんを見てた。

 ライバルに向ける視線かと思えば、頷いて自慢そうな顔になったり…

 …シンガーとして、認めてるし…尊敬してるんだなって思った。


 腹立つなあ…もう。

 あれだけ歌えるなら、もっと堂々としてればいいのよ。

 何も出来ません…あたしはダメな人間です…みたいな顔して、ちーちゃんの横に立たないで欲しい。



「こあい…」


「とーしゃん…」


 あたしに見つめられて、ちーちゃんの足にしがみつく双子。

 ニッと笑うたびに、眉毛を八の字にしちゃって…可愛い~。


「おい、いじめんなよ。」


「可愛がってるんだけど。」


「怖がってる。」


「あたしの顔のどこがダメなのかしら。」


「唇だな。」


「……」


 あたしはバッグからティッシュを取り出すと、ゴシゴシと口紅を落とした。

 そして双子を交互に見ると…


「…カンナ…くちびゆおばけなくなった…」


 いきなり呼び捨てにされた。


「くちびるおばけって、失礼過ぎ。ちーちゃんの子供だけあるわ…」


 手を伸ばして、の頭を撫でる。


「咲華、華音、父さんの友達だ。仲良くしてくれ。」


 ちーちゃんはそう言ってしゃがんで、双子の両肩に手を掛けるとあたしに一歩近付かせた。


「…とーしゃんの、およもだち…?」


「カンナ、およもだちなの?」


 ああ、もう。

 およもだとじゃない。って訂正したいけど、可愛いから許す。



「あ、二人にプレゼントあげる。」


 あたしは、ふと思い出したようにバッグの中を探る。

 すると、『プレゼント』って言葉に興味を持ったのか、双子があたしに近付いた。

 …ふふ。

 ほんと可愛い。


「とーしゃん、ぷえぜんとって。」


 双子が嬉しそうにあたしとちーちゃんを交互に見る。

 あたしはバッグの中から探してたそれを見付けて、二人の前に差し出した。


「はい。これ、ローマでは幸せを呼ぶ神様って言われてるの。」


 手のひらサイズのカラフルな人形。

 ローマでは大人気。

 あたしの部屋にはズラリと並んでる。

 …幸せは…来たような来てないような…だけど。


 ちょうど二体持ってるし。と思って差し出したそれを、双子は目を丸くして見つめた後…


「ごあ゛い゛――――――――!!」


 同時に泣き叫んで、ちーちゃんの背後に回った。


「な…なんでー!?こんなに可愛いのに!!」


「あははは。そいつのどこが可愛いんだよ。すげー怒った顔してんじゃねーか。」


 ちーちゃんが笑いながら人形を手にする。


「でも、ローマでは有名な神様よ?」


「ふっ。ならもらってやろう。」


「とーしゃん!!ごあ゛い゛!!ごあ゛い゛―――!!」


「たべあえゆよ―――!!」


 双子の声が響き渡って。

 わらわらと集まった人達に神様を覗き込まれる。


「へー…すごい…顔。」


「魔除け…って事かな?」


「……」



 せっかく…双子とは仲良くなろうと思ったのに…


 あたしが不貞腐れた顔で立ち上がると、ちーちゃんもゆっくり立ち上がって。


「ありがとな。」


 手にした人形を見て笑いながら言った。



 …傷がないと言えば嘘になる。

 だけど…

 邪魔したり嘘ついたりしてたのを知っても、ちーちゃんはあたしを突き放さなかった。


 …お人好しだよね、ちーちゃん。

 あたし、ちーちゃんの最愛の人を傷付けたのに。



「この人形は有効に使わせてもらう。」


「はあ?どういう意味。ま、幸せいっぱいのちーちゃんには、要らない物だろうけどね。」


「ははっ。間違いない。こいつらのために使う。」


 足元の双子は、相変わらず人形にビクビクしてて。

 それは、自信なさそうな知花さんの顔と重なって見えた。



「…そんな顔しないの。」


 そっと手を差し伸べて、ピタピタと双子の頬に触れる。

 柔らかい感触に口元が緩んだ。


「カンナはあんた達の父さんのお友達。だから…いつか仲良くしてね。」


 自分でも…らしくないけど。

 少しだけ優しい口調でそう言うと。


「カンナは素直でいい子だ。おまえらもになってくれ。」


 ちーちゃんはあたしの頭をポンポンとして、双子に言った。


「…神千里から『およもだち』が聞けるなんて。」


「特別だからな。」


「……」


 頭の上に、ちーちゃんの手の温もりを感じながら。

 ずっと、このポジションでいられるのも…悪くないのかもしれない。


 あたしは…そう思った。

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