34 神 千秋の暇つぶし -9-

「千秋、飯行こうぜ。」


 事務所に到着するや否や、千里がカンナの腕を引いてやって来た。


「…ああ。」


 本当は、昨日入手したFRTチップをすぐにでも知花ちゃんに見せたい所だが。

 何となく浮かれてるような千里の様子が気になって、つい即答してしまった。


 かたや…腕を引かれてるカンナは、何やら不機嫌…と言うより、今にも泣き出しそうだ。

 今までなら、カンナの方が千里の腕に絡みつくぐらいの勢いだったのに。

 …どーした。



 事務所にはほぼ毎日顔を出すが、絶対千里や知花ちゃんと会うってわけでもない。

 先週、千幸と玲子と千里とで飯を食った後…俺は少しばかり千里を避けた。

 縁側での千幸とのやり取りを、千里に聞かれてたんじゃ…と思うとバツが悪かったからだ。

 だが…だからって、この飯の誘いを断るのも…アレだ。

 千里は今までと変わらない顔してるし…。



「大ホールの入り口のセキュリティ、すげーらしいな。高原さんが大絶賛してたぜ。」


 どんな御馳走を食わせてくれるのかと思いきや、千里は近くの定食屋を選んだ。

 座敷に座ると、いつもは当然のように千里の隣に座るはずのカンナが…俺の隣に座る。

 …何かあったんだよな。

 このお喋り女が、まだ一言も発してない。



「ああ、俺としても試験的に使わせてもらってありがたい。」


「不具合は?」


「今の所ないな。」


「千秋の作ったもんなら間違いないだろ。」


「……」


 全く…

 こいつは俺の事を信じて疑わない。

 …いつだってそうだ。


 俺は…おまえの幸せを横取りしようとしてるのに。

 そんなにのんきで…いいのか?



「親子丼と牛丼二つ、お待たせしました。」


 俺の目の前に親子丼、千里とカンナの前に牛丼。

 千里は俺とカンナに割り箸を渡して、いただきます。と手を合わせた。

 俺もそれに倣うが…カンナはさっきから俯いたまま微動だにしない。

 目の前の牛丼も、何もオーダーしないカンナに変わって千里が勝手に頼んだものだ。



「カンナ、食えよ。」


 カンナの肘を突いて言ってみるものの…無反応。

 小さく溜息を吐きながら、俺はどんぶりを手にした。



「じーさんと篠田、元気?」


「気になるなら会いに行けよ。知花ちゃん任せで、おまえ全然らしいな。」


「タイミングが合わねーんだよなー。」


「一人でも行けよ。」


「そういえば、来月のいつだかに幸太こうたが帰って来るってさ。」


「マジか。誰情報だ?」


「千幸が電話して来た。一ヶ月ぐらいいるって。」


「……あ、そ。」


 千幸の名前が出た途端、少しトーンが下がってしまった。

 …あいつ…ムカつく…!!


「あれから千幸に会った?」


「は?会わねーよ。用ないし。」


 つい口調がきつくなって後悔する。

 これじゃ、動揺してるのがバレ…

 …いや、動揺なんてしてねーっつーの…



「玲子さんも玲子さんだよな。さっさと帰ってさ。」


 平静を装って箸を動かす。

 合間で口にしたたくあんを噛む音が、やたらと大きな音を立てている気がした。


 ポリポリポリポリポリ


「あー…二人がなかなか戻って来なかったからな。」


 ポリポリポリポリポリ


「だからって、夫を置いて帰るか?」


 ポリポリポリポリポリ


「うまそーな音立ててんな。」


 ポリポリポリポリポリ


「うめーよ。これ。」


 ポリポリポリポリポリ


「お、ほんとだ。」


 ポリポリポリポリポリ


「……うるさい。」


 ポリ……ポリ…



 俺と千里がわざとらしく音を立ててるようにでも聞こえたのか。

 突然、カンナが顔を上げて俺達を交互に睨んだ。


「…何だよ。こえー顔して睨むなよ。」


 千里が箸でカンナを指す。


「あたしは…牛丼なんて、食べたくなかったのに…っ…!!」


 カンナはそう言ったかと思うと、自棄になったように箸を牛丼に突き刺して。

 がっつくように食べ始めた。

 その様子を見た千里は、なぜかふっと優しい顔になった。

 …やっぱ、は優しい奴なんだな…




「あのさ。明後日…LIVEやるから観に来てくれよ。」


 カンナが食べ終えたのを待って、千里が言った。


「は?明後日?どこで。」


「事務所の大ホール。」


「おまえが?」


「俺がっつーか、F'sと…あとは高原さんの気まぐれで選ばれる奴ら。」


「気まぐれで選ばれる奴ら…いつもそんなに急に決まるのか?」


「思い立ったらやっちまう人だからなー。」


「……」


 高原夏希。

 本当に不思議な人物だ。

 最初は興味深いと思って近付いたが、その人柄には…滅多に『人間』に惚れない俺でも、素直にこの人が好きだ。と思えた。

 そして何より…


 鋭い。


 その人が…まさか、知花ちゃんの父親だったとは。(ちょっと調べた)



「…あたしは行かない。」


 低い声でカンナが言った。


「何だよ。機嫌わりーな。絶対来いよ?おまえのためにも一曲歌ってやるから。」


「…え…?」


 千里の言葉が思いがけなかったのか、カンナは驚いた顔で千里を見る。

 いや、まあ…思いがけなかったのは俺もだ。

 …いいのか?そんな事言って。

 カンナはますます暴れるぞ?


 そう思ってる俺の隣で。

 なぜか…カンナは複雑そうな顔。


 どーした。

 今までのおまえなら、とびきりのラヴソングをリクエストでもして、知花ちゃんにダメージを与えまくる作戦に出るだろうに。

 …で、そこを俺が…



「…分かった…行く…。」


 無言で返事を待つ千里に根負けしたカンナがそう答えると、千里は手を伸ばしてカンナの頭を撫でた。

 それに対して唇を尖らせながらも…微妙に口元を緩めるカンナ。




 …俺が知花ちゃんと仲良くしてる間に、何があったんだ…?



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