33 多治見カンナの策略 -5-

「……」


 エレベーターホールからロビーを見下ろすと、すごく仲睦まじい様子のちーちゃんと知花さんが現れた。

 …何だろ。

 知花さん、挫けてない。

 それどころか…前にも増して、仲良さそうなんですけど…!!


 イライライライライラ。


 その光景に唇を噛んでると…


「ねえ、あなたよね?神さんの幼馴染って。」


 突然隣に立った女に声を掛けられた。

 いつものクセで見下ろそうとすると…意外にも、視線は同じ高さにあった。


 …この事務所に来て、あたしと同じ目線の女って…そういない。

 だいたい、いつも見下ろす形になる。


「…そうですけど、どちら様ですか?」


 ニッコリ笑って問いかける。

 黒い長髪、スタイル…まあまあ…

 …で、なぜ…そんな強い目であたしを見てるのかしら?


「あたし、七生ななお聖子せいこ。知花の親友。」


「ああ…知花さんの。」


「そ。ねえ、毎日何しに来てるの?あなた、別にそんなに用ないわよね。」


 ムッ。

 何なの、この女。


「いいえ~?ラジオ番組の打ち合わせとか、MVの打ち合わせとか。」


「ふっ。」


 ムッ。

 鼻で笑った!?


「そんなの毎日毎日繰り返さないでしょ。ラジオだって週一なんだし。」


 ムッ。

 それが何なのよ!!


「そういうあなたこそ…知花さんの親友っていうだけで、ここに入り浸ってるの?」


 斜に構えて言ってみたものの、女は長い髪の毛を後ろに追いやって。


「あたしは所属アーティストだから、入り浸るのが当たり前。」


 勝ち誇ったような顔で言い放った。


 キ…

 キ―――――――ッ!!



「それと、さすがにモデルだけあってスタイルはいいけど…その着こなしはお勧め出来ないわ。」


「何なのよ!!素人が口出さないでよね!!」


 ついに、堪忍袋の緒が切れた。

 何が着こなしよ!!

 いちアーティストがローマ代表(じゃないけど)モデルに文句つけるなんて、許さないんだから!!



「素人って(笑)」


「素人でしょ!?」


「…ま、あたしはモデルじゃないからそうだけど…」


「ほら!!」


 勝ち誇ったように背筋を伸ばして、少しでも女より高い位置から見下ろしてやる。

 どうだ!!

 そんな顔をしてると…女がポロッと言った。


「それ、うちのブランドなのよねー。」


「ああ、そう。」


 それがどうし……


 …ん?



「…うちのブランド…?」


「そう。七生。」


「……」


 目を細めて瞬きを繰り返す。


 これは…モデルクラブで大人気のブランドで…

 ショーにも使われる。


 …そう。

 確か…


 NANAO…



 …デザイナーの下の名前だと思ってた―――――!!



「うちの母親が手掛けたやつだわ。これ、色んなモデルさんが着てくれて大人気なんだけど、他のブランドと混ぜて着ちゃうと途端に台無しになっちゃうのよねー。」


「……」


「個性がぶつかり合っちゃうって言うかね。」


「……」


「まあ、モデル自体が良ければ関係ないって思うのかもしれないけど、見る人が見れば分かっちゃうから。残念。って。」


「……」


 あたしはススス…と横歩きで女と距離を取る。

 …ブランドの関係者とトラブルなんて…もってのほか。

 これ、ヤバいわよね…

 マネージャーに知られたら…


「あら、どうして逃げるの?」


 ぎくっ。


「に…逃げてなんか…」


「心配しなくても、チクったりしないわよ。」


 女はニッコリ笑ってあたしを見てる。

 …その笑顔…怖いわよ。

 何なのよ。

 何…企んでるのよ。



「たださあ、一つお願いがあるんだわ。」


「…お願い…?」


 怪訝そうな顔で女を見る。

 あたしにお願いって…何よ…


 …はっ…

 もしかして、新作のモデルに…なんて…


「神さんと知花の邪魔、しないでくれる?」


「……」


 一瞬都合のいい夢を見かけて、すぐに終わった。

 そこですか…


 全く…

 この女が知花さんの親友って、最悪だわ。



「…邪魔なんてしてませんけど。」


「そう?すごく引っ掻き回してるように見えるけど。」


「えー、それは心外ですね。そんなんじゃ、幼馴染と会話も出来なくなっちゃう。」


「そうね。しないでくれる?」


「……」


 何なの…!?

 何なのよ!!

 この…この、七生の娘!!



「正直、あなたが入り込む余地なんて100パーないから。」


「…何の事かしら。あたしは幼馴染と昔のように接してるだけですけど。」


「ああ、それはやめて欲しいわね。かたや結婚してるんだから、子供の頃と同じようにされちゃたまんないわ。」


「…知花さんが、あなたに釘をさせって言ったんですか?」


「まさか。知花はそんな事言わない。」


「じゃあ何でこんな事するんです?」


「神さんからは言いにくいだろうなーと思って。」


「…え?」


「口にナイフを持つ男なんて言われてたのに…意外と優しいのよね。一度面倒見始めると、ずっと関わるような人だし。」


「……」


 なんで…こんな女に…ちーちゃんの事を語られなきゃなんないの。

 腹が立つ。

 腹が立つけど…


 あたしが両手を握りしめて、わなわなと震えてると…


「カンナ。」


 …大好きな声が、背後から聞こえた。

 そして、その大好きな声は…


「…また帰りにな。」


 優しい声を…誰かに向けた。


 …背中を向けてても分かる。

 それが、あたしにじゃないって事。


 そうよ。

 奪い返すとか、振り向かせるとか。

 あたしが勝手に盛り上がってるだけよ。

 ちーちゃんが知花さんしか見えてない事なんて…とっくに気付いてたわよ。


 あの時だって…そうだった。

 あたしは…

 一大決心をして、ちーちゃんの部屋に行ったのに…。



 気が付いたら、目の前の女がいなくなってた。

 きっと、知花さんと連れ立ってエレベーターに乗ったのね。

 あたしは今から、ちーちゃんに決定的な何かを言われてしまうんだ。

 …そんなの…聞きたくないのに…



「カンナ。」


「…何よ。」


「飯食いに行こうぜ。」


「…行かない。」


「おっ、どーした?いつもなら奢れってうるさいクセに。」


「……」


 唇を尖らせて、勢いよく振り返ると。

 ちーちゃんは一瞬目を丸くして…次の瞬間。


「…ぶふっ。」


 吹き出した。


「なっ…何よ―――!!」


「いや、だっておまえ…ガキん時とおんなじ顔してたから。」


「何がガキん時よ!!あたし21よ!?」


「でも泣きそうな時、いつもそんな顔してただろ。」


「っ…」


「何があった?」


「……」


 きっと…

 ちーちゃんは何もかも知ってる。

 あたしがついた嘘の事も。

 なのに…こうやって、何も変わらないみたいに接してくれる。



「…あたしと話してたら、知花さん機嫌損ねるんじゃないの…」


 唇を尖らせたまま、手すりに両手を乗せてロビーを眺める。

 あ、千秋ちゃんが来た。

 …千秋ちゃん、知花さんへの片想いはどうなったのかなー…



「お、千秋も来たな。三人で飯行くか。」


「…は?」


「話したい事もあるし。」


「……」


「よし。行こう。」


 ちーちゃんに腕を引かれる。

 今までだったら最高に浮かれたはずなのに…




 何だか…



 疲れた。

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