32 桐生院知花の憂鬱 -10-

「…どうしたの?すごい御馳走…」


 家に帰ると、大部屋のテーブルに所狭しと料理が並んでた。


「さくらが作り過ぎてしまったんですよ。」


 おばあちゃまが平静を装ってそう言ったけど…


「いくら大人数だからって……あら…これ、美味しい。」


 …おばあちゃまがつまみ食いしてる…

 どう見ても浮足立ってる。


 まさか…病院から電話がかかったりはしてないはずだけど…

 そう思って千里ちさとと顔を見合わせてしまう。

 何かいい事があったに違いない。



 いい事と言えば…

 妊娠した事、千里が…すごく感動してくれて…嬉しかった。


 初めて見る千里だった。

 先生の話も真剣に聞いてくれて、色々質問までしてた。


 …華音かのん咲華さくかを妊娠した時、別れてさえいなければ…って少し思ってしまったけど。

 今更そう思った所で時間は戻らない。

 だから…

 これからは、千里のしたいように…関わってくれたらと思う…


 …ううん。

 やっぱり過保護になりそうだから、ほどほどにしてもらおうかな…



「何これ。何かのお祝い?」


 華音と咲華を連れたうららが大部屋に入って来て、やっぱりあたし達と同じ反応をしてる。



「とーしゃん、かーしゃん、おかえい~。」


「ただいま。いい子にしてたか?」


「してた~。」


「そうか。いい子にしてたかっ。」


 子供達を両手でギュッと抱き寄せる千里も…何だか喜びを隠しきれない様子で。

 それを見てると…あたしも、つい…


「ふふ。あたしもやっちゃうっ。」


 千里とは反対側から、子供達を抱きしめた。


「…何、その能天気な感じ…」


「麗も来る?」


「冗談でしょ。」


「遠慮すんな。」


「遠慮するでしょ普通。」


 麗にはフラれたけど、子供達は大喜び。

 その笑顔にあたしも…すっかり嫌な気分はどこかに行ってしまった。



 その後。


「うわ、何のお祝い?」


 ちかしが帰って来て、やっぱり当然の反応をして。


「…御馳走だな。」


 珍しく父さんも早く帰って来て…御馳走の並んだ大部屋で、何かよく分からないけど…お祝いが始まろうとしていた。


 テーブルに並ぶ御馳走に、子供達もただならぬ何かを感じているのか…定位置に座ってそわそわしてる。

 それは…あたしと千里も同じ。


 すると…



「えー、今日はお祝いをしたいと思って、こんなに御馳走を作っちゃいました。」


 突然、母さんがみんなを見渡して言った。


「……」


「……」


 千里とさりげなく顔を見合わせる。


「実は…おめでたです。」


 どこから話しが漏れたの…!?


「え。姉さん、おめでた?」


 誓と麗が丸い目をしてあたしにそう言って。


「え…う…」


 あたしがどうしようと思ってると…


「もうっ。あたしがー!!」


 母さんが、頬をぷうと膨らませて言った。


「えっ…?」


「はあ!?」


 おばあちゃま以外、みんなが呆気に取られた。

 そんな中、父さんが静かにグラスを掲げた。


「そういうわけだ。みんな、協力頼むよ。」


「知花、誓、麗、歳が離れた弟か妹を可愛がってやってね♡」


「……」


 父さんと母さんが並んで掲げたグラスに、華音と咲華だけが反応して立ち上がる。


「かんぱいしゆの!?」


「しゃくも~!!」


 その歓声に我に返った千里が。


「あ…あの。」


 グラスを持って立ち上がった。

 …えっ…?

 今…言うの…かな?


「…まずは、おめでとうございます。」


 千里の言葉に、母さんは満面の笑み。


「で…俺らからも報告が。」


 そう言った千里があたしを見下ろす。

 …何だか照れくさい。

 照れくさいけど…千里がしたいように。って決めたものね。


「えーと…今日、病院に行って来ました。」


「えー…」


 麗が何かを言いかけて、それを誓が止める。


「…華音と咲華が、お兄ちゃんとお姉ちゃんになります。」


 自分達の名前が出た華音と咲華は、キョトンとして千里を見上げて。


「ろん、おにいちゃんなゆの?」


「しゃくは、おねいちゃん?」


 足元にやって来た。

 意味が分かってるのかな…?と思ってると。


「おにいちゃん…」


 華音はそう言って、誓を見る。


「ノン君、うちに赤ちゃんが来るんだって。」


「あかちゃん……!!」


 そのワードに、華音と咲華は目を大きく見開いた。


「まあ…まあ…まあ…」


 おばあちゃまは両手で口を押えて。


「どうしましょうかね…」


 みんなを見渡して…驚いた顔なんだけど…すごく嬉しそうでもあって。


「容子さんが亡くなって、知花もアメリカに行って…うちは四人家族だったのに…知花が子供達と帰って七人家族になって…そこへさくらが帰って来て、千里さんも来てくれて、気が付いたら九人家族…まだ増えるなんて…賑やかになりますね…」


 着物の袂からハンカチを出して、そうつぶやきながら涙を拭う。


「おおば~…」


 咲華がおばあちゃまに駆け寄る。


「ああ…ごめんね。悲しいわけじゃないのよ…」


「…ねえ、早く乾杯しようよ。母さんでもでもいいから、さっさと進めて。」


 感極まってるおばあちゃまに釣られたのか、涙目の麗がそう言って母さんと千里を急かす。


 ……ん?


「……」


 今、麗…

 千里の事、『義兄さん』って…


 さりげなく見上げると、千里は少し驚いた顔をして…そして、優しい顔になった。


「…主役を横取りしたみたいで。」


 千里が母さんに向かってそう言うと、母さんはぶんぶんと首を横に振って。


「そんな事ない!!もう、桐生院家愛し過ぎて…感激!!かんぱーい!!」


 グラスを高く掲げた。

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