16 神 千秋の暇つぶし -6-

「……」


「……」


「……」


 F'sのプライベートルームに変な沈黙が落ちる。


『朝霧と華音と私と母は、同じ部屋で寝ていた』という咲華の衝撃発言の後。

 突然、カンナが華音の様子を見にF'sのルームに行こうと言い始めた。


 …分かりやす過ぎるだろ。


 おまえが華音の様子を見に行くだなんて、あり得ない。

 真相を探りに行きたいだけだよな。

 と思った俺は、生温いだけだった。



「ねえ、ちーちゃん。朝霧さんの息子さんと知花さん、一緒に暮らしてた事があるの?」



 千里と華音しかいなかったルームに入ってすぐ。

 カンナは咲華には聞こえないよう、そう千里に問いかけた。

 どうもこいつは、真相を探りたいだけじゃなく…

 これをキッカケに、一気に揺さぶりをかけるつもりだ。



 朝霧と知花ちゃん…一緒に暮らしてた事があるのか、と。俺も咄嗟に思った。

 なぜなら千里と知花ちゃんが別れていた時期は、SHE'S-HE'Sが渡米していた頃。

 華音と咲華が生まれた頃でもある。


 しかし、それをストレートに千里に聞くか?

 もし千里が知らない事だったり、勘違いだとしたら…

 これは火種になるんだぞ?



 ……

 そこでふと、火種になったら…?と思った。

 千里は可愛い弟だが…

 俺は自分の欲の方が、その愛情より大きい事を知っている。



「それがどーした。」


 が。

 火種になるかもしれないと思ったそれを、千里は知っていた。

 少しだけムッとして、カンナに冷たい視線を投げて。

 なんなら「これ以上聞くな」といったオーラも出しているが…


「えっ、本当なの?」


 カンナに空気を読む気はない。


「何だよおまえ…カマかけたのか?」


「違うわよ~。サクちゃんが言ったんだもん。」


「…は?」



 千里が目を細めるのも分かる。

 …当然だ。

 俺も首を傾げたぜ。

 咲華が覚えてるはずないよな。

 たかだか一歳の頃の事なんて。


 と思ったが…




「…胎児の時の記憶が…?」


 館内放送でカンナが呼び出され。

 華音と咲華が畳のスペースで眠った今。

 千里が不思議な事を言った。


「…ああ。あいつ、義母さんの腹ん中にいた時の記憶があるんだ。」


 知花ちゃんに、胎児の時の記憶がある。

 まあ…そういう事例を聞いた事がないわけじゃないが…

 そういった事があったとしても、成長と共に記憶は失われる事が多い。


「だから…咲華が覚えてても不思議はねーけど…今までそんな事、一度も言わなかったのに。」


 千里は不満そうに…いや、これは…不満と言うより、不安そうだな。

 知花ちゃんの愛に対しては絶対的な自信を持っていると思ったが…

 朝霧は別なんだな。



「…他にもメンバーはいたのに、何であいつと同居を?」


 千里が入れてくれたコーヒーを飲みながら問いかける。


 あまり他人に興味を持たない俺が、ここまで食いつくのが珍しかったのか。

 千里は首をすくめて俺を見た。



「朝霧が一番治安のいい場所に住んでたから。」


「あ…そういう…」


「同級メンバー達は学生寮だったしな。」


「…なるほど。」


「あいつら、マジでメンバー全員めちゃくちゃ仲いいし。」


「…へー…」


「助け合い精神ハンパねーからな。」


「……」



 …うん?


 さっきは不安そうに見えたが。

 SHE'S-HE'Sを語る千里には、納得と言うか…その存在を認めているようにも思える。

 表情筋の強張りも、視線の揺れもない。

 瞬きの回数も普通。



「実際、朝霧が一緒に暮らしてくれて助かったって今は思ってる。当時の俺は、どーしてやる事も出来なかったしな。」


 千里の言葉を聞きながら、一つ年下の我が弟は、俺より大人だなと思った。

 俺なんて、その可愛い弟の幸せを横取りしようと企んでいると言うのに。



「そう言えば、別れた理由は?」


 テーブルに頬杖をついて問いかけると、千里はあからさまに嫌そうな顔をして。


「そういうの、聞くか?なんなんだよ。」


 コーヒーカップを持って立ち上がった。



「兄弟だろ?」


「はっ?千秋、全然興味ないクセに。」


「桐生院家、興味深いぜ?」


「よく言うよ。」



 これは言いそうにないな。


 そう判断した俺は。

 千里が子供達の顔を覗き込んでいる間に、ルームを出た。

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