7 神 千里の日常 -2-

「とーしゃーん。」


 裏口の上がりかまちに座って靴を履いていると、背中に咲華さくかが抱き着いて来た。

 そんな事をされると…


 仕事行きたくねー!!


「どうした?」


 顔だけ振り返ると。


「おしおと…?」


 咲華さくかは大きな目で俺を見上げる。


 …ああ…何だって俺と知花ちはなの娘は…

 こんなに可愛いんだ!!


 俺は咲華を抱えて額を合わせて。


「そ。父さんはお仕事だ。」


 そのまま合わせた額をグリグリとした。


「……」


 いつもなら、そうすると声を上げて笑う咲華が…無表情。

 んん?

 体調でも悪いのか?

 熱は…ないようだが。


「どうした?」


 額を離して顔をマジマジと見る。

 すると、咲華は少し沈んだような表情で。


「しゃく…とーしゃんとかーしゃん…いっしょいたいよぅ…」


 小さく、そう言った。


「……」


 そう言えば、最近俺も知花も仕事が立て込んで遅くなる事が多い。

 桐生院家全員が子育てをバックアップしてくれるおかげで、俺も知花も安心して仕事に没頭できるが…子供達は寂しい想いをしてるんだな…


 …それは俺だって同じ。

 寝顔しか見れてない事が数日続いた時は、無理矢理起こしかけて、ばーさんに叱られたんだよな。



「分かった。今日は早く帰るから、一緒に遊ぼうな?」


「はやくかえゆ?」


「ああ。」


「おひゆごはんにかえゆ?」


「それは無理だな。」


 苦笑いしながら、咲華の頭を撫でてると。


「咲華、お母さんの所おいで。」


 華音かのんを抱えた知花がやって来た。


「おまえ…俺の至福の時を…」


「だって、遅れちゃう。」


 知花が時計に目をやる。

 …ふむ。

 これは間違いなくヤバい。


「とーしゃん、きょう、はあくかえゆって。」


 知花の足元に抱き着きながら、咲華が嬉しそうに言った。

 華音はというと…


「華音もゴキゲン斜めか?」


 知花の腕の中にいる華音は、涙目。


「そうなの。でも大丈夫だから。さ、二人とも、父さんにいってらっしゃいして。」


「いってあっしゃ~い。」


 咲華は盛大に手を振ってくれてるが、華音は涙目のまま俺に背を向けるようにして知花に抱き着いた。


「…知花。」


 指でクイクイと知花を呼ぶ。


「?」


 首を傾げて近付いて来た知花の顎を指ですくってキスをする。

 そのまま、華音の頭にもキスをして、足元にいる咲華の額にもキスをした。


「いってくるぜ。」


 三人に手をあげると、赤い顔をした知花と、両手を上げて嬉しそうな顔の咲華と。

 涙目のまま拗ねた唇の華音が手を振った。


 今日、知花はオフ。

 あー………

 同じ日に休めたのって、いつだったっけな。


 高原さんは色々配慮してくれる人だから、こっちが申し出る前に『一緒に休め』と言ってくれる。

 が…

 問題は、俺だ。


 何か面白そうな企画が立ち上がってたり、俺がしなくてもいい事を、やり手がいないと手を挙げてやってしまう。

 そういうクセは直さねーとなー…



 ガレージから車を出していると、窓から手を振る三人が見えた。

 よし。

 マジで今日は早く帰るぜ。



 事務所の地下の駐車場に車を停めて、エレベーターは使わずに階段を使って外に出ると…


「おっ。」


 事務所の外を歩いてる千秋に出くわした。


「どーした。こんなに早くから。」


「早いっつって、10時だけど。」


「千秋、来るとしても、いつも夕方ぐらいからしか顔出さねーじゃん。」


「そうだっけ?」



 新型のセキュリティシステムを導入する事になったビートランド。

 それは、俺の兄である千秋が開発したもので。

 その説明を受けた高原さんは、現在契約してる警備会社の幹部を呼び出して会議を重ねた。

 その結果…

 警備会社の不備ではないため、現状維持の上に新型導入という形になった。


 千秋の頭の良さは昔から目の当たりにして来たけど…まさか俺の職場にまで介入してくるとは思わなかった。

 いや、迷惑なわけじゃなく。

 …むしろ、嬉しいし誇らしい。


 自由人でしかないと思ってた千秋が、俺の居場所を大事に思ってくれた気がして。



「何してたんだ?」


 千秋が手に持ってる物を覗き込んで問いかけると。


「ああ。侵入されてないか調べてた。」


 千秋は事務所を見上げたり手元を見たりして答えた。


 …今、サラッと言ったけど、すげー事だよな…

 俺には到底思い付かねーし…出来もしねーよ。


「千秋が作った物でも侵入されるのか?」


 肩に寄り掛かってわけの分からないモニターを覗き込む。

 すると、一瞬千秋がチラリと俺を見た。

 …ん?


「…おまえ、相変わらずこういうのを普通にやるのな。」


「こういうの?」


 言われてる事の意味が分からなくて首を傾げると、千秋は小声で『まあいいや』って呟いた。


「俺が作った物でも侵入されるかって言われると、されない。でも、あえて入れるように隙を作って探ってるんだよ。」


「わざわざ隙を作る必要が?」


「餌に食いつかせて、叩きのめすためだ。」


「……」


 すげーな…

 俺は目を丸くして千秋を見て。


「さすが俺の兄貴。」


 肩をポンポンとして離れた。


「あ、やべ。取材始まってんな。」


 時計を見てそう言うと。


「おいおい…しっかりしてくれよ?」


 千秋はそう言いながらも、俺の背中を軽く叩いて。


「早く行け。」


 懐かしさしか感じさせない笑顔になった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る