28 多治見カンナの策略 -4-
「ねえ、あたしの事、忘れてない?」
あたしが仁王立ちして言うと。
ロビーの椅子に座ってたちーちゃんは、少しだけ顔を上げて長い前髪の隙間からあたしを見上げた。
…なぜか、ちょっと…ドキッとした。
見慣れてるはずなのに…カッコいい…。
「ああ…わりーな。マジで忘れてた。」
「もうっ。話があるって言うから探してたのに、ルームに行ってもいないんだもん。」
「ちょっと色々立て込んで。」
「何が?」
ちーちゃんは膝に両手を置いて、前のめりになって単行本サイズの何かを見入ってる。
あたしは隣に座ると、体を密着させてそれを覗き込んだ。
「何?それ。」
「千秋が作ってくれた歌詞収納。」
「ええ~、いいなあそれ。あたしも自分の写真収納のが欲しい。」
千秋ちゃん、ほんと凄いな…
こんなのも作れるなんて。
単行本サイズの液晶画面。
最初はゲーム機かと思ったけど…携帯出来るアルバムって事よね?
「近い。」
「知ってる。」
「離れろ。」
「やだ。」
「誤解されたくねーんだよ。」
「……」
ふいに放たれた一言に…あたしの眉がピクリと動いた。
「…誰に誤解されたくないって?あたし達、仲のいい幼馴染でしょ?」
至近距離で顔だけ上げると、もう唇がそこに迫ってる。
…このまま、寄せちゃおうか…
って考えてると。
「だから、離れろっつってんの。」
ちーちゃんが、腕でぐいっとあたしの体を押した。
「……何なのよ。」
唇を尖らせて睨むも、ちーちゃんは涼しげな顔で。
「誤解されたくねーの。周りにもおまえにも。」
さらっと…そう言った。
「……」
周りにも、あたしにも…?
これは…
作戦失敗のようね。
ま。
いきなり上手くいくなんて思ってない。
夫婦の隙間を見付けて、地道に小さなひび割れを作っていけば…
いつか、良好な関係も壊れる。
「…分かった。」
あたしはあっさりと立ち上がって、少し離れた場所に座る。
ちーちゃんはチラリとあたしを見たけど、何も言わなかった。
すると…
「……あ。」
知花さんが、エスカレーターから降りて来て。
あたしとちーちゃんに気付いて、立ち止まった。
「帰るのか?」
ちーちゃんが立ち上がって知花さんに近付く。
あたしは興味ない顔で、それを視界の隅っこに入れていた。
「うん…」
「じゃあ一緒に帰ろう。」
「え…?でも…」
知花さんが、遠慮がちに視線を送って来た。
…バカね。
そういうの、命取りになるのよ。
「……ねえ、ちーちゃん。質問していい?」
ゆっくり立ち上がって、二人に近付く。
知花さんはあからさまにオドオドして。
ちーちゃんは、そんな知花さんの肩を抱き寄せた。
…何なの。
あたし、すっかり悪者みたいね。
「…『初めての相手』って、男の人とっては…どうでもいいもの?」
小さな声で。
元気のない声で。
あたしらしくない声で。
視線は二人に向けないようにして、言った。
「……」
見なくても分かる。
知花さん、反応したわよね。
「…何だ?その質問。」
「次のラジオ番組でのテーマなの。『初めて』を大事にするのは、女だけか…って。」
あたしは今、期間限定でラジオ番組を持ってる。
スタッフと話し合ってテーマを決めて、リスナーの声を集める。
こう言っちゃなんだけど、結構人気のある番組。
もちろん、モデルとして努力してる事も話す。
あくまでも、本業はそっちだし。
感化されたリスナーからトレーニング報告もあったりして、それがリスナー間でも一体感を作ってるって好評。
外に向けてた視線を二人に戻すと。
知花さんは俯いてて…ちーちゃんは…
「……男でも、特別に思う奴もいるんじゃねーか。」
意外にも、いい返答をしてくれた。
ちーちゃんのおかげで、知花さんの表情が土偶みたいになった。
あはははっ。
すごい顔。
「…そう。そうよね。やっぱり初めての相手って…特別なんだね。相手にとってそうじゃなくても…」
小さく溜息を吐きながらそう言うと、知花さんは唇をキュッと噛みしめて、あたしから視線を外した。
…かたや、ちーちゃんは…
「…そんな事ねーだろ。中にはそれを大事にする奴もいるし…後悔してる奴もいるんじゃねーかな。」
知花さんの頭をポンポンとしながら、言った。
…知花さんの頭ポンポンは気に入らないけど…
これは、使える。
ちーちゃんが何をもってそう言ったのかは分からないけど。
知花さん、きっとあたしとちーちゃんの話だと思ったわよね。
あたしは少しだけ口元を緩めると。
「…ありがと、ちーちゃん。あたし…救われたわ。」
ちーちゃんの腕に、そっと手を添えて。
「…ごめん。もう…馴れ馴れしく触れたりしない…。でも、あたし達の思い出だけは…大事にしてて欲しいの…。」
涙ぐみながら言った。
「……」
ちーちゃんは何も言わなかったけど、知花さんの俯き具合は増した。
…ふふっ。
いいわよ。
疑いなさい。
あなたの大好きなちーちゃんを疑って…
壊れてしまえばいいのよ。
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