26 神 千秋の暇つぶし -8-
「おい、大丈夫か?」
千里と千幸と玲子とで…飯。
なんでこんなメンツで…飯なんか食わなきゃいけねーんだ。
「水をもらって来ようか?」
「いいって…部屋に戻れよ…」
酒に酔った俺について、部屋を出て来た千幸。
ほんと…こいつは…
昔から世話焼きだ。
鬱陶しいぐらいに。
ちょっとした庭園に面した縁側に座って、火照った顔を冷ます。
四月後半とは言え、まだ夜は肌寒い。
「千秋が酒に弱いとはな。」
隣に腰を下ろした千幸に、面倒そうな視線を向ける。
今はほっといて欲しいのに…
小さな頃から…勉強や研究ばかりをしていた。
同じ歳の奴らとは話が合うはずもなく、いつも相手になってくれるのは、兄貴達よりもずっと年上の学者クラスの人間。
そんな俺は、遊びも知らずに育った。
…頭が良くたって…頭を使わなくていい場所に来ると、一人浮いてしまうんだ。
何でも出来る顔をした。
酒も強いし、女なんて数えきれないほど相手して来た。
…なんて…
見栄を張ろうとしても、誰も俺に下世話な事なんて聞いてこねーよ…。
「……」
ボンヤリと庭園を眺めてると、千里の幸せそうな顔が浮かんだ。
…知花ちゃんと仲直りしたような口ぶりだった。
俺の一言で真っ赤になった彼女は…とても可愛かった。
高原夏希に『好きなのか?』と聞かれるほど、俺は千里と同じような目で…そんな知花ちゃんを見ていた。らしい。
…好きという自分の気持ちにさえ、疎い男。
つまんねー男だな…俺。
「…千秋。」
不意に、隣にいる千幸が。
「…悪い。許してくれ。」
突然、そう言いながら…俺に土下座した。
「……は?何だよ…これ…」
酔いが醒めるほどじゃないが…少し驚いた顔で千幸を見下ろす。
「…おまえ、玲子の事、好きだったよな。」
「……」
えーと…
これはさすがに、酔いが醒めた。
今…千幸…俺に…
『玲子の事、好きだったよな』って言ったな。
俺、そんなに分かりやすいのか…?
「…好きか嫌いかって言われると、兄貴の嫁さんだから…嫌いじゃない。」
『好き』って言葉を言うのがイヤで、そんな言い方をしてしまう。
だけど、本当に…今は玲子の事は…
…長く引きずったけど。
「…玲子も、千秋の事が好きだった。」
「…………」
は………?
その言葉は、酔いを醒ます以上の力を発揮した。
玲子が…俺を好きだった…?
体が硬直して、瞬きすら忘れて千幸を見下ろす。
「でも…俺が…玲子に頼み込んだ。俺と結婚して欲しいって。」
「…………」
「玲子には…世界を股に掛ける研究者より、高階宝石を継ぐ男の方が必要なはずだろ…って。」
「…………」
「…何をしても弟のおまえに勝てなかった。玲子まで…取られたくなかった…」
「…………」
「…許してくれ…」
額が板の間にこすりつけられて、その面だけ擦り切れちまうんじゃねーの。って思うほど。
千幸は、深く深く、俺に土下座をした。
…土下座されたからって…許される事かよ…
俺は…
ずっと玲子を…恨んだんだぜ…!?
「……」
泣きたい気持ちになった。
だが、泣くわけがない。
ただ…何とも言えない感情に支配されて…そのやり場に悩む。
…冷静になれ。
この状況を、どうにか打破して…
「ついでに言わせてもらうと…知花ちゃんも諦めろ。」
土下座をしたままの千幸から、そんな言葉が漏れて。
それを聞いた俺は…
「はあ!?なんで千幸にそんな事言われなきゃなんねーんだよ!!」
立ち上がって、大声でそう言ってしまった…。
俺は知花ちゃんが好き。
確定。
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