第17話 善良なる勘違い

 首狩り魔、ついに引退!

 

 そんな噂は、あっと言う間に騎士団内に広がった。

 あの殺しても死ななそうな女騎士がまさか……と信じていなかった者達も、実物を目の当たりにすれば、噂の信憑性を疑う事が出来なくなった。


 なにせ、気が強いヴィラローザが大人しくギルフォードに抱きかかえられたまま医務室に運ばれて、ようやく出てきたと思ったら、彼女は片足を大仰なまでに包帯でぐるぐる巻きにされ、移動する際には杖を手放せなくなっていたのだから。

 

 首狩り魔は……――ヴィラローザ・デ・エルメは、騎士としては死んだも同然。


 苛烈な女騎士の、あまりにも突然で呆気ない……無様な最後。その様を見て、一人の男はほくそ笑んだ。


◆◆◆

 

 騎士団内に広まる噂。

 その渦中の人物であるヴィラローザは、自室にて療養中であった。


「……暇です」

「駄目よ」

「まだ何も言っていませんが、ステラ?」

「言わなくても分かるから。……どうせヴィラのことだから、剣を持ちたいとか言い出すんでしょう?」


 なぜ分かったのだとヴィラローザが呻くと、ステラは苦笑した。


「あんたの考えてる事なんて、それくらいしかないじゃない」


 剣一筋。

 ヴィラローザの生き方は、ずっとそうだった。

 何がそこまで駆り立てるのか、ステラには皆目見当が付かなかったが、ヴィラローザ・デ・エルメは、一心不乱に“認められること”を求めていた。


 ヴィラローザの苛烈な性格の裏側には、いつだって誰かに対する焦りがあったのだが、ギルフォードにおぶわれて帰還してからというもの、ヴィラローザは憑き物が落ちたように穏やかだ。


 それを他者は、騎士生命が終わった事による虚脱状態だの、ギルフォードに手込めにされて女を自覚しただの……まぁ、好き勝手に面白おかしく噂している。


 ――魔獣の一件を、かき消すような勢いで。


「……嫌な感じだと思わない、今の状況」

「そうですか」


 寝台で上半身を起こし、両足を伸ばしているヴィラローザは、読みかけの本を手に取り、静かに笑う。


 枕元に引きずってきた椅子に腰掛けたステラは、そんな親友を見て眉を垂れ下げた。


 こうやって大人しくしていると、ヴィラローザはいかにも深窓の令嬢といった風に見えてしまう。

 嫌な噂が広がる今、ステラは不安にかき立てられ、それを打ち消すように明るい声を上げた。


「……ヴィラ……元気出して。剣なら、足が治ってから、いくらでも振ればいいじゃない! きっと怪我だって、すぐに治るからさ!」


 きょとんとしたヴィラローザは、やがて本を閉じて笑った。


「もちろんです、ステラ。……だって私は、この国一番の騎士になるんですから」


 その笑顔が、いつものように勝ち気さが前面に出た覇気のある笑みだったなら、ステラは一緒に笑えただろう。


 けれど、寝台の上でひっそりと笑うヴィラローザには、それがなかった。

 消え入りそうな親友の姿に、ステラは笑うことに失敗して、声を押し殺して泣いてしまった。


「ステラ……? どうしたんです? ――どこか、痛むんですか?」


 ヴィラローザが、慌てた様子で手を伸ばしてくる。

 けれど、少しだけ寝台から開いていた距離のせいで、彼女の手は空をかいた。そして、乗り出していた上半身がぐらりと崩れる。


「ヴィラ……!」


 慌ててステラは、寝台から落ちかけた親友の体を支えた。

 

「すみません、ステラ。……どうにも、この状態は慣れなくて……」


 気まずさを誤魔化すためか、苦笑いを浮かべるヴィラローザに、ステラはとうとう声を上げて大泣きした。


 気の毒な事に……――ステラは、ヴィラローザの足の怪我はとてもひどい状態で、もう騎士は続けられないと勘違いしていたのだ。

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