第15話 人が作った病
単独で突っ走っていったギルフォードの後を追うように、ルイスとステラは探索隊に加わっていた。
しかし、いざ出発という時になにやら報告が入り、難しい顔をした隊長が待機を命じたため、そわそわと森の方を伺い待っていた。すると、森の奥から歩いてくる人影が見えた。
「……あれは……」
赤目の男だ。かなりゆったりとした足取りで、歩いてきた。
「ギルフォード!」
親友の姿を認め、ルイスは明るい声を上げた。だが、ギルフォードは、なぜか上着を脱いでおり、鍛えられた二の腕が見えている。その両腕は、後ろに回されており――彼は、大切そうに何かを背負っていた。
背中に何を隠しているのか――察した瞬間に息を呑んだのは、ルイスだけではなかった。
「……な……な……な……!」
ステラが、声を震わせる。
そして、声と同じようにぶるぶると震える手で、ギルフォードを指さした。
「お、落ち着け、ステラ……!」
「だって、だって、あれ……!」
「気持ちは分かるけど、落ち着くんだ……!」
「これが落ち着いていられる!? あんた、ヴィラに何をしたのよ!」
ギルフォードは、ヴィラローザを背負っていた。そしてヴィラローザが着ているのは、明らかに丈があわない男物の上着だ。誰の物か……などという野暮な事、考えるまでも無い。
ステラは顔を青くしたり、赤くしたりしながら、ギルフォードに詰め寄った。
「ステラ、私が足を痛めてしまい、ここまで運んで貰っただけです」
その剣幕に、三無の化身等と言われる男はまったく動揺しなかった。かわりに、おぶわれているヴィラローザが、男の肩越しに顔をのぞかせて、現状を説明する。
「……ヴィラ、上着はどうしたの?」
「…………」
おそるおそる尋ねると、ヴィラローザは渋い顔になった。
「や、やっぱり、この男が何か妙な事を……!」
「やめてください、ステラ。これ以上、妙な噂が立つのはごめんです」
ヴィラローザが負傷したのを良いことに、暴走したギルフォードがなんのかんのと不埒な真似をしたのではないか……そんな危うい想像までして青ざめていたステラは、ヴィラローザがいつも通りである事に気付き、わずかに平常心を取り戻す。
「ギルフォード、おろしてください。色々と説明しなければ」
「どこに行くんだ? 運ぶ」
「結構です。私は、一人で歩けます」
「駄目だ。もう、お前一人の体ではないんだから」
瞬間、ルイスは何かを飲み食いしていたわけでも無いのに、激しくむせた。
ステラは、戻りかけていた平常心を、明後日の方に蹴り飛ばす。
とんでもない発言に動揺したのは、背負われていたヴィラローザもだった。
「誤解を招くような言い回しは避けなさい! だから、嫌だと言ったんですよ!」
おろせと、後ろからギルフォードの肩を揺さぶり抗議する。
しかし、問題発言をした当の本人はまったく気にしていない。それどころか、不満そうにヴィラローザを仰ぎ見た。
「お前が、抱くのは駄目だと言うから、顔が見えなくてもがまんして背負ってきたのに――今度は、お前の温もりまで取り上げられるのか?」
「貴方という人は……!!」
ここで、親友達を出迎えたルイスとステラは「おや?」と引っかかりを覚えた。
なぜだろう。
ギルフォードの顔は、いつも通りの無表情だが……そのはずなのだが……山ほど砂糖を溶かした、あまったるい砂糖水を飲まされたような――そんな気分になってしまったのだ。
「…………ヴィラ?」
「なんですか、ステラ?」
「…………」
ステラは、ギルフォードの背中から脱出しようとしているヴィラローザの顔を、じっと見た。
ここ最近、どこか塞ぎ込みがちで、ぼんやりしていた首狩りお嬢さまだったが――今は、目に元来の強さが戻っている。
「ううん! なんでもない! ……無事でよかった!」
「……心配をかけてしまい、申し訳ありません」
「ヴィラが謝る事じゃないよ! あたしこそ、役に立てなかったし……それに、一番悪いのは、あいつらじゃない……!」
怪我人をあまりどうこうは言いたくないが、それでもあの三人組の浅慮がこの事態を招いたと思えば、ステラの言葉尻もきつくなってしまう。
三人組――途端、ヴィラローザの表情が引き締まった。
「……ステラ、どうやら事態は、もっとややこしい事になっているようです」
「え?」
「早急に、上の耳に入れなければいけません」
ヴィラローザが無事で帰ってきた。ギルフォードとの仲も、どうやら進展したようだし、これでめでたしめでたしだと思っていたステラとルイスは、同じタイミングで互いを見やり首をかしげた。
「……狂躁病です」
安堵の空気は、ヴィラローザが落とした一言で、一気に凍り付いたのだった。
◆◆◆
狂躁病は、十年前に王都の民を恐怖に陥れた、人為的に作られた病だ。
実験と称し、魔獣を捕らえ、毒草をあれこれと形を変え投与した。
中毒となった魔獣が、事故で研究施設から脱走した時、忌避剤と信じて疑わず粉を身につけていた人々が襲われた。何が何だか分からないまま、魔獣に食い殺されたのだ。
王都の民はおろか、地方出身のルイスですら、十年前に起こった狂躁獣の話は知っている。
そんな存在が、発見された。
――ルイスとステラは、自分たち探索隊の出発が遅れたのは、このせいかと察した。
「……あの怪我人共を見ていた医療班の奴らが顔色かえて運んで行ったのは……てっきり毒の症状かと思ったんだけど……そういうことか」
「粉が残ってれば、より人里近くに狂躁獣を呼び寄せることになるもの……」
「でも、その中毒を発症していた魔獣は、ギルフォードとヴィラローザが全滅させたんだろ?」
だとすれば、問題はない。
そう思いたかったが――帰還してすぐ、団長室に呼ばれたまま戻ってこないヴィラローザとギルフォードの事を思うに、事態はそう単純では無いことは明らかだった。
「中毒なんて……魔獣は、自分からあの毒草……ヘルゼレ草を食べたりなんてしないのに」
ステラも、察しているのか顔色が冴えない。
「……あの粉だって、変よ。あんなの、どうして持ってたの? ……あいつら、ヴィラを挑発しておびき出して……あの粉でどうするつもりだったのよ……」
「……ま、ろくでもない事を考えていたんだろうな」
それこそ、ギルフォードに殺されそうな事を。
――ルイスは、胸中でそう断じた。
ヴィラローザに投げつけて、粉塗れにして……狂躁獣が寄ってくると脅かすつもりだったのか……。それとも、ヴィラローザとギルフォードが目にしたという狂躁獣がいることを知っていたのか。
「……お貴族様は、敵が多いねぇ。気の毒に」
ルイスは、少しだけヴィラローザに同情した。しかし、それはともすれば軽薄で、揶揄を含んでいるようにも思える。
耳ざとく、独り言を聞きつけたステラに足を踏まれ、悲鳴を上げるのはこの数秒後だ。
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