11 魔術機工の始動
驚きではなく、やはり‥‥という感想であった。
傭兵であるオトナ達はベテランを気取っていながら新生ダンジョンに関しては初心者としての探索だった。にも拘らず説明を省略させていたことから冒険者としての資質が知れていたからだ。
「次に居場所ね。全体図を把握するから時間がかかわるわよ」
そう言ってまた宙を舞い始める。その行動は小妖精特有の情報処理の行動である。今度は10分くらいかけてコンタクトと解析の両方を行った。
すると近くからアンナがこちらの事を察して近づいてきた。
「ガイドの若者よ。それは中の者達とコンタクトしているのだな?」
「ええ‥‥けど勘違いしないでください、あくまで貸し出した小妖精の安否を気遣ってるだけです」
司は自分の立場をぶらさないでいた。
「それで構わない。どうか私にも聞かせてもらえないか?」
司は何も言わずうなずくだけにして、小妖精の方へ顔を向け直した。
「‥‥お主は若いのに大したものだな。ピキシーをこのように自在に使役できるとは」
「‥‥良い教育係に恵まれていましたので」
司は母の事を思い返した。7年前に自分のもとを去って以来会っていない育ての親である。勇者の一人である彼女は暗黒時代における犠牲種族の救済を宿命として旅立った後ろ姿を。
すると小妖精が反応を示す。
「場所がわかったわ。スタート地点から7時方向、4km付近よ」
「へえ、‥‥思ったよりも進んでる」
入ってからまだ二時間経った位だが、一時間に約2kmのペースはサキの道案内があったとしても優秀な部類に入る。エルフに風魔法の親和適性があったのだろうと司は彼女の物腰から推測した。ダンジョン攻略にはとても有効な属性である。
「次にビジョンね。形式はどうする?」
「動画は消費が大きいから‥‥画像で1分ごとのタイムラプスでくれるか?」
ダンジョン側の小妖精サキが拒否しなければこちらとの送受信が相互成立するという魔法。壁面へとその映像が上から表示されていく。しかし‥‥投影される筈であった画像情報は途中で途切れてしまった。
「ダメね。ビジョンは最後まで得られなかったわ」
「どうしたんだ?」
「使役者と一緒に魔力枯渇に陥ったのかも」
「な‥‥そんな!どういう事か?」
「うーん‥‥意識を失ったとか?」
「かもね。あ、待って。ビジョンが一枚だけ得られたわ」」
そう言って小妖精は再び壁面に向かって画像を端の最後まで投影した。
「これは‥‥自前のMP分を使って向こうから送ってきたビジョンね。サキも用意がいいわ」
「俺ははサキに対してある程度のMPの前払いを常に済ませているんだ」
「アナタ達はお互いを信頼しているのね、とても素敵よ」
それは危険が伴うダンジョン探索において危機から即時脱退する際に小妖精とのMP交渉時間を短縮するためであった。今回もそれで危機的状況を把握する事が出来る事となり、こういった対策を重ねて生存率を高めていくものである。そして壁に映し出された映像はたった一枚であるにも関わらず、見るものに当事者の絶望を伝える充分な画像だった。
「なんだコイツは‥‥!?」
「これは
ウェスティーノ・ネオダンジョンにおいてレア階級に位置付けされるモンスターと遭遇していた。鱗に燃えるような熱を宿して赤熱した体表をしている。
決して新設されたパーティーで対処できる相手ではない中ボス的な存在。
初心者集団という事なら尚更厳しい。
「あらあら、このパーティはもうダメね」
「そんな‥‥お嬢様!」
アンナはダンジョン入り口へと駆け出していった。
今から潜っても間に合わないだろう、無駄に身を危険にさらすだけだ。
司は立ち上がって手荷物である剣を持ち上げて背負った。
「もう帰るのね?まだ貰った魔力が余ってるけど」
「残った魔力の釣りはあげるよ」
案内役の司はその立場上、こういった事態に助けに入る義務は全くない。むしろ探索者に干渉する事を領主からは固く禁じられていた。しかし司は転移陣の部屋の方向に歩き出した。
「‥‥まさかあなた、助けにいくの?」
「違うよ。これは‥‥個人的な魔石探索のための行動だ」
司はもともと入場者が引き払った後の残り時間をダンジョン探索に充てており、それを許可してもらっていた事がこの仕事を続けている理由であった。今回は探索者の全滅という見通しから、終業時間を前倒しする事にして自分の自由時間に突入し、ダンジョンに潜るという名目をとるつもりであった。
外からの見え方に向けてはそう説明すればよい、と司は考えた。
「個人的魔石探索の一環で死亡したと暫定していた遭難者に遭遇する事はあるかもしれない。その時は入場管理者である僕の判断ミスって事になるけど」
「賢くない生き方するのね。アナタは小妖精の間でも有望視されてる冒険者なんだから、せめて早死にはしないでね?」
司はニコリと笑って小妖精に帰還魔術を描いて巣のあるエリアへと帰した。そして転移部屋のドアを開けて中に入る。転移部屋は10平方メートルもない狭い洞窟空間で、地面に魔法陣が光輝いていた。アンナがすでに転移準備に入っている。もう数分したら陣の術式が自動詠唱されてダンジョンのスタート地点へワープするだろう。
司もその陣の上に立ち、魔石を10数粒を取り出した。
それぞれが内燃しているように石の中で輝きを放っている。
その魔石を地面へと落として足で砕いた。
『50魔石をWD-MP[ウェスティンダンジョンズマジックポイント]に変換。300MPをチャージ』
『[50MP] 脚部魔術機工装具にMP装填 人工魔装【
足元から溢れ出た魔力エネルギーは、赤色から紫色へと替わりながら次第に靴へと吸い込まれていく。そして詠唱珠を組み込み、魔法金属で作られた靴型の魔術機工装備に魔力が循環していった。
アンナは暗黒時代の頃から生きていたが、今まで見た事のない現象が目の前で起こっている事に驚く。
「装備が形作られている‥‥それは‥‥魔法金属か?」
ルーン紋章が記された小さな珠が施された靴は司が魔力を流し込む事でその形状を奇怪な姿へと変形させながら、膝上まで伸びて脚部装備として固定された。それら処理の終了を待たず、転移時間を短縮発動させる【優先転移呪文】を転移陣へと唱えた。
『[3MP] 優先時短転移:司・ヴァレンシア・クロード』
魔力が衰退した現在において、次々と魔法を繰り出している司。
それを見て驚愕しているアンナの顔を横目に、地面紋様の光はさらに輝きを増して、司の姿を眩しく包み込んでいった。
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―30分前のダンジョン中域地点にて―
エレナレスは後ずさりをする。
恐怖の表情はないが、目を見開いている。
スタート地点での群衆戦をなんとか突破してからは順調に歩みを進めて1時間経ったところ、その大型のワイバーンによって探索は止められていた。
巨大な体躯を持つ生物は見上げる程に大きく、眩しいほど赤熱している火属性のワイバーンであった。その存在がすでに高熱を纏っているため同じ空間に立っているだけで体が焼けてしまいそうな程である。
すでにエレナレス達を完全に敵としてターゲットにしており、その全身を大きく持ち上げて、全体重を前足に集約して地面を叩きつけた。
洞窟型のダンジョンの地面は大きくえぐられ大小様々なサイズの岩がこちらに向かって飛んでくる。その岩もすでに赤熱しており、被弾した場合は物理的なダメージを耐えたとしても、大火傷を負ってしまうような攻撃であった。
エルナレスは風魔法を展開し、飛び石に対して向かい風を作る。感覚を集中させてその飛び石の風の流れをひとつひとつを感じとり全て体移動でよけきった。‥‥しかし反撃に転じる事は出来ない。
ワイバーンの大きな口からは凶悪な牙が見え、その口には体内ガスから引火した炎が常に燃焼している。
盾士はダンジョンの序盤で負傷した。
彼が戦力に入っていればまだワイバーンの攻撃を耐えて攻撃の手段に移れたかもしれなかった。
しかし盾士はタンク役であったものの、ダンジョンに現れたアストロ体の霊媒モンスターによって意識を狩り取られてしまったのだ。物理攻撃主体のパーティでは最悪の相手。魂の回復には時間を必要とする。
魔法無しでは相手にならい敵が続く中で探索は続けられたが彼らは意地を出し始めていた。
そしてこのワイバーン。高熱を纏う魔物は物理攻撃に強い耐性を持つ存在であった。
「エルフが囮になった今がチャンスだ、畳み掛けるぞランサー」
「くっ!ダメだ、さっきから攻撃が効かない。それどころか、体表の熱で武器の耐久度が削られちまうんだ!」
「クソ!おいエルフ!どうにかできねえのか!」
アタッカー3人のそれぞれの武器では歯が立たない結果であった。
『アクアスレイブ!!』
エルナレスの放った水魔法。
それは火属性に対して優位関係にある属性である筈だったが、圧倒的な魔力量の差によってまさに焼石に水状態であった。
『ダメ‥‥この相手には分が悪すぎるわ‥‥』
ワイバーンは、戦っている相手が劣等の存在だと確信出来た事で、とどめを刺しに大技を放とうと大きく息を体の中に吸い込んだ。その挙動がエルナレスに予感を与える。
自分の命がここまでだ、と。
避けられる攻撃ではない。
『サキ‥‥アナタだけでも逃げて』
『エルナレス!残りの魔石全部をMPに変換して。ダンジョン帰還魔術のルーンを伝えるわ!』
『もう‥‥間に合わない‥‥私は‥‥』
するとアキは地上の小妖精からコンタクトが届いて来た事に気づいた。10数分ほど前に司からの
『司にこの場所を‥‥!』
魔石を魔力変換するには時間を要する。サキは残りわずかな魔力を通信にまわし、司にこの状況を伝える事を先行させた。
しかしこの会話の直後、ダンジョンズワイバーンは洞窟を覆い尽くす高熱の炎を吹き上げ、自分以外の生物の命を根こそぎ奪いにかかった。
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