08 絆の繋がりかた


 魔核石を取り出した台座から、出口へと繋がる転移陣が発生する。

 ダンジョンにおける迷宮仕掛けが、魔核石を取り去ったあとの最後の仕組みとして動きたした。


 旧ダンジョンでも最深部に到達すると出口へのショートカットが開かれていたが、この新生ダンジョンにおいても同様の作りであった。


 魔核石から抽出した能力の一部を司に渡したガンディは司に向けて最後の別れを告げた。


「ワシは次の魔核石を探しに出る。まだ生きていれば、次に会える事を楽しみにしておるぞ」


「そんな、もっと話を聞けると思っていたのに‥‥」

「この街へはカツミ君の成果物の杖を受け取りに来たのじゃ。この杖と共に旅をした事を次回ゆっくりと話してあげよう」


 司の受け取った剣と同様の作りをした杖を見つめ、ガンディは転移陣の上に立ちそのまま地上へと姿を消し去った。

 世界中で発生した新生迷宮を調査し、滅び行く妖精族を救おうとする賢者、そして過去の勇者たち。彼らはこの先も長い時間をかけて動いていくようであり、いつかまた巡り合いたいと司は思う。


 克美はひと仕事を終えた晴々した表情で転移陣に上がる。機導魔術を実演して息子に渡す事が出来た事で肩の荷が下りたような様子である。

「これで私の使命は果たせました。これで私も腫れて自由の身ね」

「‥‥母さん?」


「これからは転生者として自分の道を行くといいわ」

「どういう意味?」


 そう言って克美は転移陣の上に立つ。


「独り立ちの時よ。司‥‥今まで私の息子でいてくれてありがとう」


 あっけにとられた司をその場に残し、克美も地上へと戻っていった。


 高難易度の魔法を紡術する魔術機導具を受け取った司は、踏破された新生ダンジョンに取り残され呆然とする。

 生命源魔力の使用で壊れていた腕は、すでに剣を手で握れるくらいには感覚が回復していった。


 司は今日起きた事や得た事を思い返しながら転移陣の上に乗る。初めて入った迷宮で新しい事を沢山見つけ、戦い、知ることができた、と。


 そして大切な者と出会う事も出来た。


 そのひとつひとつを思い出しながら、そして肩に舞う小妖精の事を見つめながら、共に地上へと向かう転移魔法が発動された。



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 転移した先はどこかの森の中。空を見上げるとまだ日は高かい。


 久々の外の空気を味わいながらしばらく佇んでいると、大きな鳴き声が空を伝ってこだましてきた。そして巨大な影が司の前を通り過ぎていく。


「あれは?‥‥ドラゴン!?」


 空飛ぶ翼竜が森の上を飛んでいた。

 その背に老人の姿が見える。


 はるか遠くにいるが、うっすらとこちらを見て微笑んでいるようにも見えた。

 小妖精もその姿に驚く。


「聖竜を復活させたのね‥‥魔力の薄れたこの時代でまた見られるとは思わなかったわ。おそらく魔核石を得たあの老人の魔力によるものね」


「あの人は‥‥あれに乗ってどこへ行くのだろう」

「きっと‥‥どこへでも行けるわ。それこそ、世界を超えた先にだっていけるのかもしれない‥‥」


 小妖精はドラゴンとガンディの飛んでいる場所よりもさらに遠くを見つめてつぶやいていた。

 司は、幻想の極みともいえるドラゴンの存在を遠目に見つめながら、その姿が小さくなり木に隠れて見えなくなるまで眺めていた。


 司はそして、ゆっくりと家に向かって歩き始めていく。

 すると小妖精が司の手に乗って司を見上げてくる。


 通常、小妖精は迷宮探索後に巣へ帰してあげて、また必要な時に召喚してあげるものである。

 司は帰還魔法については聞いていたため、巣のある地域に帰してあげる事が出来た。けれどその前にもう少し話をしようと思っていた。


 魔界に加えて‥‥精霊界の境界までも閉ざされてしまった結果、妖精国の恩恵が一切受けられなくなったという小妖精。

 彼女の事をもっと知りたいと思っていた。


「今日はありがとう。冒険の初心者である僕は君にとても助けられたよ」

「初心者のアナタに助言してあげる。小妖精にはね、お礼を言ってはいけないものなのよ」


「なぜ?」

「対価が言葉だけだと思わせると去ってしまうコも多いから」


「じゃあ‥‥君も去ってしまうのかい?」

「小妖精はそういうもの、という忠告よ。特に下位種の者ほどその傾向が強いわ。あとは鉄を嫌うコも多い。だから装備の素材にも気を付けてあげてね」


「わかった。気をつけるよ。他には?」

「他に‥‥なにを知りたいの?」


「君の名前を‥‥。あと‥‥君は何が好きかとかも知りたいな」

「‥‥昔の使役者から貰った名前はもうないわ。上位小妖精ハイピキシーである私は‥‥本当は精霊界に戻らなければならない立場なの」


「うん、いつか‥‥必ず帰れるようにしてあげるよ」

「‥‥あなたが?」


「うん、約束だ! そしたら僕に妖精の国を案内してくれるかな?」


 小妖精は目をつぶって司の手元から飛び立って宙に向かって羽ばたいた。


 森に差し込む光を浴びながら、優雅に舞っていく。


「昔はよく‥‥仲間達と一緒に森を飛んでいたわ。次に来る雨の日に開いてしまいそうな花のつぼみを見つけると、私は魔法で補助をしてあげるの。晴れてるその日のうちに咲かせてあげるために」


「それが君の好きなこと?」

「花も喜んでくれて綺麗に咲き誇ってくれる。鳥や虫達も集まって、森に幸せの音色が満ちるの。それが私の好きなこと」


 こんな風に‥‥、と言って小妖精は飛び周って地面にある草花を咲かせ、木々の実からもパッと花を開かせた。

 それに合わせて小動物達もにぎやかにかけ回っていく。

 森に差し込む光が花や木々を美しく彩り、植物が本当に喜んでいるような色彩豊かな景色を生み出していった。


 それを見つめて司は決める。


「サキ‥‥。君の事を、サキと呼んでいいかな」


 それはひとつの儀式でもあった。


 小妖精は羽ばたきを止めて、司に向き直る。


「はい、私はサキ。よろしくね、ツカサ」


 軽く微笑んで司とサキは向き合いながらお互いを見つめた。

 決して形式的な儀式や術式などはないが、そこにはお互いを縛るものもないままでも、二人には強い使役関係が築かれていた。



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 この迷宮探索の日から先、司は賢者ガンディの姿を見かけることはなかった。


 しばらくして母、克美も司を家に残してあっさりと旅立っていった。

「自分の道を切り開く事があなたならもう出来るでしょう」‥‥と、まだ幼少の7歳児に向かっていい放った形であった。


 前世の記憶で司は精神年齢が実年齢よりも高いとはいえ、この世界では実質の子供の年齢であった。

 魔核石で修復した腕も、生活には困らない位には回復しているが細かい作業は出来ず、剣を振るえる程の握力まで戻る事はなかった。


 司は炭坑夫達を救ったものの、どこか悪者扱いされているのは変わらず、ガキ大将のダルはなんだか気まずそうに接してきていた。


 母もいなくなり、トトノア村で過ごしづらくなる空気に囲まれてくると、司とサキは村を出て城下街へと住まいを間借りすることにした。

 母の共同開発者である、魔術機工匠のダルケン族の元で、母の研究の引き継ぎをしようと決めた。



 それから8年後。司は15歳となり成人を迎える。

 世界からは魔法の存在がさらに薄まり、人間社会では産業革命がさらに進んでいった。


 そして、司がその力を全力でもって一番に向き合おうとする種族、英妖精エルフとの出会いがその年に始まった。


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