07 継承されし力

 蜘蛛の巣を横切ってしばらく進むと広く大きな空間がにたどりつき、天井も高いドーム状のエリアが広がっていた。


 そしてその奥には石造りの台座でひときわ強く光輝く鉱石が掲げられている。


「魔核石。大地を巡る魔力の滞りが生み出す魔力結晶じゃよ」


「魔力の‥‥滞り?」

「世界には大気魔力の他にも地脈魔力が存在する。魔界から流れ込む大気魔力とは違い、長年蓄積された地層にはまだまだ芳醇な魔力が眠っているんじゃ。ワシらはこれを目的にして行動しておる」


「なんのためにですか?」

「‥‥贖罪じゃよ。この異世界で魔王を討伐した‥‥な」


「人間を‥‥救ったんですよね?」

「一面だけを見ればそうなる。しかしその小妖精も行き場を失ってしまったじゃろう」

「‥‥。」


 肩の近くで飛び続けている小妖精は何も答えずに沈黙を続けていたが‥‥一言だけ口を開いた。

「ええ、精霊界も‥‥その扉を閉ざしました」


 寂しそうに顔を伏せる小さき存在を見て司は再び決心をする。

「ガンディのお爺さん。僕は、この小妖精の事を救いたいと決めているんです」

「そうか。ワシらと同じ気持ちじゃな。ならば勇者達がこれからする事を見届けてあげてやってくれ」


「勇者たち‥‥彼らは何かをするんですか?」

「あとで教えてやろう。まずは‥‥迷宮主ダンジョンマスターの討伐だ!」


 突然、強大な気配が上空から現れた。

 空間の中心に飛び込んで来た巨大蜘蛛魔物ダイナアラクドス。 それは先ほど討伐した魔物が子供のように思えるほど巨大な個体であった。 事実、目の前に現れたのは親蜘蛛であり迷宮じゅうに自分の子を配備させていた迷宮生態系の王者である。


 追従するようにして中型の子蜘蛛が10数体現れたが、老人は敵の侵攻に驚く様子もなく瞬時に紋唱魔法を発動させていた。


『風の弦月刃』


 先程の巣で頭部を斬り砕いた風の刃が今度は幾重にも放たれていく。子蜘蛛は命の火をまるでろうそくに息で吹き消すように散らしていった。

 またしても賢者ガンディは最小のMPで最大の効果を得る結果を出した形である。


 ガンディは他属性も自由に使える魔法使いであるが、風属性ひとつであっても絶対的な洗練をもってすればあらゆる状況を打破出来る事を伝えようとしていた。

 司は動かない腕を無造作にぶら下げながらもその本質に注視していく。


 しかし親蜘蛛だけはその刃に抗い、前の足で弾き返されていた。

 足にかすり傷はついたが、八本ある強靭な足がまるで盾のように身体を固く守っている。


「さすがに迷宮主は一筋縄ではいかないようじゃのう」


 司は次の老人の次の一手に注目しようとする。

 特化し、効率化された今の技を止められたあとに、はたして熟練の術者はどのように手を変えるのか。

 さらなる上位魔法?それとも属性換え?


 司のその予想のどちらでもなかった。それはパーティ戦略‥‥強大な一個体対するにさらに効率的な攻撃担当者の交代であった。


「蜘蛛の子は散らしておいた。あとは頼むぞ‥‥勇者カツミ」


 もうひとつの強大な気配が後方から歩いてくる。

 さっきから感じていたもうひとつの大きな魔力保持者。

 老人とは比べ物にならない強者としての存在感に、仰々しかった親蜘蛛でさえも後ずさりをする程に‥‥。


 その女性は腰の鞘から剣を抜き、頭上へと構えて大きなひと振りを放つ。

 ただそれだけの素振りで剣からは衝撃波が生まれた。

 巨体であった親蜘蛛は身体をさらに後ろへと後ずさる。


 それは魔法でもスキルでもない、ただの剣圧。

 司にとっては見慣れた剣筋であったが、見た事のない覇気がそこにはあった。


「司‥‥無事で良かったわ。ガンディさん、先行ありがとうございます」


「か‥‥母さん!?」


 魔王討伐に貢献した召喚勇者の一人、黒戸克美くろど かつみ

 司の前では厳しくも優しい母であるが、これほど力を込めた姿を見せるのは珍しい。


「急いで来たから足腰がガタついておるわい」

「フフ、おかげで武具の完成が間に合いました。‥‥司、もうこんな所まで来てしまったのね」


「母さん、‥‥何でここに?」

「母親だもの。あなたの魔力座標が地下深くへ移動したのを感知して新生ダンジョンに向かった事を確信したのよ。ガンディさんを先に向かわせたのも私の計らい」


 司は叱られてしまうのかと思い、今日この行動の理由を説明した。


「僕は‥‥ダル君のお父さんを助けに来たんだ」

「ええ、地上に出てきた彼らと会ったわ。私の息子が悪魔だと騒いでたから引っ叩いておいてあげたから」


「ひっぱた‥‥ええ!?」

「村人と‥‥それから、小妖精も救ったのね。偉いわ」


 肩に乗る小妖精を見て、克美は司の事を叱るでもなくその行動の全てを誇らしげに褒めた。


「もし今日自分の力の限界を感じたのなら、それはきっとあなたの糧になるでしょう。そしてこれが‥‥私があなたに与えられる最後の力‥‥」


 克美は切っ先を蜘蛛に向けながら持ち手を自分の顔の横に携えて構える。

 その剣は鋼ではなくまるで黒曜石のように黒く輝く金属で出来ており、見た事もない様式の装飾が施されていた。


 そして賢者ガンディから貰い受けたものと似た紋唱珠が3つ、柄の部分に深く埋め込まれておりその間を電子基盤のようなパターン模様で回路化した配置がなされていた。刀身にも魔術紋唱が刻まれており、その武器がとてつもなく複雑な要素で構成されている特殊なものである事が司にも感じとれた。


魔紡演算装置マギオペレーションユニット起動‥‥属性相乗魔紡演算‥‥」


 克美の魔力を受けて剣の模様は様々に光の波動を放ち、高周波な振動を生み出していった。その振動は司が知っている詠唱振動と同じであったため、小妖精と顔を合わせて確認する。


「ねえ‥‥あれって‥‥代理詠唱かな?」

「い‥‥いいえ、私の詠唱とは比べ物にならない多層的な複合魔術よ。こんなの見た事がない、まるで大魔術‥‥」


 知識に富んだ小妖精でさえも把握していない術式であり、これこそが司の母が長年研究所に出入りして発明していたものだったのだと推測した。


 火と風と水、3つの紋唱珠が共鳴し、集積回路にて代理紋唱を繰り返して魔術紡織まじゅつぼうしょくを多層状態で増大させる。

 そこに生まれたのは雷属性。克美の膨大な魔力を取り込み、さらに激しい帯電状態へと発展した。


「その命は雷鳴と共に瞬く 【ナルカミの雷飛槍グングニル】」


 魔術名を声に発すると同時に、克美は剣を突き出した。


 その切っ先からは稲妻が高圧に発せられ、

 バンッッッ!!‥‥という大きな破裂音と共に、

 見た者にイナズマ模様の光線を目に焼きつけた。


 その音と光は頭の奥深くまで響き伝わり、司は目をくらませながらよろけてしまう。必死に踏ん張って目を見開いてみるとそこにいた親蜘蛛は、その強大な立ち振る舞いを一切残すことなく本当にあっけなく真っ黒に焼け焦げて黒煙を上げて固まっていた。


 その姿から疑うまでもなく、その魔物の命を一瞬で焼き焦がしてしまった。


「ウソ‥‥な‥‥なんなの、それは!?」


 巨大な蜘蛛魔物アラクドスは関節を萎縮させた状態で硬直させている。

 まるで司の前世のビジョンに残る、電線や落雷で感電死する動物の姿に酷似した情景であった。


 自然界の中で最も強力なエネルギーのひとつ、【稲妻】。

 その力を生み出したその剣を、克美はビュっと素振りし流れるような動作で鞘に収めた。


「これはね、地球の知識とダルケン族の叡智‥‥そして勇者の贖罪の思いによって生まれた新たな法具‥‥」


 そう言いながら克美は腰のベルトから鞘ごと剣を外して司へと向けた。


「魔術機導武具‥‥あなたの新しい力よ」


 そう言って渡そうとする母の髪は老人と同じ白い髪が混じっている事に司は気づいた。

 もともと白みがかっていたが、今この場で変わったその風貌に驚く。

「母さん‥‥髪が白くなってる‥‥大丈夫なの?」


「地球人の身はこの世界の魔力への耐性が実は低いの。勇者としての圧倒的な魔法力と引き換えにその身体の細胞は老朽化していくわ」


「そんな‥!」

「だから私達はこれを開発したの。最後の仕上げに大魔力を要したからこうなってしまったのだけど。‥‥これは魔術を外部機構で多層に紡ぐ、いわば機械式の魔術よ。あなたの身はこれで大魔力に侵される事なく守られるでしょう」


 克美はその武器が自分の子の何よりのお守りになるようにと心からの願いをこめた。


 司はその武具を動かない腕を持ち上げず、脇で支えながら受け取った。そして克美は大切な事実を口にする。


「数十人もの地球人が勇者として召喚され、その極大魔法の代償に命を削っていったわ。あなたの父親もその一人よ」


「僕の父親も‥‥地球人だったんだよね」

「純粋な魔法に頼らなかった私は生存を続けられたわ。だからあなたにも魔術機工学を学んで欲しかったのだけど‥‥。フフ、まさかこんなに成長が早いなんて思わなかったわ」


 司の頭に手を置いて撫でた。

 それは司の事を転生した人間としてではなく、新たな生命を持った子供として接していた事による誤算であった。


 司はそれが嬉しかった。前世で不慮に生涯を終えた身であったが、片親であるが今世でも愛に満ちた家族を持てた事が幸せであったのだ。


 少し照れくさくなった司は、老人の方を見た。

 彼のみすぼらしい姿ももしかしたら大魔力による影響かのだろうかと思い、その方向を見つめた。


 当のガンディは魔核石を台座から取り出していた所であった。


「ガンディ爺さんは、一体何をしようとしているの?‥‥え?」


 ガンディはすぐさまその拳程に大きな魔核石を割った。

 よく見ると片方の手には魔術機導具の特徴のある杖を持っており、それに魔核石の欠片を溶け込ませようとしていた。


 するとガンディの手元に黒い痣が次第に広がっていくように変化していく。

 魔核石に込められた黒き魔力がガンディの体から湯気のように溢れていった。苦悩の表情を抑えながらガンディは言葉を口にする。


「暗黒時代が終わってから、ワシは世界中で発生したダンジョンについて調査をしていたのじゃ。そしてここのような新生ダンジョンが滅び行く妖精族を救う手立てになると結論づけた」


「‥‥その魔核石が‥‥救済の鍵なんですか?」

「これを利用する事は勇者達とワシの選んだ手段じゃ。お主は自身で生き方を選ぶばよい。だからワシがしてあげられる事はこれだけになる」


 魔核石を取り込み終えた老人は司の前に歩み寄り、いま割って残していた片方の魔核石のカケラを握り、手の上で黒い気体を発生させた。


「司、お主にネオダンジョンの恵みを与えよう」


 その気体は老人の身体を通して司の体内へと取り込まれていく。

 隣にいた小妖精が驚いた声を出す。


「司、あなたの魔石変換効率のレベルが倍になっているわ。いえ‥‥3倍に‥‥?」

「魔核石を利用して新生ダンジョンの適応値を上げた。よいか、魔核石は人ではなく環境に魔力を付与するもの。決してワシみたいな取り込み方をしてはいけないぞ?」


 さらに司は、失くしていた腕の感覚が蘇ってくる事を感じた。


「生命から魔力を生み出す事は不可逆な代償を伴うものじゃ。しかし魔核石保有者は魔力の深淵から魔界法則へと至り、事象を逆流させる事が出来る。失われし魔素の復元もな」


 その能力こそが、とてつもなく大きな代償を伴うものだと、司は感じ取った。

 今、目の前で起きた事は魔核石のデメリット部分をフィルターして、効能だけを司に渡した行為である。


「ガンディさんは‥‥どうなってしまうんですか?」

「地脈の流れに身を委ね、人の禁忌の領域に至る。ワシ以外で同じ事を行おうとする者がいたならば必ず止めてくれ。そのための力としてこれは使うんじゃ。いいな?」


「‥‥わかりました。それが‥‥妖精を救うためになるんですよね?」

「そうじゃ。この異世界に‥‥幻想を取り戻す」


 老人はの目はいつもまぶたを薄めているのだが、この時だけは決心している眼差しを司と小妖精に見せた。


 その目には魔核石を取り込んだ苦悩はなく、ただ深い悲しみと、そして目の前の小さな勇者への期待の気持ちが含まれていた。

 


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