06 蜘蛛魔物
『魔法は希少になるほどその需要の本質を表す』
昔訪ねてきた母の仲間の一人から聞いたこの言葉が司の頭をよぎっていた。
魔力が世界から失われたとしても、魔術自体がこの世からなくなるわけではない。
近代で復活させられる魔術がもしあれば、それは平和な時代を迎えた人間社会に使うべきか、衰退し滅び行く妖精族に使うべきなのか。そんな問いかけをするような言葉であった。
前世での司は、地球において一度だけ妖精のようなものを見たことがあった。
それは今と同じ七歳の頃だったが周りの人間は誰も信じてくれず非科学的だと一蹴した。とても儚くておぼろげな存在だっがゆえに誰からも認識されないような存在。認識できなければ根拠とならないのが科学である。魔法や妖精の存在を信じていた少年はそれを実証しようとその後の進路を決めていた。
けれどこの異世界では科学が発展せずとも幻想が現実のものとして受け入れられている。それはとても発展的なものに思えていて、この世界に魅了された一番の理由でもあった。
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魔物のいた巣に戻り、司と小妖精はターゲットを改めて目にする。
「あの
こちらを警戒し出した蜘蛛の奥の場所には白い糸でくるまれた3体の人間が横たわっている。さらに奥には暗がりでよく見えないが道が続いている事がわかった。
「それはこの迷宮のお宝ってこと?」
「魔力を発して地形に流している源。この時代に新たに生まれたダンジョンと魔物は全てその魔核石を源流としているの」
「蜘蛛を倒す事で人間も救える。お宝もゲット。やるべき事はまとまってるな」
「あの炭坑夫達を救うのでしょうけど、あなたは嫌悪されていたのにいいの?」
「どう思われていようが関係ないさ。あの人達は村の人だから助ける」
「では討伐に向けて詠唱代行を請負います。【中級火属性魔法の代行魔力を】」
「【10MPをピキシーへ】」
二人はあらかじめ打ち合わせした戦術を展開し始める。
生物全般は魔物であっても基本的に火に弱い者が多く、蜘蛛の糸はさらに火への耐久度が低い。
火の紋唱珠がなく火魔法の習得もしていない司に変わり、ピキシーが詠唱代行をして魔法を顕現させようとしていた。複雑で難解な魔術言語をピキシーが発声し、魔界法則が司の身体に紡ぎあげられて腕先に熱を帯びさせていく。
「すごい!本当に魔法使いになったみたいだ!」
「魔力を身体に宿して溜めていけている時点であなたはすでに立派な魔法使いよ。さあ、望む炎は紡がれたわ」
「わかった。やってみるよ!」
司は手を真っ直ぐに伸ばし、指示された通りの魔法名を唱える。
【焼塵の炎:エルドレットファイア】
高熱を帯びた赤と橙色の無数の粒子が司の上半身を覆う程の大きさで渦を描き出す。それは次第にスピードを上げながらついには進行方向に向かって勢いよく放たれいった。
かわされた炎は獲物を追うように上方へ向けられるが、それに合わせて左右へ上下へと素早く逃げられていく。
「まずい‥‥捉えられない!」
「あなたの残り魔力がもうないわ。あと数秒で底をつくわよ」
狼魔物三体から得た魔石はそれなりの魔力を内包していた。
しかし詠唱代行分もかさんでしまいこれ以上撃てる魔法はない状態となった。 司は手段を変更することにした。
「討伐は諦めて、せめて‥‥彼らを優先して助けよう!」
司は炎の向きを魔物から道の奥側へと向ける。
そこには糸で巻かれて横たわっている村人達が。なるべく中身を焦がさない火加減で魔力をコントロールして 表面だけを焼き払う。
「おあ!動けるぞ!」
「おい!糸が溶けてる!逃げれるぞ!」
炭坑夫達は自由になったことを確認し、数日間も締め付けられていた体に力を込めて立ち上がった。彼らをこちら側に逃がして転移陣へと向かわせるために最後の魔力を使って蜘蛛魔物に魔法をぶつけて動きを止める。
「風の魔法を使う!炎を集約し蜘蛛に集中砲火する!」
炎の火力を上げても、素早い蜘蛛に当てる事は叶わず気温を高めるだけで終わると判断した司は、風の補助によって炎の流れを蜘蛛の一点に集中させようとした。
「‥‥複数属性!?そんなムチャな事‥‥」
ピキシーは、魔法初心者の少年の行いに戸惑った。
属性の違うふたつの魔法の同時発動は難易度が飛躍的に高まる。それは右手で油絵を描きながら左手で鍵盤を弾くような行為である。
しかし司の左手に持つ玉を見て納得した。
「それは紋唱珠‥‥ルーン魔法の自動発動アイテム‥‥?」
詠唱も描紋も必要としない、魔力を流し込むだけでも属性魔法を放つ事が出来る魔法アイテム。しかも炎魔法の方は上位小妖精による代理詠唱で実現させてある状態であるため同時発動が可能となっていた。
混合魔法は威力を数段高める効果があり、風を受けた炎はその火力を増化させ、頒布していた炎が竜巻によって集約し、蜘蛛へと集められた。
「ギシャアアアアアアアアアア!!」
周囲の帯熱により上昇気流が生み出され巨体の蜘蛛はその身を熱波の中へと浮かせていく。黒く焼かれながらも宙へと押し上げられていく姿は、まるで悪魔の所業に見える程‥‥
それは逃げ去ろうとする炭坑夫達の目にも恐怖として焼き付けられた。
「あ‥‥悪魔だ‥‥」
「アイツ‥‥やっぱり黒妖精なんだ‥‥!!」
魔法に慣れていない村人から見れば悪夢のような光景であり、平和慣れした時代ではとても現実の事とは思えない事態として繰り広げられていた。
「くそ‥‥この迷宮も俺達の村に厄災を起こした影響だったんだ!」
「いくぞ!あんなやつ、村に置いてたら家族が危険にさらされる。はやく皆に伝えてこの炭坑を埋めよう!」
燃える蜘蛛を通り抜けて、司の事も避けながら帰路の方向へと向かっていった。姿が見えなくなったタイミングで司の魔力は尽きた。
「ふう、これでもう大丈夫だな」
「いいがかりをつけられていたけど大丈夫なの?」
「生きていた人を助けれたのだからこれでいいさ。それよりも蜘蛛をまだ討伐しきれていない」
「あれだけの巨体であれば生命力も高いのよ」
蜘蛛は全身に火傷を負ったが致命傷に至っているワケではなく今にも立ち上がって向かってくるような姿勢をとろうとした。司も逃げの姿勢をとり始める。
「魔力がもっとあればな。少なくとも探検はここまでか‥‥」
探索どころか、ここから逃げ出す事も実現できるかわからない状況であった。餌である人間を逃がしてしまったため、蜘蛛魔物は替わりのストックを得るために目の前の司達にターゲッティングをしていた。
しかし次の瞬間、蜘蛛魔物は予想しない行動に出た。
「あぶない!!」
「‥‥っ!!」
蜘蛛から鋭く糸が放たれ、宙に浮く小妖精の体を真っ白に覆い、そのまま口元まで巻き取られてしまった。
「しまった‥‥!」
蜘蛛の口元の突起を器用に動かしてさらに糸を巻きつけ、自力で脱出が出来ないまでの状態に陥った。
小妖精の口まで糸が巻かれ、かろうじて見えた小妖精の目‥‥そこに懇願の念はなく、司を慈しむ表情を向けていた。
私の事はもういいから、そういう思いが伝わってくる目をしていた。
もともと魔石の魔力をすでに使い切った状態の司に勝機はなかった。精霊を始祖とする妖精族は蜘蛛魔物にとって一番の餌である。二人で逃げる事は出来なかったとしても、その小妖精が捕らえられた事で司は逃げ出す機会を得た。
見捨てれば無傷で地上に戻れる。
だが司は‥‥一瞬の迷いすらもなく、すぐさま小妖精を救い出そうと剣を拾い上げて握り締めていた。
魔石から得た魔力は 尽きていたがそれでも剣に魔力を込めようとする。
それは勇者の剣技を再現しようとしたもの。過去に一度見た、母の発動した技の模倣である。
「‥‥雷鳴‥‥剣!!」
剣神級に熟練させた勇者が極める技。
そしてあらゆる魔物を一瞬で葬る事の出来る勇者、母である克美の秘奥技であった。
「ぐぐ‥‥ぐああ!!」
修練をしていたとしても、到底熟練の域には達していない司。
さらには発動の魔力も全く足りていない状況であるにも関わらず、司が知る技の中で蜘蛛魔物を討伐できる唯一の技がこれだけであった。
『ツカサ!だめ!』
口元を覆われた小妖精は、信号で司の頭へと言葉を訴えてきた。
『私は小妖精。どちらにしろ滅び行く存在‥‥生きるべきはアナタよ』
「ダメだ‥‥。君たち妖精は、この世界で‥‥確実に存在 しているじゃないか。滅びていい存在なんかじゃない!それに約束しただろ。僕は‥‥」
司の目には今までのような幼少のあどけなさはなかった。
「俺は、キミを救いたいんだ!」
前世から紡がれた精神が宿り、強き決意が込められていた。 身体の奥底から力を振り絞り剣へと伝えていく。
『いけない!生命力の魔力化は‥‥あなたの命を消し去ってしまうわ!』
司がとる手段は、不足した魔力を自身の生体エネルギーで補う術。魔物が魔石化する様子を見て、そのメカニズムを自身に適応した行為であった。すでに腕は真っ黒に染まっていた。
「ひとつとして消させはしないぞ‥‥異世界の妖精を‥‥!!」
バリバリと剣が帯電を始め、司は全力で前へと駆け出した。全身から力が抜けそうになるくらいにエネルギーが放出されている感覚があり、動けなくなる前に勝負をつけようとする。
蜘蛛魔物は長い足を前方に伸ばし、司を迎撃しようとした。それをなぎ払おうと剣を振るうと、蜘蛛の足はなんの抵抗もなく切断され宙に舞った。
構わず踏み込み距離を詰めていく。
大きく振りかぶって、頭上から叩きつけようと飛び込んでいった。
しかし頭部への狙いは避けられ、片側の足を切断するに留まった。蜘蛛魔物は足が切断された事から瞬時に回避の行動に入っていた。
しかし切断した足の衝撃で小妖精を掴んでいた口は開き、白く巻きつけられた小妖精をその場に残して距離を置く形となった。
小妖精を解放させた司は、剣を振り下ろしたまま動きを止めていた。
「良かった。さあ‥‥逃げよう」
カランと剣を地面へと落として小妖精を持ち上げようとした。しかし、糸をほどこうとしても指が動こうとしなかった。それどころか小妖精を持ち上げるための手全体が全く動こうとはしなかった。
「く‥‥!!動け‥‥!!」
握力が全く感じられない手で、それでもすくいあげようとして震えながら添えようとする。ついには足にも力が入らなくなり、両膝が地面について倒れそうになってしまう。
なんとか踏ん張ろうとするが、このまま逃げ切る算段がつけられない状況に陥った。
『お願い‥‥逃げて‥‥もう、私の前であなた達の命を失わないで‥‥!!』
「はは、ごめん‥‥僕の‥‥力じゃ‥‥君を救えないのかな」
「それは違うな」
突然後方から声がした。
「ワシが辿りつくまで耐える事が出来た。それはお主の功績じゃよ」
「あなたは‥‥どうしてここに!?」
そこには見知った人が立っていた。母の友人であり召喚勇者達と冒険をした賢者。そして司に紋唱珠を与えた白い髪を持つ老人であった。
「ワシの事はガンディーと呼ぶがよい。敬称はいらんぞ」
老人は指に魔力を集中させて宙にルーン文字を描いた。それは司の紋唱珠に刻まれた紋と同じ形を作り出していく。
シンプルな字形に見えているがその一線の中にも複雑な印が集合し、それらを狂わす事なく
そしてその紋唱が完成すると風魔法が生まれていく。
司の乱暴な風とは違い、とてつもなく鋭く圧縮された風であった。
「よいか?どんな熟練者であっても魔力量に上限はある。わずかな魔力で効果を高める事が高位魔法使いの資質じゃよ」
放たれた風は目視できる程の半月状の円弧を形づくり高速で直進する。空気を切り裂くような音を洞窟に響かせながら、蜘蛛の頭部を抵抗なく割った。
司が全身の魔力を長時間かけて発し続けても倒せなかった相手、老人はわずかな魔力を一瞬発動するだけで討伐に至らせたのであった。
「紋唱魔法はな、同じ魔力でもいろんな魔術効力を作り出せるんじゃ。押さえる穴の数で音色がかわる吹奏楽器のようにの」
目の前で実演された高度な魔法の紡織に司は見入ってしまった。同じ紋唱、司が同じ魔力を持ってしても再現が出来ない芸当である。
それがどれほどの訓練と反復によって辿りついたものなのか想像が出来ない。
司はなんとか立ち上がりながら、ガンディの元へと歩み寄る。
「僕にも‥‥出来るようになりますか?」
「残念ながら難しいじゃろうな」
即答されて司はガックリと肩を落とした。才能?資質?努力だけでは辿りつけない領域なのだろうか、と。床に横たわる小妖精から糸をほどきながら説明を続けた。
「気の遠くなる程の反復練習が必要なんじゃ。世界から魔力大気が減少した今、熟練に至るための機会は多くは得られないからのう」
「そうですか」
「何よりもお主の腕は壊死してしまった。もう描紋魔術を描く事もままならないじゃろう」
ガンディは司の腕を触診し、その症状を見た。
それは施しようのない状態に至ったものであり、取り返しのつかない状況となっていた。
「しかしお主は村の人たちを救った。それは誇るべき事じゃよ」
「‥‥きっと黒髪に救われても‥‥嬉しくないでしょうけどね」
腕の事よりも、そもそもの魔法修練の限界の事実を知り、司は少し卑屈になっていた。
「それでもワシらはお主の事を誇るよ。その小妖精も君が救ったんじゃろう。立派な勇者の継承者じゃ」
「勇者の‥‥継承者?」
「幻想の守護者 。次世代の勇者じゃ」
糸をほどいてもらった小妖精もツカサの元へと寄ってきた。
「私なんかのために‥‥あなたの腕は‥‥」
自責の念にかられる小妖精は悲しみの表情で腕へと触れる。しかし司にはその触覚を感じ取れる事はなかった。
「残念がる事はない。そのためにワシはこの街に来たのじゃ。さあ、奥へと進むぞ」
老人はそう言ってダンジョンの深部へと司を導いた。
勇者の名を引き合いに出された事に司はこそばゆい気持ちでいた。しかし、尊敬している母や勇者達と同じ道を辿るという思いをめぐらせると、なんだか嬉しくなっていた。
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