05 小妖精との出会い
迷宮とはいえ、分かれ道はなく、ひたすら奥へと突き進んでいく事が出来た。
見た目の変わりはなく同じ景色が続いていたが、耳に届いてくる物音だけは変化を起こしている。
それは奥に潜んでいる狼モンスターの唸り声であった。
歩を進めるごとに声元に近づき、それが1体ではない事が分かってくる。
昔、母と探索した経験の中で教わった、獣の足音から体数を数える方法や四足獣が起こし得る急襲の想定を行い、魔物たちが3体で何かの餌を食べている状況である事までを捉えた。
こちらの臭いには気付いていない。
それは気付かせないための処置をしているからである。
風魔法によって空気を背後へと強制的に流していく魔法テクニック。
足元にも空気の層を敷き、足元を抑えるようにしている。
嗅覚と聴覚の鋭いタイプは、そのふたつのポイントを抑えれば間近に寄っても気付かれにくい事を習っていた。
白髪の老人からもらった紋唱珠は風属性。
それは迷宮探索において最も有効な魔法属性である。
さらに狼に攻め込もうと、司は竜巻のような風のイメージを頭に思い描いた。
老人が指で描いて見せたあの竜巻魔法の紋唱に似せて、指に魔力を溜めて宙に描き出す。発動に十分な魔力量と紋唱珠のサポートがあれば、多少の字の違いは許容されるものであると感覚で理解出来ていた。
案の定、不格好な竜巻が巻き起こったが狼達の足元をすくい上げるのには十分な風力であった。動きを奪った事で一気に距離を詰め寄ろうとする。
風で殺傷できる手立てはないため、狼達の足元に駆け寄る必要があった。そこには予測していた通り、探索者達の死体を見つける事が出来た。
狼達がこの場に留まっていたのは彼らを捕食していたからである。
そして司の目的である装備を見つける事が出来た。
彼らの腰に備えられたていたのは鞘に収まっている剣である。それをスラッと抜き取って、両手で真っ直ぐに突き出し、重心を狂わせている狼へと突き刺した。
狙ったのは左前足の付け根後方。
そこは心臓に至る急所であり、瞬殺するに最も適した狙い所であった。だがアバラ骨で弾き返されてしまった。
「くっ、母さんのようにうまくは刺せないか。とは言え火薬銃のように骨を砕く力は僕にはないからな」
司は狙いを喉元に変えて斬り付けた。
頚動脈を断つ事で出血死させる事を狙う。その傷口から激しい血飛沫が吹き出した。
ダンジョンのモンスターは魔石という核を持っているが、生体としては地上の動物と変わらない。
瞬殺は出来なくとも出血死で時間をかけて死に至らせばよい。
「竜巻を止めないように‥‥でもさすがに魔力がもう尽きそうだ!」
司は残りの2体を急いで対処しようとする。
同じように喉元をザクっと切り裂くと二つ目の血しぶきを作り上げた。
勢いよく撒き散らさせた血が竜巻に乗って、周回している竜巻に色をつけていく。それを一身に浴びる司であるが、それに戸惑う事なく最後の1体に目標を絞る。
赤く染まった嵐の中で舞う少年。
その光景に怯える狼は、必死で地面を捉えようと足を伸ばしてバタツつかせた。
それは司の魔力が尽きた事による竜巻の弱まった瞬間であった。
司は最後の1体に向かって躊躇なく剣を突き刺していった。
剣を立てる角度を合わせる事に気を遣い、今度はアバラ骨の間を通して心臓にまで刃先を通す事が出来た。
ザクっと胸中を突き刺されたその個体はすぐさま心臓から血を噴出させ、しおらしい鳴き声を発しながらそして鼓動を止めて命を落とした。他の二体も出血を続けていたが、すでに意識を朦朧とさせており暗闇の深くへと意識を落としていた。
「よし、三体分。ふう、これでまた魔法が使えるぞ」
血に染まりながらも笑みを浮かべてモンスターの気体化が始まるのを見つめる。
司の中でダンジョン生物への殺戮に逡巡はなかった。
母と同行していた時の経験から来る慣れはあったが、それ以上に魔法への憧れが勝っていたからだ。冒険者のように迷宮を探索し、魔物を狩って自らの力や富とする。この一連の活動に高揚感を生んでいたため、魔物への討伐に迷いはなかった。
ふと、司は魔石が取り出せるようになるまでの間、辺りを観察した。
剣を拝借した死体は人間の兵士である。恐らくオルカが徴兵した者だろう。立派な鎧に包まれているが喉元を狙われた痕があった。だが人間は彼一人であり他は皆、亜人に当たる獣人族であった。
犬の耳を持った人間や鱗に覆われた人間、哺乳動物や爬虫類を起源とする人間達の死体が四体ほど食い散らかされていた。
「獣人側には防具らしいものがない。装備が足りない状態で挑まされたのかな」
高い装備を与えられずに戦闘に挑まされるのは獣人を軽率に扱う風潮から来ていた。
魔王時代においても捨て駒にされる事はあったが、近代になるにつれて知的労働に価値が高まり、その時代において知能の低い獣人の扱いはさらに乱雑なものになっていった。
男女の大人に混じって子供の獣人もいる。
もしかしたら家族だったのだろうか。そう考え出した途端、胸の中から真っ黒な嫌な気持ちが込み上げてきた。
司は頭をブンブンと降り、黒い思考を追い出そうとする。
「炭坑夫はここにはいない。もっと奥まで探してみよう」
局部の気体化を終えたモンスターから剥き出されている魔石を取り出した。
それを足で砕いて魔力を補充する。
先程と同じ個体であるが迷宮内だけで使う魔力、という風な感覚で変換すると先程よりも多くの魔力になってきた気がした。
すると頭のなかにキィーンと鳴る耳鳴りが響いている事に気付いた。
魔力を補充した事で受容体が出来、聞こえてきた音。司はこれがただの耳鳴りではないと知っていた。
「これは‥‥妖精の信号!」
司は直ぐさま走り出して居所を探そうとした。
だがどこにも見つける事が出来ず、近くに居ない事を察して司も魔力を使った信号を発してみた。
『君の声が聞こえるよ、どこにいるんだい?』
『私は
弱々しいか細い妖精の声が、司の言葉に返信してくれた。
可愛らしい声であったが、その言葉の直後に人間達による声にならない悲痛な叫び声と懇願する篭り声を頭に流し込んできた。
「これ‥‥魔物に襲われている声か?」
そしてそれは指向性を持つ信号であり、人間達のいる方向を指し示すものでもあった。
そこにダルの父親がいるまだ生きているかもしれない、そう考えて司はすぐさま走り出す。
『今そっちに向かう!状況を詳しく教えて』
‥‥。
最初の一言の後は、小妖精側からの返信が返ってくる事がなかった。
だが立ち止まる事なく信号の発信源を辿って疾走を続ける事にした。
生きている人間を見つける事が出来る、そして何より‥‥
「こんな所で
遠隔で会話をする能力を持つピキシーはこの異世界でも代表的な妖精族である。
旧来からダンジョンの探索時にガイド役や通信手段として重宝されていたサポート的存在だが、魔力を対価にしている事から最近では需要が見込めず殆ど見なくなっていた。
これも母との探索時に見かけたものであったが、召還して現れたピキシーは手のひらに乗るサイズで羽を持って宙を舞っている。まさに司が前世からイメージしていた妖精そのものであった。
過酷なダンジョンというロケーションにおいてその愛らしい姿は、能力に加えて迷宮探索に必須なマスコット的存在として価値が高かった。
再び目に出来る喜びで突き進んでいくと、魔物の気配が察知できた。
速度を落として壁に張り付き、忍び足で曲がり角を覗き込んでみる。
ピキシーの姿に思いを馳せていた所から一転して、そこにはおぞましい景色が広がっていた。人よりも大きな巨体が八本の足を大きく広げている。
そこにいたのは
顔の前についている二本の捕食器官、触肢をグルグルと器用にこねくり回し、まるで口の中に吸い込まれてしまいそうな動作であった。さらに奥には白い糸でグルグル巻きにされた人間がいた。
モゾモゾと動いていて、どうやら生きている様だったが恐怖に駆られた表情だったり、正気を失っている者もいた。
餌を溜め込む習性のあるこの魔物は一度に餌を腹に取り込まず、糸で動きを止めて生きている状態で貯蔵する。そして人間側からすると、日が経つにつれて目の前で仲間が無惨に食されていく様子を見ながら、次に自分の順番が来る事に恐怖する事になる。
司は、もし炭坑夫達が毒で麻痺させている状態であれば救出は難しいだろうと考え、思い切って声をかけた。
「あのー!助けに来ましたー!まだ正気の人はいますかー?」
唐突に存在をあらわにした新しい人間の気配に反応し
すると捕まっている人間から声が聞こえてくる。
「お‥‥おい!ここにいるぞ!!」
「は‥‥早く助けてくれ!!もう二人も喰われちまったんだ!!」
どうやら蜘蛛は腹が膨れており、巣から出てくる事がないようだった。
正気の人間がいるのならば糸を裂いてあげるだけで自力で逃げてもらえるだろうと策を練る。
「(まともにやりあって敵う相手じゃなさそうだし。問題はこの狭い通路に居座る魔物をどうやってどけるかだな)」
司から見れば見上げる程に巨大な魔物である。
長い足はリーチも長く、近づこうとすれば鋭利な足先で体を貫かれて終わってしまう。風魔法だけで何か出来る案が浮かばなかったのでひとまず人間に声をかけた。
「ちなみにダル君のお父さんは居ますか?」
「お‥‥俺だ!何だ?誰なんだ?」
「おお、良かった。僕は司です。ダル君から聞いてここに来ました」
「な‥‥黒髪のガキか!?おい、何でお前がこんな所にいるんだ?おい!ダルに何をした!」
「黒髪って?あの黒妖精もどきのヤツか?まさか‥‥この状況はお前が引き込んできたのか!?やめろ!殺さないでくれ!!」
「え?いえ違います。僕は助けに――」
「なんてヤツだ!村に住む事を許したのにこんな仕打ちをするなんて!」
「あの、大声を出すと魔物を刺激してしまいますから‥‥」
[キシャアアアアアアアアア]
「うわああああああああ!!」
発狂して叫ぶ男達に
「もごごご!もごごごご!!」
あっという間に声が出せなくなっていた。
「‥‥‥!‥‥‥!!」
幸い呼吸は出来ているようなのですぐには命を奪われる事はないだろうと見て、司は一旦距離を取ってその場を離れた。
デカくて倒せそうにない魔物と、自分に不信を向けてくる人質。難しい2つの状況をどう打破しようかと頭をひねろうとしていた所で再びあの音が聞こえた。
キィィィィ‥‥‥‥ン
とても小さくて、大人であれば聞き逃してしまうような高周波の音だが幼少の子供の耳にはそれを拾うことが出来、その場所へ向かってみる事にした。
キイイイィィィィィン
小妖精の羽ばたき音である。
ピキシー種族の中でも上位種である程、羽はその形を小さくし魔力によって飛ぶように進化するものである。目の前にいるピキシーも物理的に飛ぶような羽は小さく畳まれており、ワンピースのような整った衣装に身を包んでいた。
しかしなぜか、飛び立つ事ができない様子で、道端で肘をついて横たわっている。
「こんにちは。君の信号を受け取ってここに来たよ。僕の名前は司。キミは?」
怖がらせないように静かに声をかけた。
岩影に身を潜めていた小妖精は声をかけられた事に驚いた顔を見せる。
「ケガをしてる?しゃべれる?」
しばらく沈黙を続けようとしてい様だが、意を決したようで俯いていた顔を上げて声を発した。
「私は
とても丁寧でキチンとした言葉づかいに今度は司が驚いた。
元来、ピキシーは自由奔放な生き方をする種族で、契約締結後でも勝手な言動をする者が多いものである。
「何だかしっかりしてるんだね。その身なりや仕草から見て上位種に見受けられるのだけど、名前はあるの?」
「コンパニオンピキシーとなれば名前を持ちます。昔は名前を持っていましたが今はありません」
「昔にパートナーがいたんだね。今は?」
「全て昔の話です。ここには暫定ガイドの契約で召還されて来ていました」
上位種になるにはひとりの人間と契約をし、長く多くの経験値を積み上げなければならない。
それだけ長く付き合ったパートナーが居たにも関わらず別れを告げたのであろう
「じゃあこの迷宮に君を呼んだ召還者は?」
「エルザト・サウスティンという貴族に付いていた使用人魔法使いです。3日前に亜人を連れて迷宮に入りましたが魔物に襲われて同日に撤退しています」
「君を置いて?」
「帰喚魔法は唱えてくれず、私ひとりでは転移陣の自動起動を働かせるための体重が足りませんでした。」
「それは災難だったね。僕となら地上に戻れるから一緒においで」
「他の人間達がまだ捕まったままです。私の事はどうかお構いなく。迷宮には魔力大気があるので生き続けるだけなら地上よりも恵まれています」
「でも飛ぶことは出来ていない。それは妖精にとっては致命的なものでしょ?」
「私のこんな姿を見つけた事で責任を感じる必要はありません。この遭遇は偶然であって義理が生まれるものではないのです」
今にも消え入りそうな儚い存在、それでも気丈に振る舞っている姿に司は目を離す事が出来ないでいた。
「君は最後の魔力を使って人間を救おうとした。それは僕の目的の手助けとなったんだ。だからお礼に君を助けたい」
「昔のパートナーの使命が人間を救う事だったんです。これはその名残、ただの拘りです。それとピキシーにお礼の言葉をかけるのはお門違いです」
「じゃあ僕が君に依頼をしたという形にしよう。【この迷宮で遭難した人間を探したい】。さあ、必要な魔力報酬量を提示してくれ」
「その目的は既に達成されているはずですよ?」
「君のおかげでね。じゃあ後払いという形で君に魔力を渡すよ。どうかな」
「‥‥わかりました」
ピキシーは無表情に、しかし司の目をしっかりと見つめて答えた。
「【成果報酬に5MPを申請します】」
「【受諾】する。さあ、受け取って」
司の中に巡っていた魔力の流れを小妖精へと繋げた。
それは光の線を描いて二人を結んでいく。
ピキシーは光輝き、枯れかけていた身体に生命力の源が流れて来た事で、意識せずに宙へと浮き上がった。
その目に一筋の涙を流して。
「勇者の魔質が込められている‥‥。あなたは、彼らの血を受け継ぐ者だったのね」
「よくわかったね?うん、能力はなにも遺伝してないって言われてるけど」
涙を拭った小妖精は司の目を真っ直ぐと見つめた。
そして何かを見極めたように心に決めた言葉を口にする。
「私は‥‥あなたの望む事を叶えましょう」
思いがけない提案に司は驚いた。
ピキシーは魔力の交換提示がなければ主体的な言動をとらない種族だが、上位種である彼女は自らの自我を持って司へと接してくる。
「願いを言葉に‥‥」
それは彼女自身の持つ使命から来る行為であった。
司は少し考えて答える。
「‥‥君の事を、救いたい」
ピキシーは少し驚き、そして少し微笑んだような顔で答えた。
「その願いは今叶っています」
司はよくわからないでいたが、その言葉になぜだか暖かい気持ちを感じた。それは少なからずこの妖精の何かを助ける事が出来たのだという達成感を得られていたからであった。
そして、母と冒険し見つめてきたこの世界で自分が望む事、どう生きていきたいかという将来像を一考する。
この世界や人々がどうあって欲しいか、という自分の願いを改めて整理して言葉を決めた。
「‥‥君たち妖精族が幸せになる世界にしていきたい‥‥この世界の幻想を一緒に守ってみない?」
「はい、私の知識と能力であなたに貢献しましょう」
小妖精はそう言って司の元へと近づいた。
司は自然と手のひらを差し出す動きをする。
小妖精はそっとその手にひらの上に舞い降りた。
意識的な行動ではなかったが、とても自然で流れるような挙動。
それは小妖精としての契約の光を発さない、しかしパートナーよりも強い絆、不思議な繋がりが結ばれた瞬間であった。
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