04 炭坑の先にある迷宮


 ダルの案内で二人は炭坑に向かったが、途中に見張りがいて通行を止められた。

 山道への途中であるにもかかわらず、物々しい雰囲気を出している。


 裏道に周ってかいくぐる事はできたが、その警戒態勢に司は違和感を感じる程であった。

 行方不明者の捜索というよりも警備そのものを優先しているような雰囲気である。


「炭鉱の入り口にいる門番が一番厄介なんだ。入り口が狭いからな。だからこの先からはもう通れないぞ?」


「う~ん、よし!大丈夫だよ」


 司は打開策を思いつき、風の紋唱珠を取り出し魔力を指から流し込んだ。


「その玉がどうしたんだよ‥‥え?」


 光を発した珠にダルが驚くと共に、強い風が舞い上がった。


 司は風を器用に動かして、門番に向かい突風を突きつけようとする。


「ダル君もちょっと手伝って」


 しゃがみ出した司は地面から砂を拾い上げた。ダルにも同じ事させて大量に集めた砂を風に乗せていく。


 そしてその砂塵を門番の目や口元へと直撃させた。


「なんだ?うお!ゲホッゲホッ!‥‥目に砂が!!」

「おい大丈夫か?ゴホッゴホッ!なんだこの砂埃」


 司のひ弱な魔力ではあるが、目標を顔範囲に絞る事で部分的に風力を高めて突風を作り出す。


 砂埃で目を閉じさせたタイミングに司はダルを引っ張って門番の脇から足音に気をつけながら炭坑の中へと入っていった。


 トンネルの深くへと辿りついて、一息ついたところにダルが声をかける。


「おいツカサ‥‥おまえなんでそんなに手際がいいんだよ」


「よく母さんと進入禁止エリアに潜ってたからね。こういうのには慣れてるんだ」

「ハア?お前達‥‥泥棒でもしてたのか?」


「探索をしてたんだよ。それにしても警備の人たちの武装がすごかったね。まだそんなに普及してない筈の火薬銃とか持ってたし」

「この炭坑に資源を横取りする輩が勝手に入ってくる事が増えたんだとよ。でもあの細長い武器ってスゴイのか?」


「うん、てっきり戦争の準備をしてるくらいの装備に思えた」

「炭鉱で戦争するわけなんかないだろ‥‥っておい‥‥前の方に誰かいるぞ?」


 洞窟を突き進んだ先に人の声が聞こえてきた。

 トンネルはトロッコが走れるようにゴツゴツした地面を平坦になるように削られた道が続いていたが、その途中から地質が変わっていてとても滑らかな地面になっていた。


「聞こえる?」

「ああ、静かにしてよう」

 二人は声を止めて、その会話を聞こうとゆっくりと近づいてみる。



「‥‥捜索を‥‥中断ですか?」

「ああ、この先にあるのは炭鉱ではなく迷宮に繋がっていた。おそらく掘り込んでいった事で魔物の巣窟域に到達してしまったのだろう」


「そんな‥‥では炭坑夫達は?村の皆にはなんて言えば?」

「貴族側の探索活動は止めないさ。迷宮には魔鉱資源があるからな。亜人を使って深部を探索する。傍からすれば救命捜索を続けている様に見えるだろ」


 装いの派手な貴族の男と、村人らしき老人がふたりで捜索の計画を話し合っていた。しかしあまり前向きな話ではない様子である。


「その亜人を使って捜索を続けて貰えないのでしょうか?」

「ムダだ。炭坑夫はもう魔物の餌にされてるだろう。それよりも追加の亜人を急いで外から呼び寄せて来い。迷宮の出入りにはタイムリミットがあるようだ」


 その話を聞いたダルは平静を保つ事が出来ずに声を出してしまった。


「そんな‥‥父ちゃんが‥‥魔物に?」


「誰だ!?‥‥おい!ここは貴族の私有地だぞ!何者だ!」


 バレてしまったのをお構いなしにダルは前へ飛び出ていく。


「父ちゃんが魔物に喰われるなんてイヤだ!助けてくれよ!」


「チッ!村のガキか。外の門番は何をしているのだ。オイ!早くつまみだせ」


「貴族様!!お願いだ!父ちゃんを!」

「炭坑夫の捜索は続けている。立ち去れ!」

「お前‥‥もしかしてディルの倅じゃないか。こんな所まで‥‥父親のディルを追いかけてきたのか」



「イヤだ!俺も行く!魔鉱資源とか俺いらないから!」


 ダルの言葉に貴族が眉をひそめた。


「‥‥おい、オマエいつから話を聞いていた?」


 顔を強張らせた貴族はダルとの距離を詰めていく。そこに村人の老人が間に入ろうとするが押しのけられて止める事が出来ない。


「オ‥‥オルカ様!どうか見逃してやってください!このコはまだ子供ですよ!何もわかってはいませんから!」

「俺は父ちゃんを探したいだけなんだ!」


 オルカという名の貴族はダルの腕を掴んで奥へと歩いていった。


「いいだろう、追い返すのはヤメだ。お前も探索するがいいさ。望み通り放り込んでやる。迷宮にな!」

「いてーよ!引っ張らないでくれよ!」

「オルカ様!どうか!どうかおやめください‥‥!」


 引きづりながら力づくで炭坑の道を連れ歩いていった。


 しばらく進むと地面がまぶしく光っている場所が見えてくる。暴れていたダルも動きを止めてその光景に目を奪われた。


「‥‥魔法陣?なんでこんな所に‥‥」

「炭坑のさらに地下にある迷宮へ転移する魔法陣だ。炭鉱夫はこの場所まで掘り進んだ際に踏んでしまったのだ。だから迷宮の先から戻ってこないのだよ。きっとお父さんも向こうにいる事だろう」


「オルカ様、どうかおやめください!魔物に見つかればタダじゃ済まない‥‥殺されてしまいます!」


 付き人の制止を聞かず、オルカはダルを魔法陣の上へと突きだした。すると地面の光が強まり、陣の自動詠唱によって転移が始まろうとしていた。


「皆きっと奥で助けを待っているだろう。深くどこまでも潜って探してあげるといい。ククク」


 陣の光が最高潮に達する瞬間、大量の砂が突然オルカの顔を襲った。不意に起きた事態に目を手でこすり、前かがみになる。すかさず後ろから何者かに体当たりをされて、オルカは魔法陣へと足を踏み込んだ。


「くっ‥‥!!誰だ!」


 陣は3人が立てるくらいの大きさであったため、勢い余って付き人の老人も陣の中にすっぽりと入った。子供は小さいので1枠で二人立つ事が出来る。


 そして転移陣は4人を光で包み込んでいった。



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 転移した先は湿った岩場に囲まれた洞窟が広がっていた。ゴツゴツした炭坑路ではなく、自然が作り上げた鍾乳洞も見える。


 所々に発光石があるため地下であっても視界を保つ事が出来るような場所である。


 人工で掘られた横穴ではなく、幾数年の水脈の流れで曲面に削られた壁が続く自然地形の通路である。発光石の光が濡れた壁面に反射して、色鮮やかな景色を作り出す。


 迷宮転移した先で、ダルはその景色に圧倒されて歩き出す。すると突然背中の服を引っ張られて岩影に引きづり込まれた。


「うわわ!」


「シっ!静かに」

「な‥‥ツカサ!?お前まで、どうしてここに」


「さっき一緒に転移してきた。大丈夫、僕はダンジョンに慣れてて平気だから慌てないで」

「慣れてるって‥‥なんだよそれ。ここには魔物がいるって言ってたんだぞ!危険なの分かってるのか?」


 ヒソヒソと声が漏れないように会話をする。

 それは一緒に転移したオルカ達に見つからないようにするためであった。


「そりゃダンジョンなんだから魔物はいるでしょっ。ヘヘヘ」

「おまえ‥‥なんか目が輝いてないか?」


「そう?フフフ」

「魔物なんだぞ。どうやって帰れるかもわからないで何でヘラヘラしてんだよ」


 いつも皆の前では強気でいるダルも、大人に抑えつけられそうになっていたため消沈していた。

 それでも父親の安否が気がかりであったため強気でいようとするが、うす暗いこの場所に気持ちが飲み込まれている状態であった。


「帰り方についてはあの人達を見てればわかると思うよ。そのために一緒に転移させたんだし」


 司は来た道を指差した。

 そこには二人の大人が尻をついた状態から立ち上がろうとしている。老人は狼狽していたが貴族の方は落ち着いた態度をとっていた。


「転移してしまったか。あのガキはどこだ!もう一人別のヤツもいたはずだ!」

「ダ‥‥ダル君、どこだい?ここにいるかい?」


 オルカと村人がフラつきながらも辺りを見回すが人影を掴む事が出来ずにいた。


 不気味な空気が転移陣のある空間を漂う。

 それは洞窟の奥深くから流れ込んでくる冷たげな風から血の臭いをかすかに漂わせていたからであった。


「もういい、ガキの事は放っておけ。おい!探索部隊!近くにいないのか!私だ!」


 オルカは洞窟の奥へと向かって叫んだ。

 先行していた筈の部隊に向けた呼びかけであったが返ってきたのは反響した自分の声だけであった。再び静寂に包まれていく。


「オルカ様、どうやら付近には誰かいる気配はないようですが」

「チ‥‥役立たず共が!これではイースティア様への献上物が見込めないではないか」


「まさかすでに襲われたという事はないですよね?」

「あれから3日か?魔法陣が再度輝きを取り戻す事を想定していればこの付近にいるはずだ。いないという事は連れられたのだろ」


「連れられたって‥‥誰に‥‥」


 オオオオオオオ


 突如、地鳴りのような低い音が響いてきた。


「グゴゴゴオオオオオオ」


 あまりに重く太い音であったため、それが生物の声だと気づくのが遅く、転移陣の空間に抵抗なく招き入れてしまった。


「ま‥‥魔物だ!!」

「おい!転移陣に戻るぞ!!」


 それは毛をぐしゃぐしゃに生やした四足の狼のような姿をしたモンスターであった。地上の生物とは違い、その目には一切の光を反射せず、見る者を闇に引きづり込む本能が伝わる視線であった。


「うわああ!く‥‥くるなああ!」


 オルカは腰に据えていた火縄銃を取り出して急いで着火させる。転移陣が自動詠唱を終わらせるためには時間を要するため、命中せずとも威嚇射撃にでもなればと放とうとしていた。


 狼型のモンスターは、じっくりと近づきながらもオルカの持つ銃を観察しているようであった。突如銃が発砲をする。銃撃音が大音量で洞窟に響き渡った。


 火薬銃は開発されてまだ日が浅く、命中率の低い緩発式かんぱつしきの銃であった。しかし偶然にも狼へと銃弾が命中し動きを止める。


 転移陣はまばゆい光を発し、元の炭坑へと二人を送り出した。陣の手前にはこめかみを撃ち抜かれた狼が力を無くして横たわった。



 騒がしく対峙した争いの音はやみ、空間に再び静寂が訪れた。ピクリとも動かなくなった狼に司とダルが近づいた。


「死んだ‥‥よな」


「うん、火薬銃の弾が頭に命中してるからね」

「すけえ。こんなデカイのを倒せるなんてすごい武器だ。俺たちの方に来たら確実に殺されてたよ」


「こんなのがこの先いっぱいいるだろうね」

「‥‥マジか?」


「転移陣から人間が入場してくる仕組みをわかっていれば、魔物がそこで待ち伏せするのは当然。でもこいつ一体しか出てきて来てないのはおかしいなあ」

「や‥‥やっぱり他にはもういないんじゃないのか?」


「その可能性はないよ。あのオルカって人の話だと討伐隊を送り込んでいたみたいだし。部隊が戻れない程の事がきっとここで起きたんだ。争いの跡も地面にいっぱいある。炭坑夫の人たちも帰還転移陣の自動詠唱を待てれない状況に陥ったんだ」

「父ちゃんは‥‥無事なんだよな」


「迷宮探索は常に最悪のケースを頭に描いて動くものだよ。だからダル君、キミは帰るべきだ」

「な‥‥なにを言ってんだ」


「この狼モンスターだけど部類としては小型なんだと思う。決して大型なんかじゃない。そう錯覚してしまうのはダル君が身長的にも子供だからなんだよ」

「おまえだって子供だろ!風を吹かせられる位で魔物に対処出来ると思ってるのか?」


「うん、僕にならきっと出来るよ。だから君が危険な目に会う必要はない」

「なんなんだよその自信は‥‥」


「帰り方も難しくないみたいだしね。てっきり帰還転移には条件が必要だと思ったけど。幸い魔方陣に乗るだけで、時間はかかるけど自動発動するみたいだから」

「まさかそれを確認するためにあの人たちを連れてきてたのか?」


「うん、そうだよ。ここは新生ダンジョンという場所なんだと思う。母さんから聞いたことがあるんだけど独自ルールがいろいろあるみたいなんだ」


 司は狼モンスターの死体に近づいていった。

 狼は体の中心を溶かしながら気体を発しており内臓をあらわにしていた。


 そこに手を突っ込んでグチャグチャと荒らしながら赤色に輝く半透明の石を取り出した。


「な‥‥何やってるんだよ」


「へへ、あった。ホラ、魔石だよ!」


 血まみれの石をグっと見せ付けた。

 それは新生ダンジョンの魔物のみから出てくる魔力の塊。旧世代の魔物とは違う仕組みでサイクルする新生ダンジョンが生み出す特徴のひとつであった。


「気持ちワリィ!こっち持ってくるなよ」


「モンスターから得られる魔石は人間に魔力を与えるものなんだ。さらにそのダンジョンの中での限定使用であれば膨大な魔力に変換できる‥‥らしいよ」

「らしい‥‥って、オマエもよくわかってねえのかよ」


 司は疑うことなく魔石を握って潰してみた。

 すると中から赤色に染まった気体が発し出して宙を舞い、そして司の体へと流れ込んでいった。異物の体組織から発せられるモノをなんの躊躇もなく取り込もうとする姿にダルは困惑した。


「おお!ホントに魔力が得られた!!」


 風魔法の実験から魔力を減らしていた身体に魔力が溜め込まれていった。


「すごい、たった1個でも結構な量が含まれてる」

「おまえ‥‥マジで何者だよ」


「ん?フツーの人間だよ。ちょっと特別な親から生まれただけの」

「ウソつけ!やっぱりお前は黒妖精の一味だったんだ!」


「それは何度も違うって言ってるのに‥‥」

「お‥‥お前も魔物の仲間なんだろ!?だから俺をこんな所に連れてきたんだな!?」


「もう‥‥そう思うのならもう早く逃げれば?ここに居るのは危険なんだから」

「くっ!!村の大人達にこの事全部明かしてやるからな!」


「うん、それがいいよ。くれぐれも貴族のオルカさんには捕まらないようにね」


 そう言ってダルは魔法陣に逃げ込み、その身を地上の炭坑へと移した。怯えた顔のダルに向かって司はヒラヒラと手を振って見送る。


 そして、その身に宿った魔力量を確認していく。


「たった一粒の魔石で本当にすごい魔力量だ。これならもっと強度の高い魔法が使えそうだな」


 司は以前にも貰った魔石を砕いた事はあったが魔力を吸収するには適正が必要で、その頃は何も変化がなかった。魔力操作が出来るようになって初めて魔石から発生する魔力を取り込む感覚を掴めたのであった。


 司は過去に母親の使った風魔法の情景を思い返しながら風のコントロールをイメージする。魔力節約のために試し撃ちは控えていたが、紋唱珠を介する事によって難しい詠唱を必要とせずに発動出来るイメージは既に持てていた。


「もっと魔物見つけて魔石を集めよう!」


 司はひとり、この新生ダンジョンの奥へと躊躇なく足を踏み込んでいった。





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