第21話 呪いを解く

「私の夢は死ぬことなんです」

と怜子さんは言った。


「私が達成したいことの大部分は死ぬことによって為されるのです。」


「どういうことですか?」と僕は少し戸惑いながら尋ねた。


「すみません、話を飛ばしてしまいました。」

と怜子さんは言った。



勿体ぶるのは嫌なのでなるべく結論に近いところから話すように頑張ります、と彼女は言った


「まず第一に、死ねばわたしに会いにきてくれるでしょう。逆にいえばわたしが死なない限りは私に会いにきてくれないのです。」

と玲子さんは微笑みながら言った。軽く息を吹き掛ければ消えてしまうほどの微笑みで。


「それがひとつ目の理由です。私は彼女に会いたいのです。死ぬまでに会いたいのです。私ではなく、彼女が死ぬ前に。彼女という存在がこの世から完全に消えてしまう前に会いたいのです。私は何度もそのことを考えました。私はもう十数年も胸が痛いままです。ずっと動悸が続いているし、毎日流れていく時間がただ純粋に苦痛でしかありません。それは常に身体的な痛みを伴っています。胸に太い木の杭が刺さって流血しているんです。もちろんこれは喩えですよ。でもこんなこと言ったって絶対に私の痛みは誰にも理解されず、届かないのです。もしこの意味が届くとしたら、正確に伝えられるとしたら、間違いなく私の死顔をみた彼女なのです。」

玲子さんは少し涙を浮かべているようだった。


「だからわたしは死にたいのです。それが一つ目の理由です。」

玲子さんは興奮気味に一気に喋ったので、すこし息が浅くなっていたようだった。また風がすこし流れて静寂が訪れる。


潮風の香りは僕の心をすこし不安定にさせた。もしくは彼女の話が。


「私は現世で彼女と会話することはもう出来ません。それは私にとって耐え難く辛く悲しいことです。それならいっそ私はこの意識を停止させ、長く眠りたいのです。でも、目覚めた時には、彼女のことは覚えていたい。いえ、決して死ぬまで、死んでも、死んだ後にも忘れたくないのです。それはなによりも優先されることです。彼女のことを忘れないことは全てに優先するのです。なぜなら私はその後も目覚める必要があるからです。」


僕は黙って聞いている。少し僕も息が浅くなっていたので。一度ため息をついた。


「私は長く眠るでしょう。でも私は目を覚まします。必ず目を覚まします。


その時、彼女の命も終わってます。此方で彼女が幸せに生きようと、不幸せに生きようと、充実しようと、大切なもの失おうと、最期には必ず彼女の命は終わります。そして遅かれ早かれ私のところへやってきます。それは絶対にそうなります。


その時私はもう一度やっと彼女に会えるのです。その瞬間にわたしにかかった呪いは全て解けて、全てが元に戻るのです。

わたしにはその瞬間がよく分かります。とてもはっきりと予見できています。


だから私は死にたいのです。正確にいうと、長く長く眠りたいのです。そして彼女がすぐ隣でいつものように私を見下ろす顔を見ながら目覚めたいのです。」


彼女も大きくため息をついた。


「私は今年か来年までは生きると思います。いくつか現実的に果たすべき義理がまだあります。それは誠実に片付けていきます。でも、必ず私は死にます、それが私が最も望むことです。こうして話していると、きっと私に会いに来てくれる彼女のことを想像してしまって、それは泣きたくなるほどに私にとっては嬉しいことなのです。」


彼女は痛みを堪えるような表情をしながら、左手で胸をトントンと叩いて、そう言った。


彼女はテーブルの上にあるコーヒーカップを手に取り、静かにを飲み干して、また、

早く死にたいなあ、と僕にしか聞こえない声でつぶやいた。

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