第12話 脚下照顧
「アカンな」
と丸眼鏡の男が歩きながらつぶやいた。
「どうしたの?」
と女も隣を歩きながら言った。
「筑駒ボーイからこんなLINEがきた」
そう言って丸眼鏡の男が女にスマホの画面を見せた。
「何これ、長・・・。しかも意味不明なんだけど」
「意味不明だよな。うん、まさに意味不明なんだよ」
丸眼鏡の男は早口でそう言う。
「この人ってこの前の弁護士の人でしょ?」
「うん、今はニートなんだけどな」
「この人、なんでこんな感じになっちゃってるわけ?」
「うーん。これを見る限り何か込み入った事情がありそうなんだが、正直さっぱりわからん」
と丸眼鏡。
「ちょっとそのスマホ貸して」
と女が言って、丸眼鏡からスマホを奪い取った。
「あんまり変なことを打つなよ」
そう言う割に、丸眼鏡は嬉しそうな表情を浮かべる。
「はい」
と言って、女はスマホを丸眼鏡に返した。
丸眼鏡はしばらくスマホを見たあとで
「これは...大丈夫なのかな?」
と言った。
「こういう勘違い男には少し現実的なことを言ったほうが地に足がついていいのよ」
「彼の口癖は『この世にはファンタジーが必要』やで」
「ファンタジーの世界に行っちゃったまま帰って来ないというのは思い込みが激しい男によくある話よ。あなたも身に覚えがあるでしょう」
丸眼鏡の男は女を一瞥してから、数秒沈黙する。
「込み入った事情は誰にでもある、自己憐憫になってはいけないのよ。彼の言っていることは意味不明だけど、ナルシシズムというか、誇大妄想的な何かを感じる」
「彼は委ねているんだと思うよ」
と丸眼鏡。
「何に?」
と女。
「制御不可能な動機」
女は訝しげな表情を浮かべる。
「制御不可能な動機は破壊的なんだよ。彼はそれを感じ始めているんじゃないかなあ」
「そうするとこうやって狂っちゃうの?」
と女は言う。
「現実は実際には狂わないけれど、狂った現実を体験することはある。神秘的な現象は無いけど、神秘的な体験はある。そして実際に何か現実的なリソースを喪うことはありうるんだよ。僕の場合、それは10年ほどの時間だった」
女は少し黙る。
「あなたはもう受け入れたの?」
「うーん、現に起きたことだからな。ダメだったという他ない」
二人はそれからはもう何も話さずに歩き続けて、赤坂のビルの中へと入っていった。
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