第12話 スリッパとTシャツ

「僕のスリッパがない」

 台所で夫の声がする。耳を疑う。

 スリッパの事ではない。

「ぼっ、僕?」こわい。キモい。あり得ない。

 結婚して今まで自分の事を僕なんて言ったこ

 とない。熱でもあるのかしら?


 名称かわったけど、オレオレ詐欺対策なのか。

 子供に自分の事を僕と言うように育てれば、

 被害が減るんじゃないか。

 今頃僕呼びを定着させる気なのか?


 とにかく夫は自分のスリッパが無くなり、

 探し回っていた。あまりに百円均一の

 スリッパに固執するので、めんどくさいけど、探す。

「ごめんね。こんなところにあった」

 私はお構い無くどこでも脱いでくる。

 ベランダに放置。お風呂場に片方だけ放置。

 忘れてしまうのではない。勝手に脱げる。

 「ぼく、ごめんね」と謝る。


 「背中が痒い。掻いて」冬は乾燥するらしい。

  

  五十肩いや六十肩で自分で掻けない。

  めんどくさいけど、掻いてあげる。

  一日、八回は私に背中を向ける。


  「そこ、違うもっと右。もっと上が痒い」

  どこか分からなくてキィーとなる。

  猿なら一日中、毛繕い出来るだろうけど、

  こちとら忙しい。


  片方だけ無くならないように、スリッパに

  ヒモをつけようかな。

  どこが痒いか分かるように、白いTシャツの

  背中に番号ふろうかな。

  九分割すれば、番号で言って貰える。

 

  「五番が痒い。次は八番掻いて」


   「あいよ。八番だね」って。

 

  幸年期はまた別の頭を使う。

  生活の知恵の特集雑誌でも探しに行こう。


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