第9話 方向音痴

「じゃあここで」

私はトイレ。夫は喫煙所。

またこのソファに戻ることを約束してそれ

ぞれが目的の場所に行く。私は究極の音痴。

歌も下手だが、方向音痴。

この店の前を通って、スタバを曲がり、

すぐの所。一番近くのトイレに向かう。

しかし、トイレから出たらすでに右か左

か自分の来た方向が分からない。

昼間のショッピングモール。この服屋さん

の前を通った気がする。あれっ。

 

なんか違う。また反対方向に来てしまった。

もう一度やり直そうとすると、どんどん離れ

ていく。私は携帯電話など持っていない。

「タバコ二本吸えたぞ」

なんとかたどり着いたソファに座り込むと

隣で夫が怒っている。体力消耗。


「みっ、水を下さい」マスクをして乾燥した

モール街を歩き回ると、喉かカラカラになる。

夫はそんな私に自販機の水を差し出す。

「さあ行くぞ」すぐに行動。せっかちだ。

歩いては休み、休んでは歩く。はぐれないよ

うにくっついて歩く。途中でまた水分補給。

うれしそうに尻尾をふっていた犬が、

クタクタになって寝そべるように、最後は

マッサージチェアーに座る。

百円いれたら五分間。極楽、極楽。


あとは、このエスカレーターを上がれば

駐車場だ。間違えようがない。

先にマッサージが終わり夫が言う。

「もう一本吸ったら駐車場の車にいるからな」

日の当たる屋上だから車もすぐに見つかる。

私は安心して、ひとりになった。

 

「あっ、買い忘れた」明日の朝のパンを買い

忘れた事に気づく。このまま下に降りれば

食料品売り場だ。そしてまたこのエスカレー

ターで屋上に行けば駐車場。

一か八かのひとり買い物。パンを手に取り、

空いているレジを探す。降りてきたエスカレー

ターから視線を外さずに頑張った。

頑張ったはずなのに、分からなくなる。


方向音痴。幸年期になる前に直すべき弱点。

駐車場にたどり着いた時には夕暮れ。

夕日に照らされた夫の顔が般若に見えた。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る