だってすごーく美味しいじゃん!

 今日は午後から細かい雨が降っていた。

 午前中は雲一つない快晴だったためか、生徒の大半は傘を忘れていた。

 そしてここにも、傘を持たずに家を出たおっちょこちょいな偽妹がいた。


「おにぃ……」

「はいはい。俺の傘に入っていいから、さっさと帰ろうな」


 家を出る前に言ってはおいたが、案の定傘を忘れて生徒玄関前で足止めをくらっていた。


「おにぃ。おねぇは一緒じゃないの?」

「夢奈は委員会があるんだってさ。逆に柚空はどうしたんだ?」

「柚空は図書室に読みたい本があったんだってさ。借りちゃえば良いのにね」

「柚空はあれで、かなり読むの早いからな。他に借りたい生徒のために、自分はその場で読み終えたいんだったかな?」


 他愛もない話をしながら、俺と桜空は相合傘状態で学校を出る。


「おにぃおにぃ! あそこに寄りたい!」

「ん? お、おい……」


 桜空が指差す先には『ミス・ドーナツ』と書かれた店があった。

 桜空は返事を聞く前に俺の腕を引っ張り、『ミス・ドーナツ』略して『ミスド』に引きずり込んだ。


「こらこら。先週も食べたばっかりだろ?」

「先週は先週だよ! 今週の分は今すぐ買おうよ!」

「本当にドーナツ好きだよな桜空は」

「だってすごーく美味しいじゃん!」


 もし桜空に尻尾でも生えてたら、勢いよく左右に振られていることだろう。それくらい嬉しそうにはしゃいでいた。


「本日はどうしますか?」

「このチョコとイチゴとーー」


 桜空は遠慮なくどんどんドーナツを要求する。一人で食べる訳ではないのでいいが、それでも少し多過ぎなくらいだ。


「ーーってこら。そんなにいっぱいは買えません」

「大丈夫だよおにぃ。半分はボクが食べるんだからね!」

「晩御飯が入らなくなるだろ? そしたら夢奈が怒るぞ」

「にしし〜大丈夫だよおにぃ。おねぇの好きなドーナツもた〜くさん買うから!」

「それ……俺の財布なんだけどな……」


 一体いつの間に俺の鞄から取り出しのか。普通に犯罪行為だが、責められないのがシスコンの悪いところだ。


「おにぃの分はボクが出してあげるね!」

「あのな。そういう訳にはいかないんだよ。俺はお兄ちゃんだからな」


 妹の小さなワガママくらい、叶えてやるのが兄ってもんだ。妹に奢られるなど、兄としては下の下の下なのである!

 例えそれがーー。


「だよねー! おにぃならそう言うと思ったよ! だから大好きだよ、おにぃ!」


 仕組まれた事だとしてもだとしても関係ない。

 可愛い俺の妹は正義なのだ! 『可愛いは正義』ではない。

 可愛い可愛い俺の妹が正義なのだっ!


「ほらほら、さっさと選んで帰るよ。雨も少し強くなって来たし」

「はぁーい」


 良い返事が出来た桜空の頭を撫でてやる。

 すると幸せそうな、はにかんだ笑顔を見せてくれる。あぁ可愛い……癒される……。


「(で、でもダメだ……これ以上甘やかしては……っ)」

「んぅ? なーにおにぃ?」

「ーーっ!」


 ーーああ、桜空。俺の可愛い偽妹よ。

 そんな上目遣いでキュートな姿を見せて、俺を萌え死にさせる気か?


「いや、なんでもないぞ」

「ふーん……」


 桜空の可愛らしさに悩殺される所だったが、何とか耐え抜いた俺は、桜空から自分の財布を受け取って支払いを終えた。


「ねぇおにぃ。いつもありがとね大好き!」

「お、おう……」


 真っ直ぐな視線で好意を向けられるのは悪い気はしない。それが妹なら尚更だ。


「結婚する?」

「それは遠慮する」

「えー! なんでなんで! 柚空とは結婚の約束したクセにーーっ!」

「えっ……」

「柚空が珍しく自慢したんだよ! ずるいずるいっ!」

「え、いやあれは嵌められて……」

「むぅぅぅぅ!」


 さっきまでの幸せは何処へやら、真っ逆さまへと転落する。

 ぷくぅーーっと、頬が膨れる桜空は少し怒っていて、そしてとてつもなく可愛いっ!

 けれど怒ってるのは事実なので、取り敢えず弁明はしっかりとする。


「いやな、騙されたんだよ柚空に……」

「柚空が誰かを騙すわけないよ!」

「た、確かに騙すは言い過ぎだけど……」


 エイプリルフールを利用したのだから、騙しは騙しなのだが……。

 それこそ可愛らしい嘘だった。

 正直あの時の癒し力は神聖を帯びていたーーように感じた!


「もし騙されたとしてもだよ? 騙されたおにぃも悪いんだからね! 結婚は人生で重大なものなんだから、ボクと婚約するまでは気をつけなきゃダメだよ!」

「あの……何故に桜空と結婚する流れに?」

「だっておにぃはボクのなんだもん!」


 あぁ……偽妹に嫉妬されるのも、それはそれで素晴らしいじゃないか!

 しばらくはこのままにしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る