大っ嫌いです……
それは唐突に起きた事件だった。
「にぃに、柚空はにぃにが……世界で一番大っ嫌いです……」
「ーーーーなっ!?」
朝から愛する妹に起こされるという最高過ぎる場面だった筈なのに、柚空はそんな浮かれた俺をドン底に突き落とした。
柚空の唐突の呟きは、俺の思考を粉々に破壊して、目の前の全てが暗く閉ざされた。
朝、俺の体を揺すって起こしてくれた可愛い可愛い偽妹の柚空。
俺のーーいや俺たちにとっての天使がいつもの無表情で、一番残酷な言葉を告げたのだ。
「どぅ…………」
どうして、という言葉が声にならなかった。
あまりにも、あまりにもショックが大き過ぎて、俺は今にもその場で倒れ込みそうになる。
「にぃに? 大っ嫌い……大っ嫌いで結婚なんてしたくないです……」
「ぐはっ…………そ、んな……」
倒れそうな俺に追い討ちをかける柚空は、曇りのない瞳のまま、俺の腕に抱きついて顔を擦り付ける。
「へっ……ゆ、ら……?」
「ん……にぃに嫌い、大っ嫌いです……」
言葉とは裏腹に抱きつく腕に力を込める柚空。矛盾したその行動には流石に違和感を覚えた。
「どう……して……」
ようやく思いが声となって発せられた。
理由を聞きたいけれど聞きたくないような矛盾を抱えたままの俺に、柚空はそっと腕から顔を出して答えた。
「今日は……『四月一日』なんかじゃないです……」
「えっ…………あっ! そ、そういうことか……」
『四月一日』じゃない。つまり今日はエイプリルフールなのだ。
この事が示すことといえばーー。
「今までの発言は全部"ウソ"なんだな!」
「違うです。全部"ホント"です……」
「ーーっ」
良かった! 本当に良かったっ!!
嫌われた訳ではなかった。大好きだって言ってくれたんだ。結婚したいって言ってくれたんだっ!!
「ああ! 俺も柚空が大大大っ嫌いだぁーーっ!!」
「ん、にぃにも……柚空と結婚したくない……です?」
「あぁ! 全然全くこれっぽっちも柚空と結婚したくないぞっ!!」
「うん。言質……取れなかった……です」
「…………へっ?」
あれ? 俺、何かとんでもないことやらかした?
柚空はうさちゃんパジャマのポケットから、小さくて四角い何かを取り出した。
「あの……柚空さん? それは何でしょうか?」
「ボイスレコーダーです……」
「…………どうして?」
「にぃにが、結婚したくないって……言ってくれたから……です」
やや頬を赤く染めて、恥ずかしそうに身をくねらせる柚空。
そしてボイスレコーダーの録音を止めて、改めて俺に熱い視線を向けてーー。
「にぃにに……プロポーズされました」
「あっ…………ああああぁぁぁぁーーーーッ!!」
そこで初めて柚空の狙いに気付いた。確かに俺は言ってしまった。
ーー柚空と結婚したくない、と。
それはつまり『柚空と結婚したい』となるわけで。
「ちょちょちょちょっ! 柚空、さっきの違うんだっ! いや、あれは誘導尋問だよ!」
柚空からの衝撃的な発言で精神が不安定になり、そこからの安心感で完全に油断していた!
「そうかもです……でも、いいです」
柚空はスッと体を完全に離してーー。
「言質が取れれば……いいです……」
「柚空!?」
その言葉を最後に柚空は、逃げるようにそそくさと退室した。呼び止めるまもなく、脱兎の如き素早さだった。
柚空が出て行った扉をしばらく見つめていたがーー。
「って、どうしよぉぉぉぉーーーーッ!!」
完全に嵌められた!しかも相手は柚空だったっ!
夢奈ならこんな手を使うことは予測出来るが、まさかの柚空がそれを実行したのだ!
「もしかして柚空って……結構な小悪魔天使さんだったの?」
真逆の存在を同一視してしまうほど、柚空は天使のように可愛くて、小悪魔みたいに見えてしまった。
「あっ……でも、それはそれで凄く可愛い」
俺もドのつくシスコンなので、それはそれで嬉しかったのだった。
けれどそれはそれ、これはこれだ。
「マズイぞ……っ! このままじゃ兄としての責任がぁぁーーッ!!」
兄として妹を守らなくてはいけない。
だと言うのに、その兄が妹を穢すようなことになってはならない!
「こ、このままじゃ本当に柚空と結婚? でも……」
それはそれでいいかもと思う俺と、兄としての自覚を持てと思う俺が対立する。
「待て……まてまてまてっ! あれは誘導尋問なんだ! 法的な証拠には……っ」
もはや自分で何を言ってるのかも分からない。もう色々と混乱しているのだがーー。
「にぃに……」
「っ!」
部屋から出て行った筈の柚空が、扉を少し開けて顔を覗かせていた。
もうめちゃくちゃ可愛い!
「朝ご飯出来てるから、早くです……」
「えっ、あ、あぁ分かった」
そういえば今日は平日で、普通に学校がある日だった。
「今日はありがとう……にぃに」
「ゆ、柚空? さっきの発言はな……」
「ん……結婚は卒業してからしようね」
「ーーっ」
珍しく満面の笑みを浮かべた柚空は、そっと扉を閉じて一階に向かった。
「全く……あんな笑顔見せられたら、断るに断れないだろ」
兄として妹を守ると誓ったが、少しだけ揺らいでしまう朝だった。
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