妹の家に帰ってみるか!

 新井家ーー偽妹たち家もそうなのだが、本当は他人同士の家なのに、各々に自分の部屋が設けられている。


 寝泊まり専用という訳ではなく、本当に住んでも良いようになっていた。

 おかけで引っ越し作業をする事もなく、ただ本人が移動するだけで事足りたのだ。

 だから全ての私物を持ってきた訳ではない。


「あれ? この漫画の続きって夢奈の家に置いてきたんだっけか?」


 一箇所で住み始めてからというもの、こういう事もよく起きる。

 別にどうしても読みたい訳ではなかったが、偽妹の家にあると分かっているのなら話は別だ。


「そういえば夢奈も何かを取りに行くつもりだって言ってたしな」


 たまには銀杏家に帰るのも良いかもしれない。夢奈本人だって、たまには本当の自宅に帰りたいだろう。


「そうだな。なら桜空と柚空も誘って、久々に妹の家に帰ってみるか!」


 どうせ荷物も取りに行くのなら、たまに寝泊まりしても良いだろう。

 明日からちょうど二連休になる。

 そうと決まれば早速行動ということで、居間にいるであろう偽妹たちの元へ向かった。


「良いですね。私も一度帰って荷物を整理したかったんです。流石は私の兄さんです! 結婚して下さい!!」

「うん。ごめんそれはちょっと……」

「にぃに。柚空も賛成です……」

「うーん……ボクはどっちでも良いけど、みんなが行くなら一緒に行くね!」

「よし、なら明日から久しぶり帰ろうか」

「少し変な感じですね。ここも我が家なのに、あと二つも自分の家があるなんて」

「今さら何言ってるのおねぇ。ボクはそんなの気にした事ないよ! だって全部がボクの家なんだもん」

「うん……柚空も同じ……です」


 桜空はこう言っているが、どことなく嬉しそうにしているのを、俺は見逃さなかった。

 月に一度くらいはこういう機会があった方が良いだろう。

 それにーー。


「ふーん……そんなこと言って、本当は嬉しいんですよね桜空」

「桜空ねぇは……ツンデレさんです……」

「そ、そんなことないもん! ボクはツンデレでもないからね!」


 妹が喜んでくれる。それこそ正しい兄の選択だろう。


 ーーおよそ一ヶ月ぶりに銀杏家に帰って来た。

 そこまで長いこと空けていた訳ではないのに、何処か懐かしさを感じてしまう。

 今までは毎日互いの自宅を行き来していたのに、それがパッタリ止んだ事で寂しさもあったのだろう。


「少し埃が溜まってますね。まずは掃除から始めましょう兄さん」

「そうだな。じゃあみんなで手分けしてやるか」


 二階の自室は各々が担当して、それ以外はみんなで掃除した。

 床掃除は殆どを夢奈が担当して、桜空と柚空はお風呂やトイレを、俺は天井など高い所の拭き掃除をした。


「おにぃ! マジックルンって何処だっけ?」

「桜空、それなら洗面台の下にあるわよ」

「むぅー、ボクはおにぃに聞いたのにー」

「夢奈ねぇ……サンボールもそこですか……」

「そうよ柚空。あと桜空。兄さんと話したければ、まず私を倒してからにしなさい」

「意味分からんないよおねぇー!」


 掃除中でも兄を取り合う妹の姿はやっぱり可愛い。

 この光景を撮影して『妹アルバム』に加えてしまいたい!


「流石に今回は無理だよな。明日は白井家の掃除だけど……」


 撮影してサボってる姿を見せるのは、兄としての威厳がーーそもそもなさそうではあるがーーなくなるかもしれない。


「兄妹の共同作業を思い出に残せないとは……っ!」


 偽妹たちの可愛い姿を保存できないのは悔しくてならない。

 今この瞬間は一度しかないというのにーー。


「安心して下さい兄さん! 私に抜かりはありません!」

「ん? どういう事だ?」

「はい! こんな事もあろうかと、家には予め隠しカメラを仕掛けてました!」

「な、なんだって……それは、つまり……」

「はい! 私たちの可愛くもお茶目な姿を、しっかりと記録してますよ。あと、兄さんのカッコいい姿もバッチリですっ!」


 ーーなんと!

 家に入ってから何やら準備があると言っていたが、俺のーー俺たちの為にカメラを仕掛けていたとは!


「ナイスだ夢奈! けど、終わったらちゃんと外しておくんだよ」

「分かってます兄さん。私たち兄妹の思い出は、私と兄さんの結婚披露宴で流す予定です❤︎」

「うん。それはしなくていいな」


 抜かりない妹をもててお兄ちゃんは嬉しいが、結婚までする気はない。

 というかそんな事するつもりだったの?


「惚れ直しましたか兄さん♪」

「披露宴が前提の理由じゃなければ尚良かったよ」

「えへへ……兄さんから褒められましたぁ……」

「前半は全く聞いてないわけね……」


 都合の良い言葉しか聞こえないのか。もしくは都合の悪い言葉が聞こえてないのかだな。


「ほら早く終わらせような。来る前にデザートも買ってきたしな」

「おにぃ先に食べたい!」

「ダメです……桜空ねぇは、お風呂頑張って掃除する……です」

「えぇ……お風呂広いんだよ?」

「トイレが嫌って……言ったです」

「だってぇぇ……」


 どうせトイレは汚いから嫌だとか言ったのだろうな。だから代わりにお風呂掃除を……。


「柚空を見習って頑張りなさい桜空。兄さんとのティータイムまでにお願いね」

「むぅ……終わらないよぉ〜」

「ふぁいとぉ……です。桜空ねぇなら出来ます……」

「………………」


 ああ、後でこの全てを見れるとは……なんと感激なことか!

 こうして銀杏家の掃除は順調に進んだ。

 手分けして掃除したおかげで半日程度で終了した。


「んぅぅ! あっまい!」

「流石は兄さんです! 私の好きなもの把握してくれてますっ! お礼に私をあげますね♪」

「夢奈ねぇだけじゃないです……。にぃには、柚空たちの好みも把握してます」

「大袈裟だよ。お前たちの事は大体分かってるからな」


 桜空には甘みが濃いチョコケーキを。

 抹茶が好きな夢奈には抹茶ケーキを。

 柚空は洋菓子より和菓子が好みなので、甘い大福餅をチョイスした。


 兄としてこれくらいは当然で、褒められる事でもない。

 妹の好みを把握出来ない奴が、兄を名乗れる訳がない!


「そういう兄さんは甘み控えめなものが好みですよね? なので私と同じ抹茶系が良いんですよね!」

「なに言ってるのおねぇ? おにぃが好きなのは甘さ濃いめのチョコケーキだよ?」

「違い、ます……。にぃにが好きなのは、和菓子です」

「みんな自分が好きなものを俺の好みにしてないか?」


 俺はどれでもいける口だから、あまり拘りはないんだが……。

 どうも俺の偽妹たちは、俺と好みを合わせたいようだった。


「前に兄さんは言ってました。『夢奈の好きなものは俺も好きだ』と。つまり兄さんと私の好みはあらゆる分野で一致してるんです」


 前って……いつ俺はそんなこと言った!?

 絶対に記憶を捏造してるよね夢奈さん!


「それならボクの方だって、"あーん"ってしてあげた時に『すごく美味しいぞ!』って、言ってたんだもん!」


 こっちはこっちで拡大解釈してるんですが!?

 確かに美味しかったけど、そりゃ妹に"あーん"なんてされたら百倍美味しくなるに決まってるっ!


「にぃには、『柚空の大福餅美味しい』って、言いました……」

「柚空の作った大福餅な!」


 なんだか誤解を招きそうな台詞だったぞ!

 それに柚空は大福餅ほど大きくはないんだよね。桜空よりはあるけど……って、何を言ってんだ俺は?


「にぃにが……何か失礼なこと想像した、気配感じた……」

「…………き、気のせいだろ?」

「ボクも感じた! おにぃがボクの胸見て残念そうにしてたっ!」

「み、見てないし!」

「確かに桜空は平原。柚空はまぁ……小山程度ですか。ですが私は山脈ですよ兄さん!」

「ソウナンデスカ」


 夢奈の言いたい事は分かる。

 だがそれに同意したら、しばらく口を利いてもらえないかもしれないので絶対に言わない。

 その方がお兄ちゃんは辛くて死んじゃう。

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