五 加速
「……あれ、これイワナじゃないよ、パパ」
「おお、それはブルーギルだ! あ、見ろ、あっちではバスが釣れてるぞ!」
休日にまた様子を見に行ってみると、釣りに来ていた小学校低学年くらいの男の子と父親の親子連れが、そんな会話を交わしているのが耳に聞こえてきた。
そちらを覗うと、父親の引き上げた釣り糸の先にはブルーギルが、その向こうのおっさんの竿にはブラックバスが食いついている。
そう……イワナが寄ってくる絶好の餌場に目をつけ、外来種の大型肉食魚がどこからともなく大挙して現れたのだ。
「なんか、新たな生態系ができ上がってるな……」
本来、清流にいるはずのイワナに、それを食らう外来魚……ふと気づけば、この天村川の生態系はすっかり以前と違うものに一変してしまっている。
釣り人にはうれしい変化だろうが、日本の自然環境にとっては大変に迷惑なことだ。
……が、迷惑はそれに止まらない。
「うわっデカ! なんかまた珍しいのかかったけど……って、おい! ガーだぞこれ! アリゲーターガーだ!」
「……ん? うわああっ! み、みんな気を付けろ! ワニガメだ! ワニガメがいるぞ!」
ある日、釣り人達の間からそんな叫び声がちらほらと聞こえてくるようになった……。
すでに肉食外来魚がいるんだからいいとでも思ったのか? さらに巨大な外来魚アリゲーター・ガーや、もっと危険なワニガメなんかを飼えなくなって捨てに来るDQNが現れたのである。
生態系の破壊どころか川の中はもうカオス状態……「天村川」という名前の漢字をもじって〝アマゾン川〟などと巷では呼ばれるようにまでなっている。
そんな危険生物も潜むようになったので、釣り人や野次馬はまだ寄って来ているものの、家や学校で注意されているのか、こども達の姿はまるで見られなくなり、そのことが余計、この公園を異質なものに変えてしまっている。
「なんか、アオコの発生してた頃が懐かしいなあ……」
こうも事態が大きくなると、なんだか瓶を投げたのが遥か遠い日の出来事のような気がして、間接的には関与している俺もそれほど罪悪感は感じられない。
一方、行政の方はここまでデンジャラスな環境になってしまうとさすがに放ってもおけず、いよいよ本腰を入れて駆除に乗り出すこととなった。
そこで、その方法として選ばれたのが例のツブラヤ製薬が開発したという画期的な新駆除薬「いろいろクージョーZ」だ。
なんか、某アイドルグループを髣髴とさせるネーミングだし、ここの会社はやたらとXだのZだの付けたがるみたいだが、そのふざけた名前に比して意外やスゴイ新技術が使われており、対象生物の遺伝子を破壊して即効で死滅させ、効率的に駆除ができるとの触れ込みである。
鳴り物入りで天村川に投入された新駆除薬「いろいろクージョーZ」……だが、これがまたいけなかった。
それでも投入後一日、二日は「まあ、そんなすぐ効果は出ないだろう」と皆、楽観視していたのであるが、三日経っても四日経ってもまるで減る気配がない……いや、それどころか、イワナを含めた魚達の体がなんだかだんだんと大きくなってきているのだ。
それが勘違いでない証拠には、全長1mという超巨大イワナが捕獲され、ニュースでも取り上げられてまたひと騒ぎとなった。
しかも、そんなのはまだ序の口で、すぐにまた2m、その次は3m…と、日を追うごとにその記録は更新されていくのだ。
それもイワナばかりでなく、ブルーギルやブラックバス、アリゲーターガー…さらのはワニガメまでもである。
んな肉食の危険生物が巨大化したら、それこそデンジャラスなこと限りないが、ついに恐れていた事態が現実のものとなる……全長5mに近いワニガメに釣り人が食べられたのである――。
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