三 序章
それから三日ほど後の朝のこと……。
「――ん? なんだ?」
出勤途中、いつものように例の公園の前を通りかかった俺は、奥のフェンスに群がり、川の方を眺める人だかりのできているのを目にした。
「ひょっとして
まだ出勤時間に余裕があったので、そんな不謹慎な好奇心を抱きつつ、俺もその騒ぎの正体を確かめに行ってみる。
「うわっ! なんだこりゃ!?」
するとそこには、一面、目に眩しい真緑色になった川の景色が広がっていた。
その公園近辺の水面が広範囲に渡って緑色の藻で覆われているのだ。
群がる人々は手に手にスマホでその奇怪な情景を写真に収めているが、確かにご近所の野次馬達が集まって来るであろうフォトジェニックなビジュアルである。
なんらかの理由で微細な藻類が大量発生する自然現象――海でいえば〝赤潮〟の淡水版といえる、いわゆる〝アオコ〟というやつだ。
当然、周囲には大量の藻が発する耐え難い異臭が立ち込めているが、この青クサい臭いはどこかで最近、嗅いだような気もする……どこでだったろうか?
「おっと、そろそろ行かないと遅刻だな……」
なんだかその臭いが少し気になったが、出勤途中だったことを思い出した俺はたむろする人々の間を掻き分けてその場を後にした。
しかし、その日の昼……。
「――次のニュースです。市街地を流れる川で大規模なアオコが発生しました…」
職場近くのうらぶれた店構えだが安くてうまいラーメン屋で、脂ぎったカウンター席に座って昔ながらの中華そばをすすっていると、店のテレビからそんなお昼のニュースが聞えてきた。
「こうした流れのある川で発生することは珍しく、調査した保健所の話によると、繁殖力の非常に強い新種の藻類が原因となっているためではないかとのことです。その新種の藻類は国内の健康食品メーカー・ツブラヤ製薬が発見した〝スーパークロレラX〟という…」
「ブフぅッ…!」
埃のこびりついたテレビの中でアナウンサーが口にしたその一言に、俺は思わずコシのある中細麺を吐き出しそうになった。
その名前、明らかに聞き憶え…いや、見憶えがある……忘れたくともあの想像を絶する苦みとともに大脳新皮質へ刻み込まれた、いかにも適当に付けられたとしか思えないその藻類の名称――それは、先日の夜に俺が川へ投げ捨てた、あの謎の栄養ドリンクに入っていた主要成分だ。
……その原因といい、その発生場所といい……それに今、思い出したがあの青クサい臭いだ……もしかして、俺があれを放り込んだことでアオコが起こったとでもいうのか? いやいや、まさか、そんなバカなことが……。
偶然の一致にしてはできすぎている……まさかとは思ったが、俺は仕事帰りに公園に寄って、再びあのドリンクを自販機で買ってみた。
そして、街灯の下でまじまじとラベルの裏に記された細かい文字を読んでゆくと……。
〝(※注意)絶対に日光の当たる場所で保管しないでください。急激に増殖して瓶が割れる恐れがあります〟
なんて文言が〝注意〟という割には目立たず控え目に書かれている。
「…てことは、日の当たる川になんて捨てたら……」
どうやら十中八九、俺のせいで間違いないらしい……捨てた栄養ドリンクからアオコが発生するなんて、いったいどんな奇蹟だ!?
そのありえない偶然の産物に呆れ返る俺だったが、現実問題、アオコは夜間呼吸による水中の酸素欠乏と藻類の出す毒素によって、その水域の魚や水草が全滅するなど、自然環境に大きな悪影響を及ぼす。
もっとも、そうなる前に行政が駆除に乗り出すだろうが、それにもそれなりのお金がかかることはもちろんだ。
万が一、その駆除費用の賠償を要求されたりなんかしたらたまったもんじゃない! これは、あくまでも知らないふりをしていよう……。
このネタを誰かに話したいという思いも多少なりとあったが、俺はこのことを誰にも話さずにおくことにした――。
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