第36話
視界に飛び込んできたのは、ベンテンの顔だった。
おもわず、殴りそうになったけど、堪える。
「よかったぁ、間に合ったのね」
私は、『魔王』の呪いを受けて衰弱死したのではなかったか?
「呪いがあなたを完全に蝕む前に、ビシャが魔王を仕留めたの。それで、解呪されたのよ」
そうか、また、私は命を拾ったってわけね。
本当に勇者の素質があるのかも。死なないし。
ダイハード喪女とか、新しいわぁ。
「レマ・サバクタニは?」
ズダボロになった、筋肉ダルマに『再起動』をかけた気がする。
「あんたのおかげで、致命傷も直って、門を潜っていったわよ。行く場所があるんだって。あんたによろしく伝えてくれって」
あの野郎、さよならも言わないで、行きやがったか。
私、助けてもらったお礼も言ってないや。
鼻の奥がツンとする。
馬鹿!
無神経男!
置いてきぼりとか、酷過ぎる。ひどいよぅ。
「アンちゃんは?」
「大丈夫、時間を止めてあるので、毒の進行は止まっているわ」
勇者が剣を研ぐ手を休めて、こっちを見る。
ツンツンに伸びた髪、ぎょろ目、無愛想なへの字口。
レマ・サバクタニに良く似ている。このタイプの男は、こりごりだ。
「よお、助かったぜ」
それだけ言って、今度は甲冑の繕いをはじめる。
妙に勤勉なのも、筋肉ダルマに似ている。
「照れ屋さんなのよ、可愛いでしょ?」
ベンテンがハート形に変わった眼で、無愛想な勇者を見る。
彼(彼女?)は、十五年も、ここで勇者を守り続けてきたのだ。
オカマの深情けってやつだろうか?
「で、あんたはどうするの? 都合のいい過去に戻れば、大金持ちになるわよ、ロト籤とかで」
私は過去に戻る気は無い。
未来に飛ぶ気もない。
だって、その時間軸には、アンちゃんがいない。
だから、空間だけ飛ぶつもり。
「あら、無欲なのね」
アンちゃんがいない世界には、意味が無い。
「あ……」
だからか、だから、レマ・サバクタニは、あの絶望的な時間軸に拘ったんだ。
思い切り過去に飛べば、『大凶津波』を避けることが出来たかもしれないけど、自分の腕に抱いた息子は存在しなくなるかもしれない。
彼が求めたのは、妻子がいる時間。そこに戻るため、ひたすらレマ・サバクタニは『大特異点』を探し続けていたのだ。
私の回復を待つうちに『大特異点』は変異するかもしれない。それゆえ、レマ・サバクタニはさっさと門を潜ったのだろう。
執念が実ったのだ。無礼は許してやろう。
願わくば、彼の妻子が生き延びる時間軸を作らん事を。
「あのさ『一撃必殺!』って、流行っているの?」
勇者の背に話しかける。
レマ・サバクタニと同じ決め台詞なので気になっていたのだ。
「このベンテンに見出される前、俺はクマモトの幼年兵だったんだよ。最終防衛線が破られた時、突如現れた男が、魔導生物の群れを押し戻してくれて、俺は命を拾ったのさ。そいつが『一撃必殺!』って言っていたんだぜ。俺にとってのヒーローさ」
ドキンと心臓が鳴る。
それって、ひょっとして……。
「そ……その人、どうなったの?」
「死んだ。市民を避難誘導する撤退戦の時、最後まで戦線を維持して、死んだ。だから、俺は髪型も台詞も真似して、忘れないようにしているんだぜ。彼こそ、本物のヒーローだよ」
門の前に、ベンテンとビシャが立っている。
「まだ、魔王がいるかも知れないところに、いくぜ。縁があればまた会おう」
無駄に爽やかに、ビシャが言って、門を潜る。
「ああん、まってよぅ」
内股走りで、ビシャを追ったのはベンテンだ。
門の中の光に包まれる直前、こっちを振り返って、投げキスをしてくる。
私は、空中でそれを掴むゼスチャーをして、地面に叩きつける。
「ひどい~」
そう言って、ベンテンは消えた。
私と時間が止まったアンちゃんだけが、この『入口の無い神殿』に残った。
時間を解くための呪符は、大事にポケットの中にしまってある。
アンちゃんを抱きしめて、門を潜る。
この時間軸の世界、空間だけを捻じ曲げ、地下迷宮の入り口へと……
こうして、私は地上に戻ったのだった。
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