第35話
「エビスヨシカーズの予言が確かなら、どっちかが『レアな魔導』を持っているのよね。それは、処女ちゃんでしょ? 血の味で分かったわ」
タンと舌を鳴らして、ベンテンが言う。
「多分、数々の試練を乗り越え、低い生存確率を生き抜いてきた。まぁ、ここに到達したことを見ても、勇者の素質があるのはわかるけど」
私が生き残ったのは単に運が良かっただけ。
レマ・サバクタニがいなければ、私は探査隊とともに命を落としていたし。
「違う、違う。英雄や勇者が凡人と違うのは、戦闘能力や魔導の力だけじゃないの。それは、物事を改変する力。絶望を希望に変え、事態を推し進める力。そんな曖昧な力を『勇者適性率』って呼ぶの」
へたり込んでいる私をベンテンが指さす。人を指さすんじゃないわよ。失礼ね。
「計測器がないから、正確な数値は測定できないけど、処女ちゃん、貴女『勇者適性率』は三十%近いわよ。大企業の最高責任者になって、世界経済に影響を及ぼすレベルの『素質』があるの」
国民一斉検査の裏の目的は『勇者適性率』の鑑定だと、オカルト雑誌『ラ・ムゥ』に一種の陰謀論で書いてあったけど、こんなの「フリーメイソンが世界征服を企てている」とか、そういった眉唾レベルの話かと思っていた。
でも、魔導因子が国家の財産として軍事力に直結しているなら、『勇者適性率』は、利用すれば権力者にとって大きな財産となる。
また、オカルト雑誌『ラ・ムゥ』の陰謀論を信じるなら、『勇者適性率』とは革命を起こす力。権力者にとって適性率が高い者を囲い込んで飼い慣らすという意味もあるのだろう。権力者の現状維持のため。ゆえに、秘匿されたデータとされている。探ろうとするだけで、国家反逆罪に相当する。
私の『再起動』がレアな能力だったため、特級に認定されたのだと思ったのだけど、この『勇者適性率』も影響していたのかも知れない。
こんな危険な地下迷宮に投入されたのは、上手くいけば探査際の助けになり、下手を打っても危険分子となりえる私を抹殺できる。
考えすぎかもしれないけど、そんな意図が透けて見えた。
要するに、『再起動』が珍しい能力なので研究したけど、良くわからないので、私の処遇に困ったということかしら?
「ちょっと、頭来た」
立ち上がりながら言う。吸血鬼の『魅了』の余波は、やっと消えてくれた。
「で、どうすんのよ、これ」
『魔王』を仰ぎ見る。
存在するかどうかすら判然としなかった魔物の王。
あの『大凶津波』を引き起こしたと噂されながらも、誰も所在を掴めなかった世界の敵。「存在しない説」まであったけど。
『魔王』と『勇者』のストップモーション。勇ましい構図だが、勇者敗北の直前の場面だ。
勇者が敗れれば、再び『大凶津波』は世界を覆い尽くすだろう。十五年前の様に。魔導研究が進んだとはいえ、今は圧倒的に人類の数が少ない。
まさに、人類滅亡の危機だ。
「エビスヨシカーズの予言が確かなら、処女ちゃんの能力は『再起動』のはず。あなたがここに流れ着いたのは、ビシャが持つ『物事を改変する力』ゆえ。絶望的な状況をひっくり返す、パズルのピースが、あなた」
事態を改変する力に導かれ、私がここに流れ着いたというなら、レマ・サバクタニの役割は何?
私をここに送り届ける存在ということなのだろうか?
「いい? 勝負は一瞬。処女ちゃんは、私の『一時停止ポーズが解けた瞬間、ビシャに『再起動リセット』をかける。『魔王』に届く刃は『魔族殺デモン・キラー』だけ、ビシャを敵に送り届けることだけに集中して。筋肉ちゃんは、逃亡されないように、奴の足を砕いて。瞬時に回復しちゃうけど、これで稼ぐコンマ二秒は、永遠のコンマ二秒よ」
ベンテンの『一時停止』が解けた一瞬、ビシャは胴を真っ二つにされる。
だけど、斬首刑を受けた囚人が数回瞬きしたという記録がある。これが、死ぬまでの僅かなタイムラグ。
そこに『再起動』をかけて時間を巻き戻せば、勇者適性率九十五%という奇跡の少年は、『魔王』に刃を叩き込むことが出来る。
でも、ここは『大特異点』。敵が時空を超える可能性があった。それをさせないための足止め。『大特異点』の象徴である巨大な門を通過するまで、あと僅かなところまで『魔王』は来ている。
たった一発だけ残った『
小指の先程のヒヒイロガネ。
火薬を爆発させる小さな小さな静電気『パチパチ君』。
使いどころが分からなかった私のレア魔導『
すべては、この一瞬に集約されている。
『神ノ七人』のうちの五名を犠牲に『魔王』討伐まであと一歩まで迫った勝負を、私たちで
顔がツヤツヤしたオカマが伸びをする。
ゾルリと背中から伸びたのは、漆黒の翼。
「行くわよ、処女ちゃん」
私を抱えて、ベンテンが飛ぶ。空中で固着しているビシャの元へ。
私は、そっと動かない『勇者』の頭に手を乗せた。
強い髪質。手がチクチクした。まるで、レマ・サバクタニみたい。
「準備OK」
ちょっとでも躊躇ったり、ミスしたら、世界が滅びる。
実験施設と自室を往復していた頃の私なら、多分逃げていた。
でも、今は違う。
どうせ、何度も死ぬような目に遭っているし、一回増えたくらい、何だってんだ。
世界で最も危険な存在だと? 上等だ! やったらぁ!
アンちゃん、おかあちゃん頑張る!
ウッメ、私に勇気を!
がんばれ、鯉軍団!
出鱈目な祈りを捧げる。
でも、おかげでドスンと肚が据わった。
「こっちも、いいぜ」
見れば『魔王』の足元に、伝説のスラッガーであるサダハールの一本足打法の構えで、レマ・サバクタニが鉄槌を担いでいた。
「いい、一、二の三で解くわよ。一度解いたら、もう二度と私の『一時停止ポーズ』は通用しないからね」
―― いち
心臓が口から出そう、怖い、怖い、怖い、けど、逃げない!
―― にの
手汗が滴るほどすごい、見るな、魔王を見るな、勇気を振り絞れ、私!
―― さん!
そして、時は、再び動き出した。
そこから、先の事は、記憶が断片的だ。
動き出した『魔王』の瘴氣に当てられたということもある。
私は、一気に衰弱していたのだ。
勇者の胴体が千切れ飛ぶのを見た。
反射的に叫ぶ。
「
床面からははレマ・サバクタニの雄叫び「一撃必殺!」とともに火薬の爆発音が聞えた。
勇者の砕かれた肉体は一瞬で巻き戻り、器用にくるりと身を翻して、私とベンテンを足場に蹴る。
見ただけで衰弱する、恐ろしい『魔王』に向かって、一直線に。
勇者が上げた凱歌は
「一撃必殺!」
門を潜って勇者の一撃を避けようとした魔王が、ぐらりと傾く。魔王の左足が吹き飛んでいた。
でも、一瞬で再生する。
忌々しげに、その再生された足でレマ・サバクタニを蹴る。
まるで薄汚い野良犬でも追い払うかのように。
レマ・サバクタニが、ボロ屑みたいになって蹴り飛ばされた。
柱に激突して、床を転がってゆく。
ベンテンが、レマ・サバクタニを追って急降下していった。
何かが胸に込み上げてきて、思い切り吐く。
それは、どす黒い血だった。『魔王』はその存在自体が呪詛であるという説がある。私は、その呪いをうけたのだろう。
―― 今度こそ、死ぬなぁ。
その想いがあった。
ならば、命がある前に、一人は助けておこう。
『
途切れかかる意識を必死につなぎとめて、首も手足もあらぬ方向に曲がっている壊れたおもちゃみたいなレマ・サバクタニにそっと触れる。
生命を絞り尽くした感覚。
体の中で、何かがぶつりと途切れたみたい。
視界が黒く塗りつぶされてゆく。
ぼっち喪女にしては、すごい最後だった。頑張ったぞ、私。
あの『魔王』と刺し違えたんだよ。はははは……
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