第25話
行動開始をする夜まで、一時間。
その間に、適用に収集した使えそうな装備を確認する。
特に、照明器具は必要だ。
持参していたマグライトは、魔導電池が消耗しきってしまって使えない。
転移してきた世界の照明器具は、ちょっと変わっている。
微生物を使った発光システムだった。
つまり、溶液Aに嫌気性の細菌が密閉されていて、それが溶液Bと混合すると、溶液Aの中にある、私たちには未知の細菌の排泄物と反応して、発熱を伴わない発光現象が起きる……と、説明書には書いてある。
これを光源として、反射体を使って光に指向性をもたせている仕組みだ。
アイドルグループに忠誠を示す集団演舞……なのか?……をする、なんだかキモチワルイ集団がいるけど、そいつらがその儀式の際に両手に所持する光る棒と仕組み的には似ている。
溶液Bが反応しきるまで、およそ四時間。容器を大型化すればもっと耐用時間は増えるかもしれない。
理系女子としては、中身を取り出して分析したいところだけど、転移してきた世界では無害な細菌でも、この世界では人類滅亡級の毒性や感染力があるかもしれず、専用の実験施設が必要だろう。ここには、細菌防護服もないし。気圧制御装置もないし。ベンチレーターもないし。
「どうも、魔導技術より生命工学が発達した世界みたいだな」
柔軟性のあるプラスチックのケースを曲げて、パキンと溶液Bの中にある溶液Aのアンプルを割りながら、レマ・サバクタニが言う。
知識のない私たちから見ると、一種の生命魔導みたいなものかしらね。
別の平行世界から見たら、私たちの魔導結晶文明は、どう映るのだろう?
素晴らしい仕組みと見えるのだろうか?
それとも国家に統制された窮屈な世界に見えるのだろうか?
反応型のマグライトを持って、深夜に相当する時間帯の非常階段を下りてゆく。
第一目標は、銃砲店。そこで、火薬に相当する物があるかどうか、探す。
第二目標は、登山用具店。ハーケンやシュリンゲ等、ここのドーム状天井に残してしまった消耗品の補充と、携帯ストーブの確保。生活利便品も欲しい。
第三目標は、食料品店。持参した乾燥野菜は底を着き、干し肉も一食分しかない。水と食料の確保は急務だった。
地図で確認していたので、私たちは迷うことなく、銃砲店に着いた。
実を言うと、私は全くどこをどう歩いているか分からなかったのだけど。
地図は見るのも、描くのも苦手。
当然といえば当然だけど、銃砲店の扉は鋼鉄製で、店の正面は頑丈なシャッターで守られている。
レマ・サバクタニは、私に「下がってろ」と言い、ひょいと担いだ鉄槌を振り下ろす。
鋼鉄製の扉が、内側に窪んで吹っ飛び、静まり返った深夜の廃墟にガランゴロンと音が響く。
なんて、パワーなのかしらね。この筋肉ダルマは。
「ああ、こりゃダメだ」
レマ・サバクタニの第一声がそれだ。
ここは『銃砲店』と呼称されているが、まるでペットショップみたいな有様だったのだ。
この世界で『銃』に相当するものは、人工生命体。
尻尾も含めて五十センチくらいの小型の龍が『銃』そのものなのだ。
従って、火薬はない。
「見た事あるんだよ。『
みれば、様々な龍がケージの中で餓死している。
ここは、死屍累々だった。
「なんで、逃げないの?」
この光景に胸が潰れて、声が震える。
「檻から出るためには、俺らの手につかまって出してもらわないとダメって、プロクラムされているのさ」
銃の扱いになるほど強力なエネルギーを放出するなら、こんな檻なんか吹き飛ばして、外に逃げればよかったのに……。
「しょうがねぇよ、『こうあるべき』って飼い慣らされしまっているんだ」
この、人工的に造られた龍の死を、私は「愚か」とは言えない事に気が付いた。
檻から出ないのは、私たちも同じ。
レマ・サバクタニの様に、魔導結晶に頼らなくても、生きてゆけるのに、国家の搾取に気が付きながら、抵抗しない私たちそのものの姿。
しかも、私は搾取する側。
市民が上級国家公務員様の優雅な生活を知ってしまえば、労働意欲も失せてしまうだろう。父の様に。
「くそ! 一旦地上に戻って、火薬を補充するか……いや、また転移が起こったら『大特異点』が移動しちまう。くそ! くそ! あと一歩なのに!」
水と食料は補給できた。
だけど、戦うための武器がない。
大物狩りに必要な『爆発反応装甲』も、必殺の『雲曳クラウドレッカー』も、火薬が無いと作動しない。
ここが分岐点。
以前の私なら、ここで帰ろうと提案しただろう。
だけど、私はレマ・サバクタニと旅をして、彼の旅の目的も知ってしまった。
「行こう! 諦めたらそれで終わりって、どっかの太ったおっさんが言ってた!」
誰の言葉なのか思い出せないのがアレだけど、私はそう言って、レマ・サバクタニの背中……にしたかったけど身長差の関係で尻をパンと叩いた。
「ぎゅい……」
そんな音がする。
叩かれたショックで筋肉ダルマがおならしたのかと思ったけど、違う。
シャリンと鞘擦れの音を立てて、レマ・サバクタニがナイフを抜く。
レマ・サバクタニが置いたマグライトを拾って、私のマグライトも構え、部屋の隅に跳ぶ。
私を庇う様にぬっとレマ・サバクタニの大きな背中。右手に鉄槌。左手にナイフ。
私は左右の手に持ったマグライトをゆっくり廻して、音のした方向を照らす。
指示もなく、こんな連携とれて、まるで熟練冒険者みたいじゃない? ふふん。
「おい、なんてこった、一匹生きてるぜ」
ケージの中、龍のレプリカが、震えながら立ち上がろうとしており、力尽きてへたり込むところだった。
誰かが来た事に気づき、必死に自分をアピールしたのだろう。
「よせ、馬鹿、拾うんじゃねぇ」
レマ・サバクタニが制止するのも聞かず、私は飛び出して、そのケージを開けていた。檻に閉じこもって、死を待つ姿は、私の姿だ。
生きる努力を放棄して、閉じこもっているのは、私だ。
でも、私は自分で立ち上がった。レマ・サバクタニの差し出した手を掴むことにした。今度は、私が誰かに手を差しのべる時だと思ったのだ。
「おいで。生きたいなら、私と来なさい」
ケージの扉に私の手。
灰色の龍は、よろめきながら、這い寄り、小さくきゅいと鳴きながら、私の手をぺろりと舐めた。
そっと抱き上げ、胸に抱きしめる。
その小さな命は、か弱くただ震えるだけだった。
銃砲店の中にあった飼育本を回収して、レマ・サバクタニが手拭いとカラビナで作った『だっこ紐』に灰色の龍を包み、私の首から下げる。
胸がないので、龍が邪魔にならない。
ああ、貧乳でよかった。……やっぱりちょっとほしい……。
灰色の龍は、安心したのか、水だけを飲んで眠っている。
あんまり静かなので、死んでしまったのか不安になったけど、呼吸しているのが見えた。
丸まって、尻尾を咥えている姿は、ちょっと可愛い。
胸がキュンとなるのは、母性本能ってやつなのだろうか。
「長生きしねぇぞ。あんまり情を移すなよ」
そんなことを、レマ・サバクタニは言う。
でも、この子は、生きることを選択した。ならば、死ぬまで生きる努力をするのを助けてやるのは、手を差し伸べた者の義務だ。
レマ・サバクタニだって、私を助けるために努力してくれたし。消費期限切れていたけど、あの渋ちんが惜しげもなく蘇生ポーションも使ったし。
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