第24話

「ここが、新しい転移エリアなら、確認したい場所がある」

 レマ・サバクタニは、郵便局に侵入し地域エリアが記載されている地図を回収する。

 郵便局が警察の立ち寄り巡回先であることを示すポスターがあった。

 警察のマスコットキャラ『パーポ君』が、紫色で違和感。

 あ、なるほど、紫パープルだから、パーポ君なんだ。サイレンの音とかけているんだね。

 こっちの時間軸の『ピーポーさん』よりトンチがきいてる。

 コンビニエンスストアを見つけて、缶詰などの保存食を見つけて回収した。

 魔導技術を使った『空間圧縮食品』が見当たらないので、この時間軸の世界は魔導技術が発達していなかったのかもしれない。

 地図と水と食料を収穫し、また非常階段を上がってゆく。

 赤龍の巡回ルートを避けたので、遭遇はなし。

 間もなく暗い時間に変わるので、赤龍も塒ねぐらに帰って休眠状態になる頃合い。

 地上三百五十メートルに到達。

 ちょっとした登山みたいなものだが、レマ・サバクタニは私と収穫物を背負っていたにもかかわらず、汗一つかいていない。なんという体力。

 寒いので、さっそく焚火を起こす。

 壊れた家とかあったので、廃材をもってくればよかったかも。

 でも、運び上げるのが大変か。

 レマ・サバクタニは、商店から勝手に頂戴してきた缶詰を並べている。

 魔導による空間圧縮が一般的になってから、こうした保存食は懐古趣味の品物で、好事家向けに特注で作られる品物なのだけど、この転移してきた世界では一般的な商品みたい。

「食えるか食えないか、判定しなければならんのだが、場合によっては命にかかわる」

 そんな怖い事を、レマ・サバクタニは言う。

「神話などで、異界の食べ物は口にしてはいけいない……とかの話があるが、あながち作り話ってわけじゃねぇ」

 異界との接点である地下迷宮のリスクに、この異界の食べ物がある。

 私は探索者ではないから、講義をうけたわけではないけど『囁き妖精』による睡眠学習の効果で予備知識があった。

 時間軸が異なる平行世界や異世界は、物質を構成する成分が未知であったり、異なったりすることがあるので、強い幻覚症状や正体不明の病の発症や、受毒したりする。未知の成分の場合、魔導治療以外に回復の術はない。

「そこで……だ、エリエリの『再起動リセット』だが、病気や毒も無かったことに出来るのか?」

 実験の結果を思い出す。たしか、毒は無効化できたはず。

 病気は、感染の瞬間が曖昧だと『再起動』の有効時間である三百六十五秒を経過してしまうことがあり、あまり有効ではなかった。

 ただし、今は感染のタイミングがばっちり判明する。

 病原性ウイルスもプリオンなどのタンパク質も身体にとっての害毒ならば、『なかった事』に出来るはずだ。

 でも、アレルゲンなどの免疫機能の過剰反応は?

 アナフィラキシーショックは体への攻撃と判断する?

 私の『再起動リセット』は研究が始まったばかりで、謎が多い。

 私は、正直に病気については、実験結果が無い事を話した。

 以前の私なら、相手が「問題ないと言え」という願望を忖度し、「だいじょうぶだと思います」と回答していただろう。

 それで、何か問題が起きたら「こんなことになるとは思わなかった」とかぬかしていたはず。

 でも、今はレマ・サバクタニと運命共同体で、対等の相棒パートナーのつもりだ。

 リスクをリスクと正しく認識しないと、自分の命も危うい。

 レマ・サバクタニは腕組みをして考え込んでいたが、ぐうと私の腹の虫が鳴ったのを機に、パンパンと自分の顔面を叩いて気合いを入れた。

「よし、おめぇの腹の虫に催促されたんじゃ、仕方ねェ。覚悟を決めて、俺が実験台になろう」

 だって、鳴っちゃったんだもん!

 意思では止められないもん!

 このデリカシー無し男!

 レマ・サバクタニが次々と缶を開ける。

「いくぜ」

 そう宣言して、まず一口食べたのは『鯨の大和煮』だ。

 もぐもぐと咀嚼する。

 醤油と脂のいい匂い。また、私のお腹がぐうと鳴った。

 だって今、一日二食に減らしてて、空腹なんだもの。しかたないじゃん。

「あれだ、別に何とも……」

 そういった瞬間、レマ・サバクタニの顔にブツブツが出来た。

 ハマダラ蚊に刺されたような、大きな腫れ。まるで、エンボス加工したみたいになった。

 なにこれ、怖い! すごい、アレルギー反応。

「あわわわ! リ、再起動リセット!」

 わ~! また能力名叫んじゃった! 恥ずかしい!

 叫びながら、レマ・サバクタニの頭頂にチョップをかます。

 紅潮していた彼の顔色が戻る。

 多分、気管が腫れ上がって、呼吸困難を起こしていたのだ。

「くそ、死ぬかと思った。はい、鯨缶だめ」

 レマ・サバクタニが次に手を出したのは、コンビーフの台形の缶。

 この世界でも、小さい鍵みたいな金具で、側面の帯状の金属を巻き取る方式らしい。

「山岳部時代、コンビーフは御馳走だったんだよな」

 などと、少し嬉しそうに、きこきこと金具を回している。魔導技術が普及していない田舎だと、二十年前ぐらいまでは、まだ缶詰は保存食として現役だったらしい。

 しっかしまぁ、猛毒かもしれないのに、変な男。

 慎重にナイフで一口大に切り、ぱくっと咥える。

「ん? 旨いぞ、これ」

 レマ・サバクタニの悪相が笑み崩れる。怖い……

「ああ、旨い、旨い、太陽がいっぱいだ! 虹が! 虹が!」

 あちゃー、これは、ダメですね。瞳孔拡散してるし。はい、『再始動リセット』です。

 おでん缶も、カニ缶も、スパム缶も、いちご煮(ストロベリーではなく、中身はウニです)缶も、焼鳥缶も、みんなダメ。

 なぜか大丈夫だったのは、鯖の水煮缶。味噌煮はダメでした。多分、味噌が害毒化していたみたい。

 それと、スプーンで掬うとブチブチ切れる、トマト味のスパゲティ(自称)缶。仕方なしに食べたけど、地面に叩きつけたくなるほど、マズい。こんなのスパゲティじゃない。細長いでんぷんだ。おえ。

 レマ・サバクタニは「旨くはないけど、食べられるぜ」などと言っている。味音痴め。

 救いもあった。蜜柑の缶詰と桃の缶詰が、食べられたのだ。

 これは、レマ・サバクタニも私も大喜び。だって、甘いモノに飢えていたんですもの。ほっぺがキューっとなって、ドーパミンがドパドパ出た感じ。

 シロップまで、全部飲んじゃった。唇切って血だらけになったけど。

 次は、ちゃんと器に移して食べよう。



 強いアレルギー反応や、猛毒に侵されたりしたわりには、レマ・サバクタニは元気で、お腹がくちくなった今は、地図を睨んでいる。

「何を探しているの?」

 彼は、地図を指で辿りながら、「探しているのは、銃砲店だよ」と言った。

 あ、そうか、火薬か!

 ここは、魔導技術の痕跡がない。

 ならば、まだ火薬銃がある可能性が残っている。

「昼間、探索した結果、赤龍しかここには居ないようだ。奴が眠っている夜間、物資を安全に回収しようと思う」

 間もなく、赤龍はおねむの時間だ。

 簡易ストーブとか手に入れば、ここの暖房問題も解決する。

 蜜柑と桃の缶詰も集めなくちゃ。

「赤龍と戦う前に、陣容を整えよう。今夜から、忙しくなるぞ」

 トントンと銃砲店の位置を、レマ・サバクタニが指さす。

「出発は一時間後。それまで、体をやすめておけ」

「ラジャりました!」


 蜜柑と桃食べたし。百人力だ!


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