第23話
一般見学者が入ることが出来る最上階である地上五百メートルの展望回廊から、非常階段を伝って百五十メートルほど降り、展望デッキに出た。
鉄製の非常口は、鍵がかかっていたけど、レマ・サバクタニが針金でコチョコチョすると、あっさりとロックは外れてしまった。
なんか、イリーガル臭いので、手元はモザイクかけさせてもらいます。
「蹴り破るのかと思った」
筋肉ダルマのくせに、妙に手先が器用なのよね、この男。
「足が痛いだろうが」
そんな、らしからぬ事を言って、展望デッキ内に侵入する。
ここが、この塔の観光拠点。
私は連射ボウガンのセーフティを外し、レマ・サバクタニは鉄槌を構えてぐるっと一周したが、誰もいない。勿論、魔導生物もいない。
「ああ、こりゃ、大物生息地で間違いないわ」
展望デッキから、遠眼鏡で地上を観察する。
ここでも、高度約三百五十メートルある。荒廃した町が広がっていて、この寒々とした光景にきゅうっと胸が苦しくなる。
ここで、暮らしていた、ここの世界のここの時間軸の人たちはどうなってしまったのだろう?
現在の魔導現象学では、多重宇宙論が主流で、無数の平行世界があるとされている。そのうちの一つの欠片が、眼下の廃墟。
今いるこの『空樹の塔』だって、この世界では旧世界の技術の保存のために作られた記念碑的建造物だけど、転移してきた『空樹の塔』は、電波塔かもしれないし、何かのモニュメントなのかもしれない。
誰もいないので、真相は闇の中だけど。
「最悪だ……」
遠眼鏡で地上を観察していたレマ・サバクタニが唸る。
遠くで、ズズンと、建物が崩れて粉じんが上がっている。
そこを彼は見ていた。
「何があったの?」
私がそういうと、苦りきった顔のまま、私に遠眼鏡を渡してくる。
自分で見ろということらしい。
崩れた建造物の方向に遠眼鏡を向けて、ピントを合わせる。
そこには、こうした大規模な地下迷宮最深部のお約束とも言える魔導生物がいた。
赤銅色の鱗。深紅の翼。ああ……最悪、赤龍だ。
龍の一族の中でも、最も狂暴な龍。
しかも、形態は第三期。人間でいえば、働き盛り。
歳経た金龍や銀龍など、神格化した龍なら知性があるので会話で交渉することも出来るけど、こいつらは、巨大化したチート蜥蜴みたいなもの。言葉なんて通じない。
危険等級は、地下迷宮探索時の交戦規定によれば、文句なしの一級認定。一眼巨人なんかめじゃないくらい危険だとされている。
十年以上の地下迷宮探索経験があり三級以上の危険魔導生物を七体以上討伐した実績がある探索者が、『屠龍許可認定試験』を受けることが出来る。この試験は合格者0.1%という狭き門。
大量破壊兵器並みの戦闘能力を持つ屠龍許可認定試験合格者は『
もっとも、『屠龍許可認定試験』合格者で龍討伐実績がない者が殆どだけどね。龍の個体数が少ないから。
私は、今、それほど希少な存在を見ているのだ。
「どどどどどど……どうするの、あんなの」
レマ・サバクタニが掌で顎を撫でている。ジョリジョリと音がした。彼が考える時の癖だ。
「最悪だよ。奴ら、高度な浄化の仕組みを持っているらしくて、魔導結晶が形成されんのだ。そのくせ、しぶとくて、戦うと完全に赤字になっちまう」
はい?
なんだか、勝つのが前提になってますけど?
一級危険魔導生命体ですよ?
「生態を研究し、事前に作戦を立て、自分を過大評価しなければ、百回戦ってもそうそう負けるこたぁねぇらしいぜ」
レマ・サバクタニの悪相がニンマリとする。怖い…… でも、頼もしい。
きゅんと胸が切なくなったけど、これは、きっと龍を目にした不安感ゆえ。ぜったいそう。
レマ・サバクタニは、赤龍を前提に作戦を練り始めた。
一応安全地帯らしい展望デッキから、赤龍の一日の行動パターンを観測し、手製の地図を展望デッキの壁面に書き込む。
これが、意外と精密でかつ見やすく、この筋肉ダルマの新しい特技を発見してしまった。
展望デッキは地上三百五十メートルの位置。
出入り口は、今は動かないエレベーターシャフトと、外の非常階段。
網目状の躯体は登る事は出来るでしょうけど、監視を怠らなければ接近は探知できる。
問題は、空気がキンキンに冷えていること。
原因はわからない。
正体不明の光源の影響か、それとも別の事象がかかわっているのか、全く見当がつかない。
でも、展望デッキは風を凌ぐことが出来るので、外よりマシだった。
薪の類は、この人工建造物の中では見つけられない。
木製の棚を壊したりして、可燃物を探してみたけど、なんとか自分の体温で耐え忍ぶしかないみたい。
仕方なしに、本当に仕方なしに、寝ている間に凍死してしまわないよう、猫の様に丸まって、レマ・サバクタニに包まれ胸の中で眠る。
だって、私、病み上がりだもの。
無尽の体力を誇る、この筋肉ダルマは、湯たんぽなみに温かい。
これは、緊急事態だから。仕方なしになんだから。勘違いしないでよね。
しばらく頭洗ってないけど、臭くないかな……。
「地上に降りて、偵察する」
ほぼ、赤龍の行動パターンを把握した五日後、レマ・サバクタニが宣言する。
白い壁面にびっしり書き込まれた地図には、赤龍の行動が克明に記されており、このチート蜥蜴は、一定の巡回ルートがある事が判明していた。
それを避けて移動する。
一眼巨人の時の様に、強大な個体が存在するエリアには、小鬼や悪鬼や食屍鬼などの集団を形成する魔導生物はコロニーをつくらない。
なので、赤龍が活動を停止する夜間にこっそり移動するという手段も考えられるが、小鬼らの形跡がない事を確認するためにも、一度視界の良い昼間に偵察を行った方がいいだろういう判断だった。
ちなみに、昼間、夜間と呼称しているけど、これは十二時間サイクルで、正体不明の光源が明るくなったり暗くなったりを繰り返しているから。
どういう理屈で、何が作動しているのか、理系女子の血が騒ぐけど、調べる余裕はなさそう。
明け方に相当する時間、ぼんやりと明るくなってくる頃、手早く朝食を食べ、非常階段を下ってゆく。
なんせ、地上三百五十メートル。降りるだけで大変だ。
まぁ、私は背負い子の中で座っているだけだけれど。
どこから紛れ込んだのかカラスが鳴いている。
風が吹きわたり、廃墟に滅びの歌を響かせていた。
「なんだか、さびしいところね」
「廃墟だからな」
地上に到達する。
この『空樹の塔』の基部は、この巨大な建造物を支える基礎部分にパーキングや商業施設や水族館までが併設されているが、このどこかの時間軸の『空樹の塔』も同様の造りらしかった。
ただし、水族館ではなく、植物園だったけど。
やはり、時間軸が違うと微妙に異なる部分がある。
誰もいない。
内部はほとんど荒れておらず、誇りが静かに降り積んでいるばかり。
「食料とか、使えそうな物はありそうだな」
ここは、一つの街が丸ごと転移しているみたいだから、民家や商店もありそうだ。
「食べて大丈夫なの?」
でも、平行世界とはいえ、一種の異世界の食べ物だ。不安がある。
「さあな。食ってみればわからぁ」
そんな適当な……と思ったけど、もう食料は乏しいし、背に腹は代えられないか。
先に、レマ・サバクタニに食べさせよう。
塔基部の商業施設を抜けると、公開空地に出た。
この世界の塔と同様、ちょっとした広場になっていて、散策路に小川が流れている。
ここも、やはり小川がチョロチョロと音を立てて流れていた。
「ここの水源ってなにかしらね」
「俺が知るか」
切り取られた空間なのに、水だけつながっているとか? いや、そんな事例は聞いたことないし。
小川を越えるための歩行者用の橋を渡る。
私は、連射ボウガンのセーフティを外して、ハンドルに手をかける。
今では、いちいちレマ・サバクタニの指示がなくても、先回りして戦闘準備とか出来るようになっていた。
慎重な足取りで、大通りに出る。
ここは、障害物がないので歩きやすいのか、赤龍の巡回ルートになっているのだけれど、今の時間は別のルートを辿っている頃だ。
「なんでここを、歩いているか、分かったな」
この大通りは、この世界の『空樹の塔』同様、観光客を当て込んだ飲食店が集まっており、その店を破って備蓄されている食料を赤龍は漁っているのだ。
行動には意味がある。
赤龍の行動は、食料の採取のための行動と知れた。
「腐乱臭がしない。おそらく、転移してそれほど時間は経過していないみたいだぞ」
レマ・サバクタニがくんくんと空気中の匂いを嗅いでいる。
用心深い熊みたいで可愛い。
「小鬼どもの糞尿もない。だから、龍以外に荒されていないんだな。いいぞ、上手くいけば、保存食を補給できるかもしれん」
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