第17話
何度か、こうした小鬼や悪鬼の斥候と遭遇戦を繰り返し、探索は続く。
レマ・サバクタニが持っている「異常な波動を探知」する道具(失笑)は、時折餓死しかけの雛鳥みたいに弱々しく鳴る。
その都度、『要』候補地としてマップにマーキングするのだが、今のところ正解率はゼロだ。
計測するたびに地形が変わる。
それを飽きずに何度も繰り返す。
私も最初は緊張感をもって参加していたのだけれど、だんだん飽きてきて、レマ・サバクタニの背に揺られながらうとうとする始末。
「この野郎、寝てるんじゃねぇよ」
不覚にも鼾をかいていたのか、忌々しげにレマ・サバクタニが鉄槌の柄でガンガンと私が収まっている樽を叩く。
「んが!? 寝てないっす! 寝てません!」
授業中の居眠りを叱責された学生みたいなやりとりになってしまった。
だって、魔導マッピングを使えば瞬時に相互参照できるのに、レマ・サバクタニはトレーシングペーパーを重ねて図形確認をしているのだもの。ブラタモリィーじゃあるまいし。
でも、この時間がかかる原始的な方法で、刻々と変化する地形を把握することが出来た。
地底湖の位置は変わらず。
地底湖から一眼巨人の居住地に至る隧道も変化なし。
一眼巨人の住居も変化なし。だから、一眼巨人はここを安全と見て居を構えたのだろう。
そして経験上この居住地から蜘蛛の巣状に伸びる通路のどこかに深層に至る『要』があると、レマ・サバクタニは言っていた。
地底湖、隧道、居住地と、変化の影響を受けない通路の果てに『要』はある。
「わかったぞ、エリ・エリ!」
一眼巨人の居住地から侵入できる十七の通路のうち、五番通路と名付けた通路が変化の影響を受けておらす、それが北西に十メートルほど続く。
その直線通路の先が「異常な波動を探知」する道具(失笑)が弱々しく鳴いたポイントで、十枚重なったトレーシングペーパーでも同様の反応が示されていた。うそ~ん。それ『モンタン』って名前のオモチャじゃん。
「みろ! この探知機は本物だぜ!」
バフンと、鼻息を荒くするレマ・サバクタニ。
まぁなんて憎ったらしい顔でしょう。パンチしたい。
「尖った鍾乳石を集めて、五番通路に集積させよう」
事態が進展したので、上機嫌だ。
黙々と作業を続けるレマ・サバクタニの横顔を盗み見ながら、私は奇妙な感動をおぼえていた。
魔導技術を使えば一瞬で済んでしまうような作業を、飽くなき忍耐力でコツコツと積み上げ、ついには完遂してしまう。
よく考えたら、魔導技術は人力で行う作業を補完する技術であり、手間を惜しまなければいつかは同じ結果が得られるという、忘れがちだが当たり前の事柄を思い出させてくれた。
『魔導技術がないと、生活できないというのは、政府による刷り込み』
そんなことを、レマ・サバクタニは言っていたが、本当に「政府による人民統制の一手段なのではないか?」……と、思えてきた。
人工的に作成することが出来ないのが『魔導結晶』だ。
その『魔導結晶』は、特異点を潜って我々の世界に侵入した異界生物からしか採取できない。
本当は、地下迷宮などは封鎖することが出来るのにあえてそれをしないか、特異点自体をわざと出現させているといった陰謀論が頭をもたげてくる。
実験室と宿舎を往復するだけの私だったら、「そんなオカルト雑誌『ラ・ムゥ』じゃあるまいし」と一笑に付していたかもしれないけど……。
異界生物による被害は多い。
私が所属していた探査隊のような遭難事故は後を絶たないし、私たちの世界に順応したβ種による襲撃事件も多い。
魔導結晶採取の為に、そのリスクに目をつぶっているとしたら、今の政府のやり方は許せない。
五番通路に近い場所にバースキャンプを移し、ひたすら鍾乳石を運ぶ。
勿論、私も運搬を手伝ったが、半日で筋肉痛でバキバキだった。
レマ・サバクタニは黙々と私の十倍以上の分量を運び続けている。
一時も休まない。そこに『妄執』が見えた。
なぜ、この巨漢は、「そこに行けば、どんな夢もかなう」と言われる『大特異点』を目指すのだろう。
思い切って聞いてみる。
辛い肉体労働から意識をを引き剥がす……という意味もあった。
「本当かどうか知らねェが、『大特異点』は時と空間の交差点らしいぜ。願えば任意の場所と時間に至ることが出来るんだそうだ。俺は、十五年前にどうしても戻らんといかんのだ」
十五年前……十五年前って何があったっけ?
囁き妖精によって上書きされた、私の脳には主な魔導関連の事件がインプットされている。
十五年前、十五年前、十五年前……あ『
『大凶津波』とは、史上最悪で最大級の魔導生物災害のこと。
悪鬼と小鬼で構成された軍勢を、頭のおかしい魔導師が操って世界の七分の一を一時的にとはいえ支配下に置いた騒乱。
これで、一定以上の力を持つ魔導師が『大量破壊兵器』扱いになり、国家による厳しい監視下に置かれる事になったのだった。
魔導因子がある者、ない者で、人類が二分化され、特権階級を生む原因にもなった災厄だ。
「十五年前って、大凶津波でしょ? そこに戻ってどうするの?」
「うるせぇなぁ、口動かさねぇで、手足動かせ」
石柱をひょいと担ぎながら、レマ・サバクタニが言う。
私が引っ張ろうが押そうが蹴ろうが、ビクとも動かなかった石柱だ。すごいパワー。さすが原始人。
「俺はクマモト出身だよ。家族とそこに住んでいた」
クマモトは、遥か昔、
十五年前の『大凶津波』の際も、鎮台の遺構に作られた陣地に籠って、市民を守り最後まで抵抗を続けた『英雄都市』である。
各国は救援を送ろうとしたけど、結局……。
「取り戻す。俺は、そのために、今日まで戦略を練り、牙を研ぎ続けてきたんだ」
十五年だ。十五年もの間、静電気『パチパチ君』と指先ほどのちっぽけな『ヒヒイロカネ』だけを武器に、この男はひたすら地下迷宮に挑んできたというのだろうか?
わたしが移動時に搭乗する樽。
これも、誰かを救出し運搬するため。多分、それは彼の家族。
「国家反逆罪だの、裏市場だの、くそくらえだ。俺は、あの日をやり直してみせる」
ズシンと、尖った石柱を地面に突き立てる。
それを、振り上げた鉄槌でぶっ叩いた。
「どすこーい!」
『要』と目されているポイントに、穴が穿たれてゆく。
私たちは最深層に向けて、一歩を踏み出していた。
地面に食い込んだ石柱に石柱を重ねて、更に地面に食い込ませてゆく。
もう何度鉄槌を振り上げ、振り下ろしたのか、数えきれない。
一撃で地面にめり込むのは、最大でわずか三センチほど。
滝のような汗が、上着をかなぐり捨てたレマ・サバクタニの筋肉がうねる背中に流れていた。
なんだか、声すらかけられない雰囲気。
だから、私は五番通路の入り口に連射ボウガンを向けて、警戒態勢を敷いていた。
ダラけからくる眠気は払拭されている。
レマ・サバクタニの目標を聞いてしまったから。
彼は、規格外魔導師。
地下迷宮に潜る資格がある国家公務員にはなれない。
だから、犯罪者になったのだろう。
「ここは、『当たり』の予感がするぜ」
乱暴に額の汗を指で弾き飛ばしながら、レマ・サバクタニが言う。
規模の大きさや迷宮の変異の頻度で、大特異点があるかどうか類推が可能らしい。
「私も詳しくはないのだけど、過去に遡った時点で、すでに新しい時間軸に分岐しているって聞いたことがあるよ。だから『時間跳躍魔導』は禁忌なんだって」
ふうと息を吐いて、鉄槌を地面に立て、それに寄り掛かってレマ・サバクタニが私を睨む。
私は、彼の視線を真っ向から受け止め、睨み返していた。
「あの日、あの時、俺はただ恐怖の虜だった。戦闘の訓練を受けていたはずなのに、家族を救うために一歩踏み出すことが出来なかった。それを、正す。やり直す。家族を取り戻す。誇りを取り戻す。禁忌など知った事ではない!」
「でも、大罪人になっちゃう!」
世の中の理から外れるのは、怖い事だ。なぜ、この野蛮人は、それを平気で踏み越えてしまうのか?
「今更なんだ。もう、俺には失うものはない」
鉄槌を引っ掴んで、叩き下す。
また、石柱が地面に食い込んだ。
私はただ、犬の様にう~う~唸りながら、なぜかぽたぽたと涙を流していた。
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