第16話
危険な個体「一眼巨人」を、私とレマ・サバクタニのたった二人で倒すことが出来た。攻撃魔法なんてない。装甲被膜をモノともしない魔導武器もない。
親指の先程度の、ジャパネット・タナカ通販番組で入手したらしい小さな『ヒヒイロカネ』、静電気がパチっと弾けるだけの『パチパチ君』、旧時代の遺物『火薬』、そして、私の使いどころがよくわからないので特種にカテゴライズされた『リセット』
これだけの因子で、勝利を捥ぎ取ったのだ。
景品は大人の拳大の、一眼巨人から採取した『魔導結晶』だ。
レマ・サバクタニの話では、ブラック・マーケットに流せば、普通のサラリーマンの平均月収三か月分くらいになるらしい。
大きな塊での結晶は、同等の重さの粒をかき集めたものより商品価値が高いのだそう。
また、縄張り意識が強い一眼巨人を倒したことで、私たちは安全地帯を入手出来た。
しばらくは、ここを起点に更に最深部を目指すことになる。
「生命ってのは、広がっていくもんだ。やがて、ここも世界に順応した、小鬼や悪鬼のβたちに占拠されるだろう。優性遺伝で子を増殖させる奴らが、魔導生物では一番手強いのかもしれないな」
そんな事を言いながら、レマ・サバクタニがチクチク縫い縫いているのは、フェルトと革を張り合わせた私のヘッドギア。
最初は材料を渡されて、私が作っていたのだけれど、
「もういい、貸せ」
と、舌打ちまじりに、レマ・サバクタニに没収されたのだ。
私のあまりのブキッチョ加減に、見ていてイライラしたらしい。
レマ・サバクタニは単独行動が多いせいか、料理も裁縫も器用にこなす。
――いい奥さんにな……。
ああ、筋肉ダルマのエプロン姿を想像して、吐きそうになってしまった。
「大丈夫か? 頭を打った後に吐き気を覚えるのは、マジでヤバいぞ」
お針子の手を止めて、レマ・サバクタニがこっちを見ている。
心配してくれているのに、変な想像しちゃって悪かったなぁと罪悪感。
「いえ、おほほ…… 大丈夫です」
愛想笑いをしてみる。
レマ・サバクタニは途端に白けた顔になって、チクチク縫い縫いのお針子作業に戻ってしまった。気難しい野郎め。
「火薬が足りん。水上戦と一眼巨人戦で、だいぶ消費しちまった。ここらで、一旦帰る頃合いなんだが……」
そういえば、そうだった。
私は遭難者で、目標は最深部を目指すのではなく、地上に帰ることだった。
こんな筋肉ダルマと、危険に挑むのが仕事ではなかったはず。
こんちくしょう、危うく乗せられるところだったわ。
地上に生きて戻れるかも……と、意識すると、急に里心がついてしまった。
鯉軍団の連戦連勝――だったらいいなぁ――を見たいし、ウッメの「世界を釣る」だって見たい。
かぼちゃのプリンだって、食べたい。
携行食で作る「サバクタニ汁」はしょっぱくて、脂っこくて飽きたよぅ。
「じゃあ、早く……」 帰ろうよと、提案する前に、
「この地下迷宮は深すぎる。ショートカットを探すか」
などと、この脳筋は言いやがった。
ここは反転型地下迷宮。時間と空間が歪んだ少し不思議空間。
刻々と地形が変わるのが特徴なのだけど、各階層に一箇所変化しない場所がある。
探索隊全滅時に私が隠れていた小部屋の真上が、偶然それだった。
レマ・サバクタニはそれを『要』と呼んでいる。
そこの床を抜くと、一段階深層に進むことが出来るのだ。
そういえば、ロクな魔導装備もなしに、どうやってその『要』を探り当てたのだろう?
探査型魔導師がいれば簡単に見つかられそうだけど、レマ・サバクタニの能力は静電気がパチっと弾けるだけだもの。
「出来たぜ」
チクチク縫い縫いを終えて、フェルトの裏地のヘッドギアを、レマ・サバクタニが投げて寄越す。
ステッチが揃っているし、小さな花の刺繍まである。
「可愛い……」
思わずつぶやく。
裁縫道具を片付けながら、
「おまえと同じ名前の花だよ」
と、レマ・サバクタニが言った。
荒野にひっそりと咲くのがエーリカの花。
その花言葉は『孤独』。ははは……私にぴったりだよね。
「コイツは、作物も育てられねぇ荒れた地でも、根を下ろして花を咲かせる。細くて小さくて飛ばされそうだが、本当は強いヤツなのさ。お前もな」
鼻の奥が、不意にツンとする。
十八年の人生の中、誰かに認められたのは初めてだったから。
出来上がりを確かめるようにヘッドギアをカポッとかぶった。これで泣き顔を隠すことができる。
不意打ちみたいなクサいセリフを吐きやがった巨漢は、もう次は別の装具の補修に取り掛かっていた。
焚火に照らされた、その大きな背中。私はそれをただ見ていた。
気味悪い一眼巨人の串刺しになった『保存食』を片付け、ベースキャンプを作ると、ここを中心に探索が始まった。
歩き回ってはマッピングし、更に時間をおいてマッピングする。
今のところ、一眼巨人の影響が残っていて、他の魔物の影はない。
レマ・サバクタニは、この一眼巨人の支配地域に、一段深い階層に続くショートカットがあるという確信があるみたいだった。
「どうして、ここに『要』があると思うの?」
彼が背負う樽型背負い子の中で、一応連射ボーガンのリールに手を掛けながら質問をぶつける。
時折、弱々しく「ピ」っと鳴るのが気になってしょうがないのだ。
「異変を察知する装置があるのさ」
それって、すごいハイ・テクノロジーじゃない! って、思ったけど、嫌な予感しかしない。
「まさか、それも……」
「うむ。ジャパンネット・タナカで売ってたんだぜ。この『異変探知機』がよ」
レマ・サバクタニが鼻息をばふんと噴出して、恭しく四角い箱を取り出す。
これ、心霊スポットとか行く頭悪い馬鹿と、それにくっついていくビッチがキャーキャー言って『怖がる私KAWAII!』をアピールする道具じゃん!
たしか、ボタンを押すとダイス振りのシミュレーションが内部で行われて、偏差が大きいと「この場で異常が発生している」と判断するオモチャだっけ?
オモチャですよ、オモチャ!
魔導技術を使った何かかと思ったけど、旧時代の骨董品とはね……
「馬鹿じゃないの、オモチャでしょ」
「なにおぅ! 馬鹿にすんな、馬鹿にすんな!『異常な波動を感じ取って持ち主に異常を知らせる』って、書いてあるぜ」
波動? 波動って何よ? 音波とか光とか発生してるわけ?
思い切り罵倒してやろうとしていた私を察知したかのように、レマ・サバクタニの探知機が、弱々しく「ピ」と鳴る。
ぷっと吹きそうになった私の側頭部をかなりの衝撃が襲った。
首がグキっなる。
「くそ! 悪鬼の斥候だ!」
小鬼より大型で知恵もある魔導生物が悪鬼だ。
猪と人間をミックスしたような頭部に、スモウ・レスラーを思わせるでっぷりとした体格。
高度に組織化されていて、個体数は小鬼より少ないけど、危険な人型戦闘種族がコイツら。
知能も高いので、複雑な道具も使う。
多分、私が受けたのはスリングを使った投石。
ヘッドギアをしていなかったら、大怪我するところだった。
レマ・サバクタニは常に鉄兜で頭部を守っているが、こうした不意打ちを避けるためだったのね。
「エリ・エリ! 大丈夫か?」
小盾を投石があった方に向けながら、レマ・サバクタニが言う。
「大丈夫。だけど、あったま来た! ぶっころす!」
「お前、口悪くなったなぁ。まあいいや、斥候が無事に帰ると、本隊が来る。皆殺しにするぞ」
また探知機が、弱々しく「ピ」と鳴る。
走りながら、レマ・サバクタニが小盾で顔面を守る。
ガチンと、飛来した礫を小盾が弾いた。
「見えた! あそこだ!」
鍾乳石の脊柱の陰に、コニシキの胴体に猪っぽい頭部を乗せた悪鬼が見えた。
「いっけぇえ! 鉄人!」
と、古いアニメーションのセリフを叫ぶ。前回の戦闘から、ちょっと癖になったみたい。
「ガオーン……って、誰が28号だ」
こんな古い作品を知ってるのか、サバクタニ。いい趣味しているじゃん。私、アクションフィギュア持ってるし。不恰好可愛いよね、鉄人。たまに、一人でお人形遊びしてました。
首をコキコキと左右に振って一撃を受けたダメージがないのを確認して、連射ボウガンの安全装置を外す。
休憩時間中に予備マガジン二個作ったし、万全だ。
でも、矢の本体が欠乏してきたから、一射一射大事に使わないと。
レマ・サバクタニは、その巨体にかかわらす機敏に左右に動いて、スリングの狙いを定めさせない。
そうやって、距離を詰める。
投石紐スリングは強力な武器だけど、遠心力で加速させる時間が必要。
接近戦向きではない。
悪鬼はスリングを投げ捨てて、腰の剣を抜いた。
背負っていたらしい戸板みたいな盾を構える。
部下への号令か、雄叫びか、野太い咆哮がひときわ体格がいい個体から上がる。
ガンガンと盾を剣の柄で叩いて、五体ほどの部下が吠えていた。戦いの歌らしい。
「やっちまいな!」
負けじと私が叫ぶ。
「おうよ!」
とレマ・サバクタニが応じる。
この小隊の隊長に向かって、一直線。
喧嘩の鉄則は、敵の大将を潰すことなのだそうな。
「一撃必殺!」
大きく踏み込んで、巨大な鉄槌を横殴りに振る。
悪鬼の隊長が盾でそれを受ける。
「甘えぜ! 豚野郎」
口汚く罵って、グンっと鉄槌を振り抜く。
粗末な戸板みたいな盾は、その一撃でバラバラになり、悪鬼の隊長があまりも大きな衝撃にのけぞる。
ドンと鉄槌の底面の火薬が爆発する。
悪鬼を覆う装甲被膜を鉄槌先端の『ヒヒイロカネ』が突き破って、盾を持っていた左手ごと胸甲に食い込んでゆく。
隊長を救おうと、悪鬼たちが駆け寄ってくる。
私の射界に一体悪鬼が入ってきた。
レマ・サバクタニの背後をとるつもりらしい。
「させるかぁ!」
おらおらおらおらおら……と、リールをぶん回す。
立て続けに三本の爆裂矢が飛んだ。
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