第11話

「カエルじゃあるまいし、鮫に手足なんかないわよ!」

 おもわず、レマ・サバクタニにつっこむ。

 チラリとみたけど、この鮫のような何かの脚は妙に生々しくて、無駄にスラッと長くてイケメン風の脚なのだ。すね毛がすごいけど。

「うちは砂漠出身なんで、海とは縁がねぇが、鮫のことは知っているぜ。馬鹿にすんな。青みがかった胴体、平たい頭部、大きく裂けた口、側面のエラ、鋭い背びれ、そしてあの眼、鮫そのものじゃねぇか」

 いやだから、手足の時点でおかしいから。

 もういいや、鮫で。

 ザザザ……と、水面を飛び跳ねて、『レマ・サバクタニ号』がUターンする。

 私はサドルを腿で挟み込み、まるでJ国に伝わる拷問法『セイザ』のような姿勢を発明し、衝撃と激しい揺れに対応する術を、この短時間で身に着けていた。

 乙女にあるまじき、股を広げた「あの」恥ずかしい格好よりマシだし、膝と腿で衝撃を吸収するから尾骶骨を打たないで済む。

「……二十五、二十六、二十七……そろそろ、火薬推進疾走ロケットダッシュが終わるな。このままだと、ジリ貧だが、さてどうするか」

 そんなことを言いながら、一直線に鮫のような何かに向かってレマ・サバクタニが突っ込んでゆく。

 杭打機付の盾を構えて。

 まるで古の時代の槍騎兵の突撃チャージの様に。

 巨大な龍に挑む騎士物語の勇敢な主人公の様に。


 ちょっと、カッコイイ……かも。


 少なくとも、私はこうした英雄譚の登場人物になれたような、奇妙な昂揚感があった。

 水面を走る鮫のような何かが、形はいいけどその図体の割に矮小な手足をばたつかせて突っ込んでくる。

 ガパッと開いたのは巨大な口。

 幾恵にも重なって短剣の様な牙が、びっしりと生えている。

 それに、すごく臭い。

 まるで、小便を煮詰めたような悪臭だ。

 思わず吐きそうになって、生唾を飲み込んだ。

 それと同時に、私の胸に灯った勇気が萎びて消える。


 怖いし、臭い。


 臭いし、怖い。


 この恐ろしい物体に、チキンレースを仕掛ける男とか、頭がおかしいとしか思えない。

 ちょっと、「カッコイイ」とか、脳内のアドレナリンの噴出で少しオカシクなっていたに違いない。

「いくぜ! この クソ鮫!」

 ゲラゲラ笑いながら、盾を構えてレマ・サバクタニ突進する。

「無理! 無理! 無理! 無理! 無理! 無理! 無理! 無理! 無理! むりぃ!!」

 私の悲鳴や抗議など、全く聞く耳を持たない。

 鮫のような何かと正面からぶつかった。

 ドンと杭打機が作動して、鮫のような何かの鼻面に杭が打ちこまれる。

 私が振り落とされなかったのは、奇跡だ。

 この世界に現れた魔導生物に等しくある『装甲被膜アーマースキン』をヒヒイロカネが突き破って、鮫のような何かに杭が刺さる。

 絹を引き裂くような意外とか細い悲鳴を上げて、鮫のような何かが暴れた。

 私たちは空中を舞い、鮫のような何かの背に着地しすると、金具をガチャつかせて、レマ・サバクタニがその背の上を走る。

 火薬推進疾走ロケットダッシュ装置は「プスン」という音を立てて停止し、黒煙を上げた。

 レマ・サバクタニはつんのめるようにして走りながら、盾を下に向けて、ドンドンドンと連続で杭打機を作動させている。

 その度に鮫のような何かの背に穴が開き血が噴き出たが、鼻面に打ち込んだ時ほどの反応はない。

 鮫は鼻の部分に匂いを感じ取る感覚器官があるのだけど、この鮫のような何かも同様なのかもしれない。

 キモい鮫モドキが潜航する。

 私たちは、水面に残された。

「くそっ! 効いてる様には思えねぇ」

 空になった弾倉を抜いて、予備の弾倉を嵌め込みながら、レマ・サバクタニが言う。

「爆雷でなんとかならないの?」

「相手がデカすぎる。爆圧で驚くだろうが、大きなダメージは与えられんな」

 私の問いに、レマ・サバクタニが考え込む。

 魚探のビープ音が、大型の魚影が接近している事を示していて、私は軽いパニックに陥っていた。助けてウッメ!

「確認するが、お前の『再起動リセット』、食い千切られた傷を再生するときは、千切られた肉辺はどうなるんだ?」

 私の魔導『再起動』は、生命体に起きた事象を無かった事にする。

 従って、肉体から離れたものは、無かったことになり消滅してしまう。

「そして、『再起動』は生命にのみ作用するんだな?」

 アミノ酸の有無とか、それが魔導発動の条件になるわけではない。

 とにかく「生きている」ものに私の『再起動』は作用する。

 では、「生きているってなんだろう? 生きてるって何?」となると、もう哲学の分野になってしまうのだけど。

 レマ・サバクタニが何を考えているかわからないけど、どうせマトモなことではない。

「よし、イチかバチかだ。エリ・エリおめぇを信用するぜ」

 ああ……嫌な予感しかない。

 サーチライトに、巨大な魚影が私たちを中心に円を描いているのが浮かぶ。まるで、本物の鮫の様に。

 三角の背びれが水面を切り裂いていた。

 レマ・サバクタニは、必死に脚で水を蹴って常に鮫のような何かに相対するように姿勢を制御している。

 こんな冷たい水に浸かっていても、レマ・サバクタニの首には滝の様に汗が流れていて、重労働なのだろうなと思う。

 水を掻きながら、彼は左腕の手甲を外して腕まくりをする。

 そして、紐付きの投擲する爆薬『爆雷』をまとめて五個絡げ持った。

「今から、俺の腕を鮫に喰わせる。お前が頼りだ、エリ・エリ。覚悟を決めろ」

 レマ・サバクタニが、淡々とそんなことを言う。

 喰わせる? 喰わせるって何?


「来た! いくぜ! 一撃必殺!」


 ドドンと二本目の、火薬推進疾走ロケットダッシュ装置が作動する。

 水上をバウンドして、『レマ・サバクタニ号』が疾走する。

 巨大な鮫のような何かの口がガバッと開く。

 まるで獣のような怒号がレマ・サバクタニから上がる。

 キュルキュルキューンというまるでカナリアみたいな、鮫のような何かの叫び。

 見た目と合ってないから! 悉くキモいんですけど、鮫のような何かはっ!

 そして、激突。

 空気で膨らんだフロートがクッションになって、私たちが粉々になることはなかったけど、かなりの衝撃だった。

 ドンドンドンと作動するのは、杭打機構。

 敏感な鮫のような何かの鼻面に穴が開く。

 同時に、レマ・サバクタニが、むき出しになった左腕を鮫のような何かの口に突っ込む。

 バクンと口が閉じられ、筋骨隆々たるレマ・サバクタニの腕は、ウエハースの様に喰千切られていた。


「何やってるの! 馬鹿じゃないの!」


「いてぇ、死ぬほどいてぇ」


 衝突の衝撃にズリ落ちそうになりながら、レマ・サバクタニの後頭部を思い切りぶん殴る。

 いや、本当は触れるだけでいいんだけどね。


「り、り、『再起動リセット』!」


 わーわー! また、能力名を叫んでしまった。恥ずかしい!

 喰千切られた、レマ・サバクタニの左腕が、「喰千切られてなんかなかった」状態に時間が巻き戻る。

 ただし、生命ではない『爆雷』は鮫のような何かの口腔内に残ったまま。

「投げ込むだけでよかったんじゃないの?」

「最後の爆雷なんでね。確実を期したのさ」

 装甲被膜は、体腔内には及ばない。

 表面表皮を覆う謎の物質なのだ。

 どんな名剣も、どんなに強力なライフルも貫くことは出来ない。

 途轍もなく優秀な防弾チョッキを着ていると考えればいい。

 防弾チョッキを着ていても、着弾の衝撃や爆圧で内臓や骨にダメージがあるところも似ているかもしれない。

 今は、魔導による疑似的な装甲被膜が開発されて、防弾チョッキなんか骨董品扱いだけど。

 その装甲被膜も万能じゃない。

 被膜の内側で爆発が起これば、その衝撃波は被膜内部で何度も反射してダメージは何倍にもなる。

 レマ・サバクタニが狙ったのはそれだ。

 私の『再起動』を、敵の内部に爆薬を送り込むための仕組みに使うなんて、野蛮人のくせに、そんな発想よくできたものだ。

 いや、野蛮人だからこそ、固定観念に囚われなかったということか。

「カマボコにして食おうかと思ったが、小便くせぇからやめだ。あばよ、鮫」

 レマ・サバクタニの能力『パチパチくん』が、鮫のような何かが飲み込んだ爆雷に点火する。

 装甲被膜の影響で爆風は無く、鮫のような何かを中心に衝撃だけが伝播する。

 衝突の衝撃で左のフロートに穴が開いたのか、左に傾いた『レマ・サバクタニ号』が発生した波に縦揺ピッチング横揺ローリングを繰り返しながら、疾走する。

 鮫の形をした極彩色の塊が、シャボン玉が弾けるように消えた。

 生命活動が終わると同時に、装甲被膜が消滅したのだ。

 内臓と軟骨と血と歯に分解された鮫のような何かが湖面に汚い染みを残して沈んでゆく。

 鼻が曲がりそうなほど臭い。

 水中を伝播した衝撃波に気絶した蜥蜴人が白い腹をみせて、いくつも浮かんでいる。

「あ、あ、ちくしょう! 魔導結晶が回収できん! とまれ、このポンコツが!」

 火薬推進疾走ロケットダッシュ装置は、燃焼しきるまで止まらない。

「あきらめて、この間に距離を稼ぎなさいよ、この馬鹿」

「くそ! くそ! 大赤字だぜ!」

 水面を飛ぶように走りながら、私たちは地底湖の奥へと進んで行った。

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