第5話
まるで、レマ・サバクタニの荷物の様に、背負子に座っている。
「虫がとまっているようなものだ」
の言葉の通り、人一人背負っているにもかかわらず、汗一つかかずに彼は通路を進んでゆく。
その道すがら、私は第三十七探索隊が全滅してしまう原因となった腐蝕性の『粘性生物』の話をしていた。乞われたのだ。情報収集ということで。
恐怖の追体験はとても辛いのだけど、この野蛮人は気遣いなどしてくれない。
言葉が出なかったり、泣きそうになったりしながら、その時の様子を話していたのだけど、レマ・サバクタニは、苛立つこともなく、急かすこともなかった。
ただ、黙々と歩いているので、果たして私の話をきいているのかと心配になった頃、「小鬼か悪鬼の罠だろうな」と、ぽつりと言う。
危険な相手と戦ったわけではない。
小鬼や悪鬼は『装甲被膜』も薄く、魔導師でなくても倒せることがある、小物だ。
「いわゆる『嵌め手』を使われたのさ。斥候が天井を見落とした。何か注意を惹くものを地面に設置していたに違いない。それで、罠の真っ只中に踏み込んじまった」
前衛と後衛に挟まれて、輜重隊が隊列の中央に居た。
その輜重隊の上から、大量の『粘性生物』が落下してきたのだ。
結果、陣形は前後に分断され、魔導支援を受けられない前衛の重装歩兵は壊滅。
歩兵の支援を受けられない魔導師隊は、じわじわと削られてしまった。
「そんな戦略、小鬼や悪鬼どもが立てられるでしょうか?」
ふん……と、レマ・サバクタニが鼻で笑う。
「知るかよ。だが、現実に策を立てられ、お前を残して全滅した。指揮官が無能だからだよ」
なんて言い方だろうと思う。
この野蛮人とはわずかな間しか行動していないけど、これだけは分かる。
デリカシーってものが無いのだ。
「そんな言い方、あんまりです。エイブラムス師は、立派な方でした」
抗議をする。本当に、私はどうなってしまったのだろう。
こんな見た目が恐ろしい男に反論するなんて。
「どうせ、その『ご立派』な魔導師様は、分断された前衛を救出しようとしたんだろ? それが馬鹿だっていうんだよ」
カチンときた。
孤立した仲間を救おうとする高潔な態度の、何処が馬鹿だと言うのか。
肩ごしに、レマ・サバクタニが振り返る。
怒っている私と目が合った。
「俺がその指揮官なら、即撤退する。そうすれば、三割の隊員は助かった。その『ご立派』な行動のおかげで、どうなったか、見ただろうが」
吐き気がこみあげてくる。あの地獄のような撤退戦がフラッシュバックする。
たしかに、ぐずぐずと戦場に居残ったから、包囲されてしまったのだけれど……。
「いい指揮官は、損害を最小限に抑える指揮官だ。『ご立派』な『英雄的行為』に付き合わされて、おっ死んじまうなんて、俺ぁ御免だね」
なんて冷たい声。そして、なんて冷たい目だろう。
レマ・サバクタニの灰色の瞳が、まるで冬の荒野の様だった。
「さて、現場についたようだぜ。おしゃべりは、ここまでだ」
『粘性生物』に襲われた地点につく。
地面には、杭が打ってあって、鎖の先に首輪があった。
私は後衛の最後尾にいたのでよくわからなかったけど、これが視線を下に集めるための仕掛けだったのだろうか。
よく見ると焼け焦げた荷車の脇や影に、まるできれいにしゃぶった後のような白骨死体が転がっている。
輜重隊の方々だろうか。『粘性生物』はなぜかカルシウムを消化しない。
タンパク質を好むようだ。
何を分泌すればそんなことが出来るのか研究された事が、科学雑誌に書いてあったけれど、結局詳しい事は分からず仕舞いだったと思う。
結論は……
「骨が嫌いなんだろうね」
……だった。異界生物に関しては、科学など無力だ。
物言わぬ白骨死体を見ていると、胸が詰まる。
つい先日まで、レーションを分配してくれたり、こっそり飴玉をくれたりした人たちだった。
不意に何か酸っぱい物がこみあげてきた。
「吐くな、バカ。くせえだろうが」
その無神経なレマ・サバクタニの言葉にむかっ腹が立って、なんとか食道まで上がってきた胃液を嚥下する。
嫌な奴。本当に嫌な奴だ。
震える手で、ポケットの飴玉を取り出して口に放り込む。
薄荷の香りが広がって、多少気分はよくなった。
レマ・サバクタニは、幾つもつながっている杭と鎖を見ていた。
「第三十七探査隊の前に、第十八探査隊が、ここに潜ったんだったな?」
本格的な第十七地下迷宮の探索を始める前に、先遣隊と送られたのが、第十八探査隊だった。
地下二層から三層に入るという伝令を最後に、ふっつりと行方が分からなくなった探査隊である。
第三十七探査隊は、彼らの遭難救助の任務も背負っていた。
結局、二重遭難になってしまったけれど……。
「多分、鎖でつながっていたのは、第十八探査隊の死体だな。肉を喰わないで囮に使う程度の知恵はあるってことか」
せっかく収まった吐き気が、その話を聞いて再びこみあげてくる。
そうなのだ、異界生物にとって、人間はおもちゃであり、食料。
ただ殺すのではなく、なるべく苦しめて嬲り尽くすようにして殺すと言われている。――まるで、人間に対して無限の憎悪があるかの様に。
レマ・サバクタニが油断なく周囲を警戒する。
当然ながら陽が差さない地下は暗い。『鼻をつままれてもわからない』という表現があるが、レマが持っているクロムウェル師のランタンの光が届く範囲の外は漆黒の闇だ。
探査隊が隊列を組んでいた時は、皆が松明やランタンを持っていたので、明るかった。今は、レマ・サバクタニのランタンだけ。
視界の悪さが、恐怖を助長する。
「嫌な地形だな。不用意に、ここに入ったのかよ」
舌打ちして、独り言をいう。
第三十七探査隊が待ち伏せを受けたここは、緩やかにカーブした狭い通路。
つまり、人数の多さが生かせない地形だ。
中段の輜重隊が曲がり角に差し掛かった瞬間に、罠が作動した。
後衛の魔導師隊は地形と異界の『粘性生物』に邪魔されて、孤立した前衛を助けることが出来なかったのである。
「くそ、ここだけ天井が低いな」
上を見上げて、レマ・サバクタニがつぶやく。
天井には『粘性生物』を収納する仕掛けがあり、それを管理するためのキャットウォークがあるみたいだった。
つまり、小鬼か悪鬼たちは、混乱に乗じキャットウォークを伝って我々の背後に出現、奇襲をかけたということだろうか。
「これで二勝してやがるから、自信満々だな。さあ踏み込んでみろと言わんばかりじゃねぇかよ」
そう言いながら、レマ・サバクタニが、腰に下げた『頭生りの兜』をかぶる。
顔面を護る面頬はなかった。
私も慌てて、座席の脇のフックにある同じデザインの兜をかぶった。
多分、探査隊の誰かの遺品だと思うのだけど、加齢臭がして臭いうえに、大きすぎてずり落ちてくる。
いちいち目に被さってくる兜を押し上げないといけないのが、地味にウザい。
「振り落とされるなよ。教えた通り、両手足を内部で突っ張って、体を固定しろ。落ちても、拾ってやれないからな」
レマ・サバクタニが、首を回してコリをほぐし、手首をプラプラさせてストレッチをしている。
まさかこの男は、A国最精鋭の第三十七探査隊が屈した連中相手に、単独で挑むつもりなのだろうか?
「罠だと? くそ小鬼の分際で、しゃらくせぇ! 行くぜ!」
いきなり、地面にハンマーを突いて地面を蹴る。
グンッと加速して、私は樽の内部に頭をぶつけた。
兜をかぶっていなかったら、私、多分、死んでる。
一抱えもある、異界の『粘性生物』がボタボタと振ってきた。
触れれば皮膚は爛れ、飲み込まれれば骨を残して溶かされる。
レマ・サバクタニは、その長身を生かして風のように駆けているが、絶対に間に合わない。もう、半分は地面を『粘性生物』が埋めているのだ。
私の悲鳴が、風に千切れて後方に飛んでゆく。
信じられないことに、レマ・サバクタニはゲラゲラと笑っていた。
ハンマーが地面を突く。
どういう仕組みなのか、ドドドドドンと、同時に『薬莢』が爆発した。
薬莢を収納するシリンダーの中央にある、数倍は大きな『薬莢』も爆発したのか、ひときわ大きな爆発音が、響き渡る。
我々は、地面に並行して飛んでいた。
ハンマーの推進剤となる火薬を同時に爆発させて、通路が『粘性生物』にふさがれる前に、飛越してしまったのだ。まるで我々自身が砲弾にでもなったかのように。
着地と同時に、レマ・サバクタニが体勢を崩すことなく、走る。
私の耳元で、ぴゅるぴゅると風が鳴った。
「エリ・エリ撃て! 撃って撃って撃ちまくれ! お前の仲間の敵討ちだぞ!」
粗末な槍を構えて、小鬼がドッと前に出てくる。多い! 多分二十匹以上はいる。
だけど、レマ・サバクタニは怯まない。
さらに踏み込みを加速させて、槍衾の中に突っ込んでいった。
キャットウォークから小鬼が飛び降りてくる。私たちの背後を襲う気だ。
これも二十匹以上はいた。
「このぉ!」
なんと私が雄叫びなんかを上げて、連射ボウガンを作動させるリールを巻く。
魔導水晶の共振を利用して映像や音声を同時発信する『魔導鏡』の人気番組
『タツオ・ウッメ 世界を釣る』
で、カジキマグロをヒットしたタッちゃん(タツオの愛称)みたいだなぁと、私の中の冷静な私がつぶやく。おかげで、少し恐怖が緩和された。サンキュー、ウッメ。
本当は、大の大人が思い切り力を籠めないと引けない弦なのだが、リールの『ギア比』の関係で、私の様な非力でも弦を引くことが出来る。
ただし、いっぱい回さないといけない。ウッメみたいに。
リールを回すのに必死で、狙いなんかつけられない。
だけど、この矢は着弾先で爆裂するので、それだけで効果がある。
爆風に押された小鬼が、『粘性生物』の上に倒れて、悲鳴を上げていた。
「ざまあみろ! ざまあみろ!」
私は叫びながら、ひたすらリールを回していた。
レマ・サバクタニは、槍衾にそのまま飛び込む。
我々には意味が分からない早口の言葉で、小鬼が怒鳴っていた。
横薙ぎに、ハンマーを振るう。
ハンマーの先端についた、うさんくさい『ヒヒイロカネ』が、彼らの装甲被膜を破って、まとめて五・六匹が吹っ飛ぶ。
レマ・サバクタニの体は、思い切りハンマーを振っても軸がぶれない。
果敢にも盾を構えて突進してきた小鬼を、流れたハンマーを一瞬で引き戻し、盾ごと叩き潰してしまう。
木製の粗末な盾は、木端微塵になり、頭にぶち当たったハンマーは、この小鬼に頭蓋を砕きながら胴体にめり込ませる。
レマ・サバクタニがハンマーを振るうたびに、悲鳴が上がる。
笑っていた。
彼は、この一方的な殺戮の最中、ずっと笑っている。
異界の生物は無限の憎悪があると私は評したけど、この男にも昏い憎悪がぐつぐつ煮えてるのが見える。
私は、このレマ・サバクタニという男が、ただ怖かった。
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