第4話
サバクタニという苗字は、
『砂だらけの荒野にある渓谷』
というJ国語がベースになっているそうだ。
彼の遠い祖先にJ国人が混じっていて、そのJ国人のご先祖様が砂漠にすむ部族に帰化したときにつくった氏族らしい。
レマというファーストネームは酔っぱらった彼の父親が適当につけたものだという。
それが偶然、とある神聖な言葉と合致したため『力ある言葉』となったのだろう。
私は樽の中に蹲るようにして移動することになった。
レマ・サバクタニという名の野蛮人が背負っている、樽型の背負子の中だ。
ちょろちょろ歩かれて、罠にはまったり、道に迷ったりしたら、かえって足手まといという判断だった。
レマは粗暴な外見だが案外器用で、樽をナイフ一本で穴をあけ、拾ってきた盾を張り付けたりして、数時間で私が座ることが出来るように改造してしまった。
今、私はまるで父親に背負われた子供の様に、レマの樽型背負子に彼と背中合わせになった状態で、腰かけることになる。
人を一人背負って重くないのか? と思ったけど、
「てめぇなんざ、虫が止まってるようなものだ」
と言われてしまった。せめて『小鳥』くらいにしてほしい。虫って、ひどい。
樽の側面には、もともと樽に入っていた大小様々な木箱が張り付けられ、一種の中空装甲の役割をしている。レマの背面(私から見れば正面)には、探査隊の護衛兵士の盾を彼がどこからか拾ってきて樽に結び付けている。
その盾の上辺には、手回し式の連射ボウガンが備え付けてあって、
「いざという時は、とにかく矢をばらまけ」
と言われていた。
矢には、火打石式の発火装置がセットされていて、硬い物に当たると、矢じりの後ろにある火薬が爆発する仕組みだ。
これは、エイブラムス師らが遣った『光の矢』よりはだいぶ威力は小さいけれど、集団で襲ってくる『小鬼』や『悪鬼』や『喰屍鬼』あたりには十分効果があったそうだ。
『装甲被膜』を破ることはできなくても、爆発の圧力で敵を寄せ付けなくすることはできるのだろう。
異界の生物との戦闘は、剣の様に鋭い切先や刃で傷つけたり、銃や矢などの飛び道具で貫通傷をつけたりすることを狙うより、ハンマーや爆薬で吹き飛ばす方が、魔導使用を前提にしないのなら、理にかなっている。
魔導技術が発達する以前、人々はそうやって異界の生物と戦ってきたのだ。
レマ・サバクタニという巨漢は、こうした地下迷宮の単独探索に慣れているみたいだった。
殉職率の高さから、常に募集に苦慮している
『地下迷宮探索のための人材育成センター』
に登録すればそこそこいい給料をもらえるだろうに、この野蛮な男はそうしない。
「行動が制限されるだろうが。それに馬鹿な大将にあたったら、命がいくつあってもたりねぇよ」
まぁこの男、集団行動に向いているとは、思えないけど。
男がハンマーを担ぐと、その鉄塊が私の目の前に来る。
乱暴に造った円錐形で、その先端に赤銅色をした金属が嵌め込まれている。
これが『ヒヒイロカネ』。
魔導師の間でも都市伝説扱いされている、謎の魔導金属。
ミスリル銀やオリハルコンよりも、希少な金属なのだ。もしもこれが本物ならば。
だけど、実際に『死霊使い』には効いた。
本物の『ヒヒイロカネ』かどうかは別として、何らかの魔導金属体であることは間違いない。
これが、通販番組で売られていたとは、にわかには信じがたい。
そして、人力では発揮することが出来ない衝撃を発生させる仕組みが、底面に仕掛けてあった。
火薬が詰められた金属筒(これを『薬莢』とレマ・サバクタニは呼んでいる)をはめこむスペースが六つ円形に並んでいたのだ。
そしてその円の中央には、ひときわ大きな『薬莢』をはめるスペースがあり、それがどんな威力を生むのか、私には想像できない。
「こいつを使うと、俺にもダメージが出るからな。めったに使わん」
と言っていた。
魔導技術の進歩で廃れたものが、火薬だ。
そんな物を使わなくても、魔導に志向性を持たせるだけで、大砲並みの威力が出せる。
それに、銃などから弾丸を発射させる際、火薬の爆発が必要だが、懐古趣味で所持するクラシカルな『火打石式銃』や『火縄銃』以外の方式だと、発火させるための『雷管』という仕組みが必要だ。
火薬自体があまり使われなくなったので、雷管のための『ジアジゾフェノール』生成技術は失われて久しい。
そもそも、化学や物理などは、『魔導化学』や『魔導物理学』にとって代わられており、考古学やパズル遊びの範疇だ。
ちなみに、実は私、古典的な化学のファンなのです。
好きな化学反応は、なんといっても『キサントプロテイン反応』!
アミノ酸でベンゼン環をもつ物質がニトロ化されることによって呈色反応が示されるのだけど、それが可憐な黄色で可愛いから。
手指に硝酸が触れると黄変するのは、この『キサントプロテイン反応』が起こっているからなのです。
まぁ、今の時代、硝酸なんか扱う機会はないけど。
話は脇にそれてしまったけど、火薬はこのような化学物質。したがって、扱いが難しい。暴発の危険や吸湿による劣化だってある。
魔導エネルギーの良導体である『魔導結晶』の方が、安定していて加工もたやすい。
なのに、サバクタニは魔導の代替に火薬を使う。
魔導技術がないのだから、仕方ないのだろう。
「あほう。俺も魔導師の端くれよ」
という、レマ・サバクタニという野蛮人の言葉は私の十八年間の人生で三番目位に驚いた言葉だ。
どう見ても、脳みそまで筋肉の野蛮人なのに、魔導師ですって?
魔導師なら、満十六歳になったら受ける『国民検査』で国家公務員になるはず。
最下級の丁種Ⅲ級魔導師(通称:丁/Ⅲ)でも、国民の平均月収の倍の賃金を支払われており、福利厚生や恩給制度などを考慮すれば特権階級だ。
公務員の子弟しか公務員になれないと言われる現在の貴族様『国家公務員』に平民が食い込むには、この『国民検査』しか手段がなく、無料で受けられる一度限りのチャンスなのだ。
それに漏れたという事は、この野蛮人には『魔導因子』が無かったか、種外に分類されるほど少なかったという事。
背負子を作り直す作業の合間、レマ・サバクタニが皺くちゃの紙を見せてくれた。
何かの宣伝のチラシだった。
そこには……
『あなたの眠った可能性を、「遺産管理庁」の方からきた元・特種魔導師と言われているゴーダマ・シッタカブリスケッタ師が、発掘する感じで何かします』
(原文ママ)
……と、書いてあった。
「う……うさんくさ……」
思わず、呟く。
それを聞きつけたレマ・サバクタニは気分を害したように、そのチラシをひったくり、丁寧に畳んでポケットにしまう。
「シッタカブリスケッタ師の悪口はやめろ。『国民検査』で、『魔導因子ゼロ』と判定された俺が、魔導を使えるようになったんだから、彼は本物さ」
『国民検査』でゼロ判定されるのは珍しい。
なんらかの魔導因子をもっているのはA国の場合、全国民の九十七パーセント。
そのほとんどが『種外』であるが、レマ・サバクタニの様にゼロではない。
ほんの小さなことを、あたかも凄いことの様に見せかけ、『能力がある』と思い込ませる『アルアル詐欺』が横行するのも、それが理由だ。セミナー代金や教材費で金銭を騙し取るのが、その手口。
現代の貴族階級である『国家公務員』になれば、元がとれると信じて、再検査申請窓口に騙された者が並ぶ。
「ひょっとして、騙されていませんか?」
私は、この野蛮人がなんだか可哀想になってきていた。
憐憫の表情が私の顔に出たのだろうか、レマ・サバクタニはムスッとした顔になって
「俺は、雷撃系の魔導師だ」
……と、言い始めた。
雷雲を呼び、落雷させる魔導技術はある。
生体電気をスパークさせる魔導技術もある。
だが、レマ・サバクタニが見せたのは、小さな小さな静電気だった。
――たしかに電気ではあるけど……。
魔導を使わずとも、冬にセーターを脱いだり、ドアノブに触ったりすれは、パチっと出るアレ。
「いいんだ。これで十分さ」
レマ・サバクタニは、『種外』に分類されるであろうこの『静電気』で満足しているらしい。
ちっちゃな『パチパチ君』が出るだけなのに。
そして、親指の先程度の『ヒヒイロカネ』。
たった、これだけを頼りに、精鋭第三十七探査隊でも敗退した地下迷宮に挑もうとしている。
この男の付属品のように、背中に居るのが『特種魔導師』の私。
発動条件がシビアすぎて使い途がわからないレア能力『再起動』。
「座り心地は悪いだろうが、まぁ我慢しろ。後方への警戒を怠るな。動くものは皆敵だと思え。ここにはもう、俺たちしかおらん。ためらわず、撃て」
据え付けられた、連射ボウガンの据わりを確認する。射角は六十度。仰角は±三十度というところか。
教えられた使い方を頭の中で反芻し、
「はい」
とだけ、答えた。
ぐうっと視界が上がる。
私を背負ったまま、レマ・サバクタニが立ち上がったのだ。
私の身長は、公称百五十センチ。実測は百四十七センチ。
約五十センチ視点が違うだけで、こうも見える世界が違うものなのか。
「よし、では潜ろうか」
ガシャっと鉄槌が肩に担がれた。
私とあまりにも歩幅が違うので、まるで走っているかのように景色が流れてゆく。
どのみち、私はレマ・サバクタニに付いていかないと、地上には戻れない。
知識も戦闘能力もない私では、生還はおぼつかない。
「いくぞ、エリ・エリ」
「了解です、レマ・サバクタニ」
エリ・エリ・レマ・サバクタニ ああ、神よ、神よ、我らを見捨てたもうな。
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