第6話
押し寄せてくる小鬼の群れ。
たった一つのランタンと、発光地衣類の薄明りの中、赤く奴らの目が光っている。
粗末な武器を振りかざし、甲高い鬨の声を上げて次々とレマ・サバクタニに襲い掛かって来ていた。
だけど、第三十七探査隊全滅の原因を作った伏兵は、私の連射ボウガンに牽制されて、我々の背後を衝けないでいる。
ひたすらリールを回し続けていた。
着弾すると爆発し破片をまき散らす爆裂矢が放たれる。
この小さな爆発では、小鬼の装甲被膜を破る事はできないけど、怯ませたり、壁面に叩きつけて出足を鈍らせたりする効果はあるみたいだった。
三つある矢二十本入りマガジン。すでに一つを使い切り、二つ目も残すところあと数本だ。
「矢を使い切りますっ」
喧騒に負けないように、声を張り上げた。
そう言っている間に、二つ目のマガジンが空になる。
リールを回し続けていた私の右手は、疲労と緊張と恐怖でブルブルと震えていて、マガジン固定を解除するレバーが汗で滑って何度もやり直す。
「最後のマガジンを入れたら、合図しろ!」
怒鳴ったレマ・サバクタニのハンマーが唸りをあげて横一文字に振られた。
親指の先ほどのちっぽけな『ヒヒイロカネ』が、小鬼の装甲被膜を破り、重さと遠心力でその肉体をひしゃげさせ、吹き飛ばす。
その度に、私は樽の内部に叩きつけられて、多分体中が痣だらけだろう。
痛いし、怖い。でも、気を失ったり、腰を抜かす暇はなかった。
「かっ……変えますタ!」
セリフを噛む。『変えますタっ』て何?
「撃ちづづけろ!」
レマ・サバクタニがそう言って、くるりと反転した。
今まで彼が押し込み続けていた敵と、私が相対する格好になった。
多い! なんという数だろう。これらが皆、こっちを殺す気で向かって来ている。
この小鬼の群れに、あの武骨な鉄槌一つで立ち向かっていたというのか?
「叫べ! 鬨の声を上げろ! 手を動かせ!」
私が牽制していた背後の伏兵に、レマ・サバクタニが怒号を上げつつ突っ込む。
私も「わあぁ!」と、悲鳴を上げてリールを回し続ける。
いつもぼそぼそとしゃべっていて「え? 何?」と聞き返される事が多い私が、お腹の底から声を張り上げていた。
爆裂矢の鋭い爆音。小鬼の絶叫。私たちの鬨の声。ハンマーの唸り。容赦のない打撃音。それらが、地下迷宮に響き渡る。
我々の背後に回った小鬼は、ハンマーで叩きつぶされるか、自らが仕掛けた粘性生物に飛び込まされて消化されるかしたみたいだった。
最後のマガジンを使い切った時、レマ・サバクタニが再び反転する。
私は、ぶるぶると滑稽なほど震える両手を見ていた。
リールを回し続けていた右手の皮膚が擦り切れて、血がにじんでいる。
ガチガチと歯が鳴ったが、これは恐怖ではなく、熱狂の残滓だ。
「よくやった、エリ・エリ」
伏兵を片付けている間、主力の小鬼の群れを寄せ付けなかった。
そのことを、褒められたのだと、やっと気が付く。
誰かに褒められるなんて経験は、本当に久しぶりだった。
じわっと、目の端に涙が浮かびそうになって、あわてて袖で拭う。
まるで一匹のケモノの様に、レマ・サバクタニが小鬼たちに突きこんでゆく。
最前列で盾を連ねていた小鬼が、まとめて五匹も跳ね飛ばされ、ボロ雑巾のようにくるくると宙を舞う。
石や矢がパラパラと飛んできたが、鉄板を乱雑に張り付けただけのレマ・サバクタニの甲冑に跳ね返る。
刃向っていた前列が崩れると、後方の小鬼が悲鳴を上げて逃げ始めた。
士官らしき小鬼が、何かをわめいていたが、こいつらも武器を放りだして逃亡すると、小鬼の群れは潰走をはじめる。
踏みとどまった小鬼が、ハンマーで叩きつぶされてゆく。
人間も小鬼も、勇士から死んでゆくのは同じらしい。
卑怯者や腰抜けは長く生きる。まるで、私の様に。
ドスンと、ハンマーを地面に突き、レマ・サバクタニが大きく息をした。
滝の様に汗が、彼の首筋に流れていた。
「勝ったぞ! 勝鬨をあげろ! エリ・エリ! いやあぁぁっほう!」
汗と血にまみれた拳をレマ・サバクタニが突きあげる。
「ざまぁみろ!」
私も、大声を上げていた。
そのあと、笑った。大きな声で笑った。
国家公務員になって……いや、学校と言う初めて触れる「社会」に所属してから、最初にあげた大声だったかもしれない。
なぜだか、同時に涙が流れて、どんどん溢れて、止まらなかった。
ボロ布で、汗と血を拭いながら、レマ・サバクタニが歩いていた。
あれほどの激戦を演じておきながら、彼はかすり傷ひとつついていない。
私も、樽の内部に叩きつけられたアザ以外の受傷はない。
私が収まっている樽の前面に縛り付けられた盾には、数本の矢が突き立っていて、私の鉄兜には石か矢がぶち当たった真新しい傷があったけど。
明かりがぎりぎり届く先には、奇妙な方向に足を曲げた小鬼が、蹌踉とした足どりで歩いている。
前線崩壊の時に、友軍に踏みつけられ、骨折したのだろう。
レマ・サバクタニは、それを追跡しているのだった。
「この第十七地下迷宮は、典型的な反転型地下迷宮だよ。だから、『特異点』を見つけて塞がないと、キリがねぇ」
と、言っていた。
私は地下迷宮について、全く知識はなかったはずなのだけど、睡眠時の『囁き妖精』による睡眠学習で、彼の言っている事の意味はわかった。
地下迷宮は、『反転型』と『隠蔽型』の二種類があり、前者は現代の科学では解明できない仕組みによって、ある日突然出現する地下迷宮。後者はもともとある地下洞窟などに異界の生物が住み着いて出来る地下迷宮。
『反転型』という名称は、まるでその空間がめくれかえって変性したかのようだから。迷宮自体が、巨大な『異界の門』とされていて、危険度は格段に高い。
いつどこに出現するのか、全く法則性がわからず、ある日ある時突然町がめくれて地下迷宮に変性したという事例もある。
悲惨なのは、その町の住民で、壁に融合して悶死したり、どっと溢れ出た異界の生物に嬲り殺されたりして、ほぼ助からない。
三万人もの大きな町が、『反転型地下迷宮』に飲み込まれ、一夜にして全滅したこともあるらしい。
実証実験の積み重ねだけど、この反転型地下迷宮も研究が進みつつあって、私は研究者ではないから難しい事はわからないけれど、反転型は空間が折りたたまれていて、その『要』にあたる部分だけは常に一定の形状を保つということが分かってきている。
つまり、反転型地下迷宮は、J国の民芸品である扇のような構造で、広がったり畳まれたりして、姿を変えるというわけ。扇の要にあたる部分に、私は避難していて、レマ・サバクタニは『要』を通って地下二層から三層に侵入したのだった。
「なんで、追うだけなのですか?」
興奮状態の反動で、ぐったりとした疲労感に包まれながら、一定の距離を保ちつつ小鬼を追跡するレマ・サバクタニに問う。
何か話していないと眠ってしまいそうだった。
「奴らの巣を襲う。コイツらの巣は、いわば橋頭堡だ。『特異点』のすぐ近くに作るんだ」
特異点。異界との接点となる反転型地下迷宮に存在する、最も異界との境界が薄い場所。反転型地下迷宮は、ここから異界生物が無限に供給される。
なので、反転型を探索する場合は、この『特異点』を割り出して塞ぐのが鉄則。
レマ・サバクタニは瀕死の小鬼をわざと生かし、小鬼の帰巣本能を利用してこの特異点を割り出そうとしていたのだった。
「見つけたぜ」
物陰に身を潜めながら、レマ・サバクタニがつぶやく。
彼がゆっくりと、しゃがむ。
「音を立てずに降りろ。あわてなくていいからな」
私の方を見ずに、むっとした獣臭とがやがや言う小鬼の声が響く闇の奥を睨みながら言った。
私は、樽の中から這い出る。
レマ・サバクタニは、私が樽から降りると、背負子を下ろし、側面につけた木箱から弁当箱みたいな金属製の箱を取り出す。
それを持って、闇の中に消えてゆく。
樽から出ると、なんだか無防備になったようで、忘れかけていた恐怖が蘇ってくる。不安が膨れ上がり始めた頃、レマ・サバクタニが戻ってきた。
「何をやっていたんですか?」
小声で問う。まさか、この野蛮人をみて安心するなんて思わなかった。
「ん? ああ、地雷を仕掛けてきた。それと、偵察だな」
鉄槌の底辺の薬室に、新しい薬莢を装填しながら、ぼそっとレマ・サバクタニが答える。
地雷とか言われても、何のことかさっぱりわからないのだけど、彼からその説明はなかった。
「さてと、これから小鬼どもを皆殺しにするわけだが、お前はここに隠れていろ」
もう、置いて行かれるのは御免だった。
こんなケモノ臭くて、暗いところに一人で居るのは耐えられない。
「一緒に行きます」
もう私には武器はないけれど『
レマ・サバクタニは少し考える風だったが、がりがりと頭を掻いて、
「見たくないモノまで見ちまうかもしれんぜ。それでいいなら、一緒に行こう」
私はもう一度
「一緒に行きます」
と、断言する。
そして、地下迷宮の残酷な現実を目にすることになるのだった。
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