第20話 は信じた
凄まじい轟音が鳴り響く夏の草原。
記憶に残っている、いつも聞こえていた花火の音は、かなり離れたところの土手の上からのもの。いつ何時にでも絶え間なく続く頭痛の元を、この更なる爆音が心地よくかき消してくれる。
ほんの一瞬だったとしても。それで十分。
それ以前に。久しく、花火など観ていなかったから。延々と見続けて来ていた幻は、もうそれ自体に意味など無い。僕らは本当の意味でそれを見てはいなかった、ただ毎日毎日、それがそこにあることを確認して、自分を再認識していただけ。
体よく利用するだけのモノではなく。鑑賞に堪える芸術品であることに、ある種の感動を覚えてすらいた。
花火とは。
夜空に咲き誇る一瞬を楽しむもので、その儚さに心惹かれるもので、僅かな時間の間だけ味わえるからこそ見つめるもので。
決して、ずっと見ているものではないはずだ。すぐに消えてしまうから花火は花火足り得ているはずだ。それがなんだ、ずっと見ていられる花火、消えることのない花火だと。そんなもの、アイデンティティの崩壊も甚だしい。
今、打ち揚げられ、消えていくものが花火。
そうだ。
僕らが見ていたものは、決して花火などではない。
人は変わっていくもの。それを否定しようとした僕は、そんな子供じみた妄想に憑りつかれている僕は。「ずっと、このままでいられたら、いいのに」なんて言ってしまったことをいまだに引きずっている。
変わらなければ。
やはりというべきか、当然だけれども、花火大会が行われている一時間半ほどの間は、
それでも春日家の会社の従業員たちは言葉もなく打ち揚げ場に走り、業務に参加していた。最初に合図をしつつ花火を揚げていたのは要の父親だったようだ。
結局、午後七時半まで、僕らはそのまま会場の席に着いていた。しかし誰もが暇そうにもせず、休憩時間に手洗いに立つ以外に席を離れることもなく、文句の一つも無くしっかりと最後まで観ていたのは、決して僕らが要の友人であるから、だけではなかった。
一時間半にも及ぶ長い花火大会が終わり、まず起こったのは盛大な拍手だった。人数が減ったというのに、新郎新婦の入場時のものに勝るとも劣らない称賛がメインテーブルの二人に、司会席の要の祖父に、ずっと向こうの打ち揚げ場の皆に捧げられる。
僕らだけではない。またずっと遠く、夏祭りの会場の方からも、風に乗って無数の拍手が押し寄せてきた。それは純粋な感動と感謝で、感情の濁流に呑まれたこちらまで清々しさを感じ取れるほどで。
とにかく。開宴の挨拶が終わり、花火大会が終われば、待っているのは結婚披露宴の再開。の前に新郎新婦のお色直しの退場。
しかし。
何故か、またも割れんばかりの拍手の海を
「皆様はァ、
要の祖父がそう言い残して司会席を後にし、途端に会場中に張り巡らされていた緊張の糸が切れ、皆の姿勢が一斉に崩れた。それでもそれぞれの口元には確かな笑みがあり、各々テーブル内で、テーブルの垣根を越えて思い思いに花火の感想を興奮交じりに話し合い始める。
今年はすげえいいところで観られたな。要があんな演出するから、オレちょっと泣いちゃったよ。カッコよかったよなあ。こんな風に披露宴やるなんて、考えたなあいつ。まさかこんな近くで観られるなんてなあ。耳がまだびりびりしてるぜ。年々豪華になってないか? それな。この調子でもっと規模大きくなってほしいね。要が作ったのどれだ。最初の大きいのと、連続するやつは確定だろ。いやー、目に焼き付いたわ。
良い。
良かった、とても良い花火の数々だった、と、思う。僕は花火にあまり詳しくないし、素人ではあるけれど、それでも良いと思った。
職人の人たちが何か目的があって、完成度が低いだとか、思っていた通りに出来なかったとか、そういった意味を込めて良くなかったと言うのであれば、そこは僕らが口を出せる範囲を逸脱するのだが。
でも実際はそんなことはわかるわけもなくて。僕らにできるのは、素晴らしい花火の余韻に浸りつつ、まだ鳴り続ける花火の破裂音を睨みつけることだけだ。
「凄かったね」
「ええ、わざわざこの時期に
つまり、要は僕らに、この花火を見せたかったのだろうか。
まあ、今日呼ばれた友人たちのうちほとんどは地元かそれに準ずる県内の大学、もしくは企業に進んでいるだろうし、招かれなくても帰省にかこつけて鑑賞には来るとは思うのだけれども。ああでも、地元に居ても毎年花火大会が行われていたことすら認識していたか定かではない柾樹とかには必須だったかも知れない。
それとも、他に何か伝えたいことがあったのか、と考えることは。
にこやかに、柊子と顔を見合わせていた柾樹が、
「どうせ見えないと思ってたけど。見える、ものなんだ」
「そうだな。だから、これまで観ようともしなかったのか?」
「う……ん、まあ、そういうことになる、かな。あんまり見たくもなかった、っていうのもあるけど」
見えると思っていなかったから見ないようにしていた、と。確かに、僕も花火の幻覚を見るようになってからは空模様もまともに見られず、太陽の位置すら確認することもできなかったが故に、その心理には頷けてしまう。
でも、見たくなかった、という方には同意できない。様々な花火と見比べて、あわよくば消えてくれないものか、とよく考えていた僕には。
「今日も、本当は来るかどうか結構迷ったんだ。せっかくだから、ってことで半ば諦めていたんだけど」
「流石に、結婚披露宴ともなるとな」
「日付と場所からして、私たちでも花火大会と
小学生の頃から花火の幻覚関係であまり良好な人間関係を築けていなかった僕らとしては、数少ない友人の、しかも友人同士の、人生に一度の冠婚葬祭は何に代えても参加したい行事だ。
友人がほぼいないからといって、友人がいなくて良いというわけでもなし。むしろ理解者同士として在り、かつ普通に世に受け入れられている春日要という人物は、僕らからしてみれば“現実”との窓口でもあった。広く顔が利く彼のお陰で、それほど広くもない田舎の社会でつまはじきにされず生きてこられた、と、思っている。
少なくとも、僕は。
そんな、どうしようもない僕だけかもしれないけれど。
「来て、良かったな」
だからこそ、そう思えた。
草原にて、花火大会を背に行う結婚披露宴は、序盤の騒がしさとは打って変わってつつがなく終了した。
二次会は無い。先ほど幕が引かれた夏祭りの跡地の方へ、皆が徒歩で帰宅していく様子を眺めてから、僕ら三人は控室に戻った要と檜奈乃の元へと向かう。
そも、彼らの友人がいる場では、とても近付けやしない。結婚披露宴中も直後も、要と檜奈乃に話しかけられる機会は皆無に等しかった。仕方ないが。
「要、檜奈乃、おめで――」
「すまん。本当に、すまなかった」
真っ当な祝いの言葉を持って入室する僕らを出迎えたのは、唐突な謝罪と、深く頭を下げる要の姿だった。
「失敗だ」
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