志藤 美紗 第六節
大学秋季大会当日。
特に公式戦ではないため一校3チームまで参加が認められており、予備軍が経験を積む場であったり主戦力の調整試合として活用される。
今大会の参加チーム数は29。上位を争う強豪3校が3枠フルに使ってあとは9校が2チーム、睦月高校を含む2校が1チームの合計14校で行われる。5人立ち3組が余裕を持って立射可能な道場に4チームが立ち並び競技し、午前午後を使い2立ちの総的中数から上位4チームの決勝。決勝は1立ちのみの的中数によって争われる。
今、3組目として次の入場を待っているチーム睦月高校。どの高校も同性で構成されるチーム編成に男女混合はどこか浮いているようにも見える。
(やばー、緊張する……。)
新人戦、昇級試験と舞台は経験しているものの、団体戦は自分一人とは全く違う責任のようなものがのし掛かっている感じがした。
2組目最後の射が終わり、選手が退場すると矢取りが動くのと同時に前のチームが入場を始めた。
一つ深呼吸し、美紗たちも前のチームに続いて入場。
的の前に立つと矢を足元へ。大前の真美に合わせて美紗も矢をつがえる。筈がスッと筈掛けに入りカケで支えてから膝へ弓を置く。
(よし、大丈夫、ちゃんと出来てる。)
普段通りの流れをこなせていることに少なからず緊張から自信を取り戻した。目の前にいる背の高い少女の見慣れた存在は、やはり一人のときとは違う安心感を覚える。
その少女の弓が引かれ、会で静止。美紗は再び矢をつがえた弦にカケを当て、的を見据えて合図を待つ。
弦音。美紗が打ち起こしに入るより僅か早く的中の音。
(負けられない……。)
引き分けの動作中、不意に視線から押し手に乗せていた矢が外れ床に落下した。他のチームの弦音や的中の音が聞こえる中で金属のシャフトが床と衝突する音はあまりに異質だった。
(え、これって、これって――)
集中が乱れるどころか一気に打ち起こしの動作のまま固まってパニックに陥る美紗。拾おうとするかどうしたらいいかも分からなくなってしまい、思わず後ろにいる河村に視線を向けたが、彼は助けを求める美紗を落ち着かせるよう静かに二度首を横へ振って答える。
これまで彼女たちはこの事態に遭遇したことがなかったものの、河村から説明されたことがある。
失(しつ)。
打ち起こし以降、つがえた弦から筈が離れると、それは放たれたものとみなされる。
河村の拾ってはいけないというサインだけは理解し、あまりの動揺に表情は強ばったまま残りの動作を空で行い弓を倒す。
(どうしようどうしよう、筈掛け直そうと思ってたの忘れてた、なんで、なんで忘れてたの、なんで、こんなことなかったのに――)
河村の弦音から真美が打ち起こす。パニック状態の美紗は乙矢をつがえてすらいないことに気付き慌てて用意する。手が汗ばみ震えている。
おそらく集中状態の真美には自分の後ろで違和感があるものの何が起きているかまでは把握していない。美紗が僅かでも落ち着きを取り戻す時間の考慮などない。自分のペースで弓を引く。
弦音、的中。
普段なら十分に余裕のある間がひどく短く感じ、安心感のあった味方の的中が急にプレッシャーへ変化していることが余計に焦りを生む。
さらに今度は落とさないようにカケで握るようにしてしまい、全身が強ばって会が安定しない。
(当てなきゃ、当てなきゃ、当てなきゃ――)
もはや取り返そうとする思考で集中は掻き乱され悪循環を繰り返す。
美紗の弓から放たれた矢は途中で芝の上を滑り的場にさえ満足に刺さらなかった。
一射入魂 葵 一 @aoihajime
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