志藤 美紗 第五節

 日曜にある秋季大会まで残すところ二日。今週は個人の練習は少なめにし、三人立ちでの練習を重点的に行ってきた。

 月曜・火曜は立ち順の適正を見るためにローテーションで取り組み、水曜・木曜は仮決めした立ち順で的中やチームとしての安定感を探り、金曜の今日、ようやく本決めした立ち順で調整に取りかかる予定である。

 練習前のミーティングで川村が的中を記録した用紙を黒板に張り、二人に確認を行う。

「まあ月曜に説明したように、チームとしての勢いや流れを試合の中で作る必要があるので、立ち順てのは大事。ヒゲとも相談はしたけど、やっぱり真美ちゃんが大前は確定」

「は、はい」

 黒板に真美・川村・美紗と真美・美紗・川村の2パターン書かれた名前のところに丸がつく。

「五人立ちなら緩衝材みたいな役割りが二人入るから試合結果もばらつくけど、三人だと誤魔化しがきかない。的中の安定感がある立ち順が勝敗を分けます」

 二つの立ち順の平均的中率を書き出した。川村を落ちにした的中率は6.4、美紗を落ちにした的中率は6.1。

 五人立ちを例にして的中率で立ち順を決める場合、大前(1番)・落ち(5番)・中(3番)・落ち前(4番)・中前(2番)とするのが一般的である。

「まあ数字的には微差の範囲。どのみち優勝を争うような的中数ではないから、ヒゲは俺と美紗ちゃんの立ち順は任せると投げやがったので、美紗ちゃんがやりたい方で決めようかと」

(先輩も投げてるじゃないですかっ!)

 口には出さなかったが表情には出ていたかもしれない。

 川村は何か考えがあって美紗に決定権を委ねたのかもしれないが、何も考えていないかもしれない。

(先輩は非公式戦でも数少ない団体戦での大事な経験値や、勝つための理論を学ばせる提案はしてきた。でもここで的中率が微差でも勝つためなら美紗が中の立ち順を選ぶのが普通。ということは……。)

 居残り練習を見つかったとき、真美に対する思いを吐露したことを汲み取っての判断なのか。自分が最もやる気と結果を出せると思うほうを選べというメッセージだと推測した。

「……美紗は中がいいですっ」

 真美が大前という重要なポジションを任されたことに嫉妬し、次に重要な落ちを選んだところで良い結果を産むとは想像できない。

 川村が一番憂慮したのは、おそらく自分が自動的に中へ組み込まれた場合の嫉妬心かもしれないと。

 実際、落ちに入るより、やはり真美の姿を見ながら立つほうがやる気も上がれば安心感もある。

「おっけ。じゃあ今日と明日はこの立ち順で本番に備える最終調整していくよー」

「はい」

「はいっ」

「ヒゲのところに行ってくるから、先に練習始めてて」

 川村は立ち順を伝えにヒゲ顧問のところへ。二人は矢道の落ち葉を掃き、的を立てるとそれぞれの弓に弦を張って草鞋でしごいて手入れした。

「あ……」

「美紗どうしたの?」

「中仕掛けがほどけちゃった。終わったら付け直しておかなきゃ」

 残り少ない団体戦の練習時間を減らすわけにはいかないので、中仕掛けがほどけた弦を外し、予備弦へ張り直した。

 筈を合わせ具合を確認するが、どこか掛かりが心許ない。

(むぅ、少し弛い。これも調整しとこうかな。)

 川村も戻ってきたので弓矢を置き、中央に三人で正座した。

「瞑想」

 掛け声で目を閉じ、自分の理想的な射形を描いた。

「瞑想やめ。これより本日の練習を始める。礼!」

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