神庭 芽衣子 第六節

 睦月高校弓道部の練習については先んじて確認していたので、今日の100射が過酷なものであることは承知の上。ここまで92射が終わり、神庭の的中は92中。真美は73中。神庭が正鵠だけ潰した的は6個。その分だけインターバルを入れながらなので神庭にとっては余裕だが、真美は30射を超えたあたりから射形も収束も大きくブレだし、的に入らない矢が出始めた。

 もちろん経歴からすれば充分な的中数であることは理解している。分かってはいるが、なにか納得がいかない。

 川村が最後の的変えを行っている。13時過ぎから始めた競射だが、空は白く西は赤らんできていた。

 隣で座っている真美は明らかに呼吸が乱れ疲労困憊の様子。それでも愚痴一つ漏らさず、インターバルに入るときも終わる時も気を抜いている風な態度もない。

 かくいう自分もそうだ。おそらく試合以上の集中力が出ている。

(インターハイが最高だと思ったのに、まだやれたんじゃんか。)

 だからといって辞めることには気の迷いも心変わりもない。

 川村が矢を運んできた。真美が背筋を正したまま立ちあがり、神庭も続くとそれぞれ受け取った。

(私は――)

 真美が弓を掴んだとき、

「森谷さん」

「は、はい」

 まるで話しかけられることなど考えていなかったように驚いて振り返る。

「あと二回は大前に立って」

「あ、はい」

 彼女は言われた通りに大前の的に立ち、神庭も弓を掴むと並んで二人で一礼。

(私は、きっとこの子になにかを期待をしているんだ。)

 もしかするとこの集中力をもってしても、インターハイの結果は覆らないのかもしれない。

 足を開き、矢をつがえる。

 自分が思っていた最高を越える領域まできたのは、きっと真美という存在が関係しているのだと考え始めた。

 真美が息を整えながら弓を打ち起こし、引分けていく。

「押手が遅れてるから矢が水平になってない」

 注意すると静かに修正していきながら会に辿り着いた。会に入って間もなく矢は飛び立ち的の左上の枠を掠めた。

「会でしっかり溜めて」

「はい」

 何回やったか覚えていられないほど繰り返してきた動作で弓を引く。何故かさっきまで強く感じていた弓の抵抗が減ったように感じる。

 矢を放つと正鵠の中央付近に刺さる。

 弦音で真美が打ち起こす。

「体の芯が傾いてる。背筋を真っ直ぐ」

 引分けに入る瞬間から修正させ、乙矢をつがえながら見守る。会は短いがさっきよりは溜めた。

 神庭も弦音で乙矢を引き始める。これまでの92射とはやはり感覚が違う。

 神庭の弓を離れた矢は早矢の一本分上に刺さる。

(何かが来てる。)

 真美の三射目。射形の修正は概ねできている。だが会がまた早く途切れ、彼女から息が大きく漏れる。

「息は止めない。糸のように静かに吐きながら」

「はい」

 95本目の打ち起こし、引分け、会。視界が急激に狭まり、正鵠だけがしっかりとそこにある。

 矢の先の微かな揺れが駒送りのようになり、そこから放つと的中の鈍い音に加え矢のシャフトにかする金属音が聞こえた。

 真美が96本目を打ち起こす。

(そのままで大丈夫。)

 残心から真美の修正箇所の確認をしつつ矢をつがえるが、やはり会の短さは修正しきれないまま放たれる。

(完全にスタミナ切れか……。)

 意識を切り返え、弓を引く。さっきと同じ感覚。ブレがまた一つ小さくなっている。

 的中の音は鈍くまたシャフトにかする音。

 川村が矢取りに入り、真美は息を整えようと深呼吸を繰り返す。

「残り全部とは言わない。最後の二射だけ全神経を集中させて臨んで」

「はい」

 短く素直な返事に感心した。

(心は折れてない。)

 インターハイの時も然り、辛いとき誰しも弱音を吐いたりどこかメンタルの陰りが見えるが、今の彼女の背中からそういうものは伝わってこない。

「一体うちの的を何個潰すんすか神庭先輩。これ的張りするのうちなんすけど。もう全部使ったんでド真ん中ない的で残り四本お願いしゃす」

 ボヤキまくりの川村が拭いた矢を渡しながら告げた。

 特に神庭は反応を示さないが、調子に乗ってお構いなしにぶち抜いてきたので仕方ない。

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