森谷 真美 第八節
九月一週目の土曜日。
午前の練習を終えた睦月高校弓道部。基本的に練習は午前のみで午後からは自由となる。美紗は午後から予定があるので帰宅し、昨晩、川村から午後練の参加確認をされていた真美は用意したお弁当を道場の隅で食べながら全国大会のことを思い出していた。
(体調悪くてそれどころじゃなかったけど、折角の全国大会なのに殆ど何も覚えてないのは残念だったなぁ……。)
全国大会から戻って体調も整えてからは失敗を取り戻すように一層練習に励み、録画した神庭の立ちを時間が空くたびに何度も何度も見返した。
(ちょっとずつでも近づけてるのかな、私。)
お弁当を食べ終えて片付けると、また神庭の動画を観てはイメージトレーニングをする。数回の再生を経て、ようやく立ち上がった。
(練習しなくちゃ。)
「こんにちは」
気持ちを切り替えたところで道場へ顔を見せた人物に一瞬キョトンとなる。
「かかかか神庭さんっ!?」
真美は時間差で激しく動揺し彼女の持っていたスマホが手からすっぽ抜け、中を舞った。飛んできたスマホに慌てて反応した神庭が荷物を手放してキャッチし事なきを得た。
「ごごごめんなさい!!」
口に手をやったり形容しがたい動作でバタバタさせながら急いで近づき謝る。
「まあいいけど。お昼ご飯を食べてると聞いてたとはいえ、貴女が慌てん坊さんなのを忘れていきなり声を掛けた私も悪いわけだし」
スマホを返すと神庭は自分の手放したバッグを拾い、土を払う。
「そそ、そんな、で、でもその――あ、あの――」
「うん、俺がまずは声かけてからの方が良かったな、すまん」
弓袋を持ち遅れてやってきた川村が姿を見せると、本当に悪いと思っているのかどうかも分からないような素振りで間に入ってきた。
「せ、先輩」
「とにかく上がって着替えを済ませてきなよ。真美ちゃん、更衣室に案内よろ」
「え、着替え――あ、ははい、どうぞこちらです」
状況も飲み込めないまま神庭を更衣室に案内する。
「あの、あの、着替えとかはこのカゴにでも、それであとえっと、この制汗スプレーとか使ってもいいので、シートタイプはこっちにあるので、えっと、えっと――」
「うん、ありがと。あとは大丈夫」
「ははいっ!」
返事をしておきながら真美はじっとして更衣室を出ようとせず、目を見開き力強い眼差しで神庭を見つめる。
「あのね、同じ女子でもさすがに着替えをジッと見られるのは恥ずかしいんだけど……」
「はああぁっすすすすいませんっ!?」
真美のほうが顔を真っ赤にすると慌てて更衣室から飛び出し勢いよくドアを閉めた。
深呼吸しながら道場に戻ると川村が三脚を立てハンディカメラを射場に向ける形でセットしていた。
「なにしてるんですか?」
「撮影するんだよ、これから」
「撮影……映画とかですか?」
「そうだよー真美ちゃんを主役にして文化祭で公開するんだよー」
「むむむ無理ですっ、絶対無理です!!」
棒読みの川村の言葉を鵜呑みにして真美は今にも卒倒しそうな感じで両手を振り拒否の意思を表明した。
「無理かどうかはやってみないと分かんないよー女優の才能が開花するかもしれないよー」
「ダメダメダメですっ、しょしょ肖像権の侵害で訴えますよ!!」
「それは困るな。じゃあ映画の撮影は諦めるか」
アングル調整を終えたカメラの電源を落とし、立て掛けていた弓袋から弦を巻き付けられた弓を出した。
「あの、それ、神庭さんの弓ですよね……?」
「Exactly(その通りでございます)」
弦は張らず弓立てにそのまま立てると袋は畳み、的を四つ重ねて的場の横に運ぶ川村。ここまで来ても真美は状況が飲み込めず訝しげに見ている。
そんな視線に気づく様子もなく的二つを立て終えた川村は呑気に腕を回しながら帰ってきた。
「引退試合の準備はこんなもんですかね」
「引退って、誰の――」
「もちろん私よ」
着替えを済ませ袴姿に胸当てをした神庭が奥から出てきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます