志藤 美紗 第三節

 弓道連盟が行う昇段・昇級のための地方審査会。県営の弓道場に試合同様、近隣の高校生と一般の受験者が集まり審査されるため、合格者を記した受験者番号の用紙が張り出されると毎度混雑する。

 審査を受けた川村と美紗はその人込みを避け帰り支度を済ませてから雑談し、他の受験者たちが軒並み帰るのを待ってから合否の確認に訪れた。いつものように玄関口へ張り出された受験者番号を前にして、川村が自嘲するように笑う。

「ふふ、やばい、無い……」

「え?」

 彼は五回目の審査もあえなく不合格。二級を受けた美紗が合格していた自身の安堵を掻き消されるほど唖然とした様子で彼を見た。

 川村は一級への昇級試験なので美紗と彼の級位は並んだことになる。

 1月、4月、6月、8月、10月、12月の年6回の審査機会が与えられるが、美沙は8月に三級を合格し、現在は10月である。真美は日程が合わず、今回の昇級試験は見送っている。

「センパイっ、さすがにヤバいと思いますっ!」

「言わないで言わないで、聞きたくない!」

 耳を塞いで首を振る。

 段位は筆記問題と実技、級位は実技のみ、そして的中も二段以降でなければ重要視されておらず、一般的にキチンと部活動をしていれば一級はスルリと合格するものである。悪くても三回も受ければ合格するレベルである。不運・不調の重なりを加味しても四回あれば問題ない。それでも受からない川村はよほどの問題を抱えていることになる。

「違うんだよ……違うんだよ……ちゃんとやってるんだよ、でも前日に弦は上がる(切れること)し、中仕掛を調整した弦を忘れてきて剰え真っ新な予備弦しかないとか絶望的な状況で俺はよくやったと思ってるんだよぉ」

 人も疎らになった弓道場の床に突っ伏して言い訳を垂れ始めた。

「どれだけ試験の本番に弱いんですかっ」

「違うんだよ、今度はちゃんと受かるぞって準備して練習してきたんだよぉ……」

 後輩に一切の示しがつかないあまりの不甲斐なさと恥ずかしさで、川村は顔を上げて話す事も出来ずにいる。

 とりあえず邪魔なので道場から退散し帰宅の途に着くが、割と本気で凹んでいるので美紗も声をかけられない。

「……じゃ、また明日……」

 弓を抱えて自転車で帰ろうとする川村に思い切って提案してみることにした。

「センパイっ、今から練習しに行きましょうっ」

「いや、今日そんな気分じゃ……」

「荷物だって明日持って行くんですから行きましょうっ」

「あー……はい……」

「じゃあ美紗は道場で待ってますねっ!」

 美紗はバスで移動してきた為そこで別れ、バスに乗り込んだ。他の乗客に弓が邪魔にならないよう注意しながら持ち込み簡単には倒れたりしないよう立て掛けると一番前の座席についた。

(センパイ、ちゃんとくるかな。)

 学校までは路線が変わるので乗り換えが必要だが、それでも彼女の方が先に到着する。着替えて道具の手入れなどをしながら一時間待っても来ないようなら帰ることにしようとバスに揺られながら決めた。


 学校の道場へ到着し、シャッターを開けて上がる。矢筒から矢を出して矢立に移し変え、弓も立て掛けた。それから着替えを済ませるとモップで床掃除し、過去の部員が置き去りにした矢を整理したり自分の弓を拭いたりを行った。

 暑さも無くなり秋の空気が道場の中を満たし、常に開け放たれ寒暖に晒される弓道ではようやく練習に適した過ごしやすい時期である。

 美紗にとって弓道は半年。寒い時期はまだ経験していないが、汗だくになって射場に立つのと寒さに震える状態、一体どっちが集中できるのか想像もつかない。

 弓を押す左の掌を見ると、以前よりタコが小さくなったように見えた。湿度で滑り思うように弓を握れないことで矢が放たれた瞬間の弓が返らず、ずっと焦っていた。そんな時に川村に居残り練習を見つかってからはゴム弓の練習を中心にしていたせいか、少しずつ握る癖も改善されていた。

 弓を張り、矢を一本掴むと立射で矢を番えた。的も立てていない的場を見据え、イメージの中に見える的に向けて弓を引く。カケが弦から外れ矢が放たれる。ふわりと山なりの軌道で的場に静かに刺さる。

(なんだろ、今の感じ良かったかも。)

 残心からゆっくりと弓倒しに移り、的が無いにも関わらず今までとは違う手応えのようなものを感じた。

 気を良くした彼女は竹箒で矢道の落ち葉や枝を払い、バケツで水を汲みに行き、手で的場へ撒いて土を湿らせた。水撒きは一度では足りないので二度目を汲みに行く。蛇口をひねり溜まるのを待っていると疲れた様子の川村が歩いてきた。

「途中、二回も宗教勧誘の外人に捕まった……」

 どうやら川村は今日はとことん不運に見舞われる日のようである。

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