森谷 真美 第六節

 目を開けたとき、一瞬、自分がどこにいるのか分からなかった。

(……ホテル……?)

 混濁する意識から夢の中かとも思ったが、体の倦怠感と熱で現実であることは理解した。だが、試合のどこからかで記憶は途切れ、神庭が身動きできない自分にいろいろしてくれたことは覚えているが、それがいつからか、そして何を言っていたかさえ記憶ははっきりとしない。

 スタンドライトが放つオレンジの光に照らされる薄暗い室内。横を見ると誰かが眠っている。しかし視界がぼやけてそれが誰かは判別がつかない。

(私……一人部屋……じゃなかったかな……。)

 何かを確かめるように布団から手を出して伸ばすと、何かが触れてそれは倒れた。物音ですぐに隣のベッドで眠っていた人物は起き上がり真美の傍らに座る。

「喉が渇いた?」

 倒れたペットボトルを拾い、キャップを開いてストローを指すと真美の口元へつけた。

「かんば……さん……」

 声にしたつもりが小さすぎたのか彼女には言葉として聞こえていないようだった。

 なぜ神庭が同じ部屋で隣に寝ているのか思い出せないが、ストローを吸い、少しずつ喉へ流した。乾いた喉と体にスポーツドリンクの甘さが染みていくように流れ込むのを感じる。

 飲むのを止めると神庭はボトルからストローを外して再びキャップを閉め、真美の額に貼られた冷却ジェルシートを剥して新しいものと交換した。ひんやりとしたシートが心地よく、頭の重さや息苦しい呼吸でもどこか安らぐようだった。

(きもちいい……。)

 真美がうっすらと笑みを浮かべると神庭も少し微笑んだように見えた。

 目を閉じると、浮いていたものが沈むように真美の意識はまたすぐに夢の中へと消えた。


 次に目が覚めたとき、部屋の中はすでに明るくなっていた。真美が眠るベッド側のカーテンは引かれたままで反対側半分だけが開かれていた。視界はぼやけたままだが、デスク前の鏡で髪を整えているのがおそらく神庭だということは分かった。

 ぼやけた視界のせいで判然としないが、振り返った彼女と目があった気がした。

「おはよう。体調はいかが?」

「……おはよう、ございます……昨日よりはいいと思います……」

 起き上がろうとしたが、自分が思っている以上に体は重く、すぐに諦めた。

 神庭はベッドの横に座り真美の額の熱や首を触って軽く確かめてから体温計を脇に差し込んだ。

 計り終えたアラームが鳴り、抜き取って熱を確認した

「やっぱりまだ高いわね。辛いようなら解熱剤飲んでおく? 食欲があるなら少しでも何か口にしてからのほうが無難だけど、無理なら薬だけでもいいそうよ」

 薬をベッドサイドのテーブルに置き、コンビニの袋からお湯を注いで作るコーンスープ、冷蔵庫からヨーグルトとゼリーを出して見せた。

「……ヨーグルト……」

 「がいいです」と続けるつもりが、それは声にならなかった。神庭は気にした風もなく要望通りヨーグルトを開けてプラスチックのスプーンで真美の口に運んだ。

 申し訳ない気持ちのままではあるが、自分でろくに起き上がることも出来ないので神庭に甘え、運ばれるヨーグルトを少しずつ飲み込んだ。

 何度かヨーグルトを口にしてから、「まだ食べられそう?」と神庭が尋ねてきたので、首を軽く振って答えた。

 抗生物質と解熱剤をスポーツドリンクで流し込み、「……ありがとうございます……」と言うと起きているだけでも辛くなってきたので真美はもう一度眠ることにした。

「私はこれから試合だから三時間ほど空けるね。その間に何か困ったことがあればホテルの人にお願いしてるあるから、電話したら対応してくれるわ」

 ベッドから横になったまま頷いて神庭を見送り、目を閉じるとまたすぐ意識は遠のいた。

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